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しおりを挟むこのお見合いパーティーはグリンベル公爵という、国王陛下の甥にあたる方が主催するガーデンパーティーだ。
婚約者が決まっていない若い男女を集め親睦を深める。そこでお互いいい雰囲気になれば、後日デートをしたり早い人はすぐに婚約へと移るらしい。
あくまで主体は令息や令嬢なので大人の目を気にすることなく話ができる、それがこのパーティーの売りでもあった。
パーティーにはいくつかのルールがある。
1、相手が不快になる言動・行動はしない。
2、たった一人を独占しない。
3、後日デートに誘うのは基本男性側から。
特に3つ目は私たち女性側からしてみれば重要だ。
どんなに話が盛り上がってもお声がかからなければそれまで。積極的になりすぎてもいけないし、かといって受け身のままは論外。
短時間でいかに自分をよく見せられるかが勝負になる。
(ってなると、やっぱり一番のアピールの場は……)
「ご案内致します。ただいま、カトレア=アヴェルティン伯爵令嬢がご到着されました」
参加者たちが必ず注目する、このタイミング。
それまで楽しそうにお喋りしていたゲストたちが一斉にこちらを向く。そしてみんなポカンと口を開けて固まっていた。
(あのアヴェルティン伯爵令嬢が堂々と現れることなんか想像つかないでしょうね)
地味で、いつもおどおどしている姿ではない。
堂々と前を向き微笑む私に、令息たちは少し頬を赤らめていた。うんうん、出だしは好調みたい。
あえて会場の端のテーブルにつくと、すかさずウェイターがやって来た。
「お飲み物は如何いたしましょう」
「そうね……そちらの方と同じものを頂こうかしら」
「へっ?!ぼ、僕ですかっ?!」
「えぇ、何を召し上がってらっしゃるんですか?」
同じテーブルについていた青年に声をかけると、彼はあたふたしながら自分のグラスをそっと見せてくれた。
「あ、アプリコットソーダです!炭酸が苦手でなければ爽やかでオススメですよ!」
「まぁ!楽しみですわ」
ニッコリ微笑むと青年の頬がほんのり赤らんだ。
(彼は辺境の子爵家……うぶで可愛らしいけど、お父様とお母様を説得するには少し弱いわね)
ソーダを飲みながら品定めしていると、離れた場所から一直線に向かって来る男性に気付いた。
サラサラの金髪にスラッとした体躯、スタイリッシュなタキシードがよりいっそう彼を王子様に仕立てあげる。
「カティ」
ドレイク=バーモン子爵令息はいつものように優しい声で私の名前を呼んだ。
「……ドレイク」
「無事に到着できて良かった!待ち合わせの時間より遅れるから、何かあったんじゃないかって心配したよ!」
(待ち合わせ、ねぇ……『僕はこのくらいの時間に行くから』という一方的な言葉に私が従う前提で話すのね)
相変わらずの身勝手さに苦笑してしまう。
やっぱりドレイクは昔から変わらない。でも安心した、これで心置きなく反撃ができるんだもの。
「それにしてもどうしたんだい?そのドレスは」
ドレスという単語にピクッと反応する。
「てっきり僕と一緒に選んだあのドレスを着てくれると思ってたんだけど。それにプレゼントしたアクセサリーも身に付けていないね?……よく似合っていたのに、付けてこれない事情があったのかい?」
笑顔のまま目元だけがすぅっと細くなる。
これは何百回も見たことがある、ドレイクが不機嫌なときの表情だ。案の定、言うことを聞かなかった私に納得できないらしい。
(大丈夫、シミュレーションどおりにすれば)
ここに来るまでに沢山イメージはしてきたんだから。
「ごめんなさいドレイク、貴方に連絡しようか迷ったのだけど……その、傷付けてしまうかもと思って」
「傷付ける?僕を?」
「ええ。だって貴方が選んでくれたドレス、とってもダサかったんだもの」
にっこりと、悪びれることなくさらっと言ってやった。
「だ、ダサい?!」
「だってガーデンパーティーなのに重たいあずき色だなんて……それにデザインもひと昔に流行った型で、とても私には着こなせそうになかったの」
わざとじゃないことを印象付けながら、ごめんね?と首を小さく傾げ謝る。
どうやら騒ぎに気付き始めたゲストたちが、遠巻きにこちらを見ながらこそこそと話し出している。オーディエンスが多ければ多い方がいいわ。
「アクセサリーもプレゼントしてくれてありがとう。でも輝きが足りないような気がして……あ、もしかしてアンティーク?だとしたらもう少し手入れの行き届いたものの方が良かったわ」
喋れば喋るほどドレイクの顔が真っ赤になる。
そして周りのゲストたちは……
「あずき色ですって。ドレイク様センス悪いわね」
「ね。しかも流行遅れのドレスって……嫌がらせ?」
「女性へのプレゼントにアンティークだって?常識がないんじゃないか」
「よほど金に困ってるんじゃないか?ククッ」
私たちの会話を盗み聞きして、各々好き勝手に噂する。
(完璧だからこそ悪い評判ってのは一瞬で広まるわね)
令嬢たちは勝手に失望し幻滅、令息たちはここぞとばかりにドレイクを嘲笑した。
明らかに悪くなった雰囲気に焦ったドレイクは、口の端をヒクヒクさせながらも何とか笑顔を保っている。
「は、ははっ……君もジョークとか言うんだね」
「後日ドレスとアクセサリーはお返しするわ」
「いやいや遠慮するよ!どうやら手違いで僕が選んだものじゃないドレスやアクセサリーが届いたみたいだし。こ、今度また改めてプレゼントさせてね」
苦しい言い訳を残し、ドレイクは逃げるように会場から出ていってしまった。
去っていく背中を眺めて思わず笑ってしまう。
(初めてドレイクに勝った……)
張りつめていた緊張が切れた瞬間、手が少しだけ震えているのに気付いた。
こんなの自分じゃないみたい。でも……ちゃんと成し遂げた。自分の意見をはっきり言えたことに涙がこぼれそうになった。
でもまだ終わりじゃない。
少なくとも今日の夜まで勝負は続いているんだから。
「……よしっ!」
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