29 / 34
29
しおりを挟む冷たい風が、憂鬱な気持ちを少しだけ和らげる。
クロエ様の部屋を出たあと足は自然と裏庭へと向かっていた。その道中もさっきまでの話が頭から離れない。
『ルシアンとミュアの処罰は私に任せて欲しい。贔屓目なしに裁きを下すから』
クロエ様はそう約束して下さった。
魅了の結末を知っているからこそ信頼できる部分はある。だが今の2人は国の裁きなんてどうってことないだろう。ルシアン様は自分を、トータス男爵令嬢はルシアン様のことしか考えられないんだから。
(……あれ?そう言えば、魅了って自分自身にかかったらどうなるのかしら)
成就したことになるの?それとも、報われないと認定され病んでしまうのだろうか。
魅了については謎が多すぎる。一刻も早く法整備しなければマリアン様のような魔術師が攻め込んでくるかもしれない。タイミングがいいことに一部の新人を残してほとんどの官吏たちが解雇となった。鉱山送りになった彼らに代わり、お父様が選出した新たな官吏たちならばスムーズに王宮仕事もこなせるはずだ。
一度、国全体で魔術というものを学んだ方がいい。
現段階でこの国は既に遅れているのだから、今度こそ自分たちで解決できる力を身に付けないと。
(一度クロエ様に打診してみよう。勉強会か、何ならシャンディラから魔術師を派遣してもらうのもアリよね)
コンシェナンス家も忙しくなるわ。
お父様とお母様にも手を貸してもらって、学園サイドにも特別なカリキュラムを施してもらえば……。
道が開けて、見慣れた裏庭へと到着した。
「ここに来れるのも……最後かしら」
久しぶりに来た裏庭は生誕パーティーの時よりも寂しさを感じる。いつものベンチに腰掛けた瞬間、溜め込んでいた疲れが溢れ出した。
(不思議……ついこの間まで、私にも魅了がかかっていたのよね)
ロッティさんの死は他人事じゃない。
このベンチに座りながら命を絶とうとした、あの恐ろしい瞬間を今日まで忘れたことはなかった。だからこそ……胸が苦しい。
国王陛下も、クロエ様も魅了の犠牲者だ。そしてルシアン様とトータス男爵令嬢は今も魅了に囚われている。
全ては一人の魔術師の身勝手な愛情のせいだ───
(……そうまでして、マリアン様は何がしたかったの?)
ロッティさんを大事にしていると言いながら傷付けて、実の息子やその家族まで巻き込んで。
彼女は最後の最後まで笑っていた。
沢山の犠牲を出しながらやっと捕まえたのに、悔しい気持ちを払拭するどころかより増強させて去っていった。
出来ることならこの手で苦しめてやりたい。自らの意思を壊され、死を選ぶことの恐ろしさを思い知らせてやりたかったのに……!
「ん……?」
ベンチに手をついた時、指先に何かが触れた。
よく見ると座面である木と木の間に紙切れが挟まっている。ゆっくり引き抜くと、その裏面に小さく文字が書かれていた。
「!!!」
───信じて待ってて───
憎悪に満ちていた心が落ち着きを取り戻していく。
「もう……本当にこの人は」
差出人も、誰に宛てたメモなのかも書かれていない。
でも不思議と分かってしまう。
だってこの人は、私のことは何でもお見通しなんだ。
(ファリス様ならこの悔しい気持ち、絶対に分かってる)
私やクロエ様をずっと見守ってきたあの人なら生半可な断罪などするはずがない。きっとみんなの無念を晴らしてくれるだろう。
「……シャンディラって、遠いのかしら」
気が抜けたのか、ぽつりと呟く。
話を聞いていた時ファリス様のことに詳しいクロエ様に嫉妬した。いや、嫉妬するような関係じゃないのは分かっているけど……私の知らない彼のことを語られているとき胸がモヤモヤした。
(お別れもしないでさよならなんて、嫌だな)
まだ、彼に気持ちを伝えていない。何も始まっていないのにこのまま終わりなんて……絶対に後悔する。
残されたメモにもう一度視線を落とした。
“信じて、待ち続ける”ことだって大変なのよ?それをあの人は分かってるのかしら?
