【完結】魅了が解けたので貴方に興味はございません。

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冷たい風が、憂鬱な気持ちを少しだけ和らげる。

クロエ様の部屋を出たあと足は自然と裏庭へと向かっていた。その道中もさっきまでの話が頭から離れない。

『ルシアンとミュアの処罰は私に任せて欲しい。贔屓目なしに裁きを下すから』

クロエ様はそう約束して下さった。
魅了の結末を知っているからこそ信頼できる部分はある。だが今の2人は国の裁きなんてどうってことないだろう。ルシアン様は自分を、トータス男爵令嬢はルシアン様のことしか考えられないんだから。

(……あれ?そう言えば、魅了って自分自身にかかったらどうなるのかしら)

成就したことになるの?それとも、報われないと認定され病んでしまうのだろうか。
魅了については謎が多すぎる。一刻も早く法整備しなければマリアン様のような魔術師が攻め込んでくるかもしれない。タイミングがいいことに一部の新人を残してほとんどの官吏たちが解雇となった。鉱山送りになった彼らに代わり、お父様が選出した新たな官吏たちならばスムーズに王宮仕事もこなせるはずだ。

一度、国全体で魔術というものを学んだ方がいい。
現段階でこの国は既に遅れているのだから、今度こそ自分たちで解決できる力を身に付けないと。

(一度クロエ様に打診してみよう。勉強会か、何ならシャンディラから魔術師を派遣してもらうのもアリよね)

コンシェナンス家も忙しくなるわ。
お父様とお母様にも手を貸してもらって、学園サイドにも特別なカリキュラムを施してもらえば……。

道が開けて、見慣れた裏庭へと到着した。

「ここに来れるのも……最後かしら」

久しぶりに来た裏庭は生誕パーティーの時よりも寂しさを感じる。いつものベンチに腰掛けた瞬間、溜め込んでいた疲れが溢れ出した。

(不思議……ついこの間まで、私にも魅了がかかっていたのよね)

ロッティさんの死は他人事じゃない。
このベンチに座りながら命を絶とうとした、あの恐ろしい瞬間を今日まで忘れたことはなかった。だからこそ……胸が苦しい。

国王陛下も、クロエ様も魅了の犠牲者だ。そしてルシアン様とトータス男爵令嬢は今も魅了に囚われている。
全ては一人の魔術師の身勝手な愛情のせいだ───

(……そうまでして、マリアン様は何がしたかったの?)

ロッティさんを大事にしていると言いながら傷付けて、実の息子やその家族まで巻き込んで。

彼女は最後の最後まで笑っていた。
沢山の犠牲を出しながらやっと捕まえたのに、悔しい気持ちを払拭するどころかより増強させて去っていった。

出来ることならこの手で苦しめてやりたい。自らの意思を壊され、死を選ぶことの恐ろしさを思い知らせてやりたかったのに……!

「ん……?」

ベンチに手をついた時、指先に何かが触れた。

よく見ると座面である木と木の間に紙切れが挟まっている。ゆっくり引き抜くと、その裏面に小さく文字が書かれていた。 

「!!!」


───信じて待ってて───


憎悪に満ちていた心が落ち着きを取り戻していく。

「もう……本当にこの人は」

差出人も、誰に宛てたメモなのかも書かれていない。
でも不思議と分かってしまう。
だってこの人は、私のことは何でもお見通しなんだ。

(ファリス様ならこの悔しい気持ち、絶対に分かってる)

私やクロエ様をずっと見守ってきたあの人なら生半可な断罪などするはずがない。きっとみんなの無念を晴らしてくれるだろう。

「……シャンディラって、遠いのかしら」

気が抜けたのか、ぽつりと呟く。
話を聞いていた時ファリス様のことに詳しいクロエ様に嫉妬した。いや、嫉妬するような関係じゃないのは分かっているけど……私の知らない彼のことを語られているとき胸がモヤモヤした。

(お別れもしないでさよならなんて、嫌だな)

まだ、彼に気持ちを伝えていない。何も始まっていないのにこのまま終わりなんて……絶対に後悔する。

残されたメモにもう一度視線を落とした。

“信じて、待ち続ける”ことだって大変なのよ?それをあの人は分かってるのかしら?


「ふふ、これが惚れた弱みってやつね」


ファリス様が好きだ。
優しくて、カッコよくて、少しだけ意地悪なあの人に惚れてしまったんだもの……もちろんずっと待ち続けるわ。

彼が会いに来るその時まで、私は私らしく居続けよう。

ベンチから立ち上がりぐっと伸びをした。
この建物のどこかに、かつて狂うほど愛した婚約者がいるのだろう。彼は今、幸せなんだろうか。最後まで操り人形のような彼に少しだけ同情してしまう。でも……

「魅了が解けたので貴方に興味は御座いません。どうぞ愛すべき人と、末長くお幸せに」

さようなら、ルシアン様。

辛かったこの5年間は全てここに置いていく。そして一歩、新しい人生へと踏み出すのだった。

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