「ふふ、これが惚れた弱みってやつね」
ファリス様が好きだ。
優しくて、カッコよくて、少しだけ意地悪なあの人に惚れてしまったんだもの……もちろんずっと待ち続けるわ。
彼が会いに来るその時まで、私は私らしく居続けよう。
ベンチから立ち上がりぐっと伸びをした。
この建物のどこかに、かつて狂うほど愛した婚約者がいるのだろう。彼は今、幸せなんだろうか。最後まで操り人形のような彼に少しだけ同情してしまう。でも……
「魅了が解けたので貴方に興味は御座いません。どうぞ愛すべき人と、末長くお幸せに」
さようなら、ルシアン様。
辛かったこの5年間は全てここに置いていく。そして一歩、新しい人生へと踏み出すのだった。
188
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話
2025.10〜連載版構想書き溜め中
悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした
ゆっこ
恋愛
豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。
玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。
そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。
そう、これは断罪劇。
「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」
殿下が声を張り上げた。
「――処刑とする!」
広間がざわめいた。
けれど私は、ただ静かに微笑んだ。
(あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)
私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします
ほーみ
恋愛
その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。
そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。
冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。
誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。
それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。
だが、彼の言葉は、決定的だった。
「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」
婚約者の家に行ったら幼馴染がいた。彼と親密すぎて婚約破棄したい。
佐藤 美奈
恋愛
クロエ子爵令嬢は婚約者のジャック伯爵令息の実家に食事に招かれお泊りすることになる。
彼とその妹と両親に穏やかな笑顔で迎え入れられて心の中で純粋に喜ぶクロエ。
しかし彼の妹だと思っていたエリザベスが実は家族ではなく幼馴染だった。彼の家族とエリザベスの家族は家も近所で昔から気を許した間柄だと言う。
クロエは彼とエリザベスの恋人のようなあまりの親密な態度に不安な気持ちになり婚約を思いとどまる。
虐げられてる私のざまあ記録、ご覧になりますか?
リオール
恋愛
両親に虐げられ
姉に虐げられ
妹に虐げられ
そして婚約者にも虐げられ
公爵家が次女、ミレナは何をされてもいつも微笑んでいた。
虐げられてるのに、ひたすら耐えて笑みを絶やさない。
それをいいことに、彼女に近しい者は彼女を虐げ続けていた。
けれど彼らは知らない、誰も知らない。
彼女の笑顔の裏に隠された、彼女が抱える闇を──
そして今日も、彼女はひっそりと。
ざまあするのです。
そんな彼女の虐げざまあ記録……お読みになりますか?
=====
シリアスダークかと思わせて、そうではありません。虐げシーンはダークですが、ざまあシーンは……まあハチャメチャです。軽いのから重いのまで、スッキリ(?)ざまあ。
細かいことはあまり気にせずお読み下さい。
多分ハッピーエンド。
多分主人公だけはハッピーエンド。
あとは……
無表情な奴と結婚したくない?大丈夫ですよ、貴方の前だけですから
榎夜
恋愛
「スカーレット!貴様のような感情のない女となんて結婚できるか!婚約破棄だ!」
......そう言われましても、貴方が私をこうしたのでしょう?
まぁ、別に構いませんわ。
これからは好きにしてもいいですよね。
出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です
流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。
父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。
無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。
純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。
婚約破棄させたいですか? いやいや、私は愛されていますので、無理ですね。
百谷シカ
恋愛
私はリュシアン伯爵令嬢ヴィクトリヤ・ブリノヴァ。
半年前にエクトル伯爵令息ウスターシュ・マラチエと婚約した。
のだけど、ちょっと問題が……
「まあまあ、ヴィクトリヤ! 黄色のドレスなんて着るの!?」
「おかしいわよね、お母様!」
「黄色なんて駄目よ。ドレスはやっぱり菫色!」
「本当にこんな変わった方が婚約者なんて、ウスターシュもがっかりね!」
という具合に、めんどくさい家族が。
「本当にすまない、ヴィクトリヤ。君に迷惑はかけないように言うよ」
「よく、言い聞かせてね」
私たちは気が合うし、仲もいいんだけど……
「ウスターシュを洗脳したわね! 絶対に結婚はさせないわよ!!」
この婚約、どうなっちゃうの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる