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しおりを挟む「……私たちはユーフェリオ伯をよく知らない。だからすぐに認められないな」
「そう、ですよね」
「ただ……今はまだ、というだけだ」
今は、という言葉に顔をあげると、お父様はいつもの穏やかな笑顔で向けてくれていた。
「今度、伯爵を交えて食事をしよう」
「っ……許してくれるんですか?」
「許すも何も、初めてカトレアの本心が聞けたんだ。親だったら少しでも寄り添いたいと思うだろう?」
お父様の大きな手がポンポンと頭を撫でた。
(どうしよう、嬉しくて涙が出そう……)
無謀な賭けだと思っていた自分の声がちゃんと届いた。
「それでいいね?リリス」
「っ……会うだけよ!でももし変な男だったらすぐに追い出しますからねっ?!」
全然納得していないようだけど、あのお母様が折れてくれたのは成果としてはとても大きい。
このチャンス、絶対に逃さないようにしないと……!
■□■□■□■□■□
「とは言ったものの……」
カラン、と店のドアを閉めすぐに深いため息をつく。
あの後すぐにエドリック宛てに手紙を出し、一度両親が食事をしたいという旨を伝えると快く承諾してくれた。
パーティー以来、何度か手紙のやり取りはしている。
騎士として忙しいはずなのにかかさず返事を書いてくれるし、仕事で国外に出ればその土地のお土産まで送ってくれる。与えられるもの全てで好意を伝えられているようで……恥ずかしくもありながらもとても嬉しかった。
そんなエドリックと久々の再会。
いつも貰ってばかりは申し訳ないから、何かプレゼントが出来たらとターニャを連れて町にやって来たけれど……
「どうしよう……何をあげたら喜んでくれるかしら」
色んな店を回ってみたけどいまいちピンとこない。
「お洋服はサイズが分からないし、コロンも好みがあるでしょ?男性にお花をあげるわけにもいかないし」
「伯爵様のお好きな食べ物はご存知ですか?」
「確かお肉だったはず。ってなると……」
「「か、塊肉っ?!」」
……いやいやいや!いくらなんでもそれは違う!
そんなものあげたら間違いなく頭のおかしい女だと思われちゃうわ!
「お嬢さま、あちらのカフェでお茶に致しませんか?朝から歩きっぱなしでお疲れでしょう」
「うん……」
しょんぼりする私を見かねたターニャがカフェへと連れていってくれた。
オープンテラスに案内されメニューを開く。
「どれも美味しそうで迷っちゃうわ……」
「ふふっ」
「ん?どうしたの?」
「いえ、少し前まではあまり外に出ることも躊躇われていたじゃないですか。だからとても嬉しくて」
ターニャの笑顔にうるっときてしまいそうになった。
(断られるのが怖くて誘えなかったあの時とは大違い……)
「私もすごく楽しい!ありがとうターニャ」
「っ……こちらこそですわ!」
「ふふっ、じゃあ美味しいもの食べてまたお買い物に行きましょう!今日はとことん付き合ってもらうからね!」
幸せな時間に笑い合いながら、もう一度メニューに視線を落としたその時だった。
「あれ?カトレア?」
目の前の通りを歩いている人物がピタッと止まる。
顔を上げた先にいたのはドレイクと……
「レオナ……!」
「アンタが街にいるなんて珍しいじゃない!」
あの時以来の親友につい顔がこわばってしまう。
私と同じ17歳とは思えない色気と豊満な胸元に、近くにいた人たちは釘付け。しかもこのサバサバとした性格が逆にアンバランスで、出会った男性はいつも彼女の虜になってしまう。
(その内の一人が、まさか私の元夫だなんてね)
あ、まだ結婚していないから元でもないのか。
「へぇ~意外、アンタも外に出てき買い物とかするんだ」
「たまにはね」
「あ、そう言えばドレイクから聞いたわよ?アンタ、プレゼントで貰ったアクセサリーつつけなかったんだって?」
ニヤニヤしながら私たちのテーブルに近付いてくるレオナ。
どうせ言われそうなことは予想がつく。
「ダメよ、男からプレゼントされたら気に入らなくても一度は身に付けなきゃ。いい女の常識よ!」
「いい女の常識……?」
「そ!まぁアンタ男慣れしてないから分からないだろうけど、そういう時は顔を立ててやんなきゃ!」
得意気に語るレオナはあからさまに見下した態度で笑う。
ドレイクも擁護されて気が大きくなったのか「まぁまぁ」なんて言ってレオナをなだめていた。
(……何、この茶番は)
レオナの大声のせいで街ゆく人たちがチラチラとこっちの様子を伺っている。
こんな街中で、どうして私がこの2人から説教されなきゃならないのよ。隣にいたターニャもこの状況に耐えかねて、いつ2人に飛びかかるか分からない。
「だから今度はちゃんとドレイクを……」
「あのさ、レオナ」
「んー?」
「声が大きすぎて恥ずかしいからちょっと黙って?」
わざとらしく両耳を指でふさぎニッコリと笑った。
「は、ハァッ?!」
「いい女の常識かなんか知らないけど、お店で騒ぐのは一般常識だと完全にアウトよ。そんなことも分からないの?」
「なっ……なっ…、?!」
「あと、何で私だけが非難されてるのかピンとこないなぁって。今回のことはダサいドレスやアクセサリーを強要してきたドレイクの方に責任があると思うんだけど」
心底分かっていないと思わせるために、コテンと首を傾げてみた。
(ふふ、怒ってる怒ってる)
レオナにとってカトレアという人間は、気弱で言うことを聞くことしかできない格下。
プライドを傷つけられたレオナは、分かりやすいくらい顔を真っ赤にして私を睨み付けていた。
「だ、だからそれを許してあげるのも……」
「いい女の常識だっけ?ずいぶんと寛容なのね、レオナが考えるいい女って」
「っ!!アンタいい加減に……」
「いい機会だから教えてあげる」
スッと立ち上がり正面から対峙すると、レオナもドレイクもビクッと肩を跳ねさせた。
「みっともない格好をするのも、街中で怒鳴られ続けるのも伯爵令嬢の常識に反するわ。悪いけどどこかに行ってくれる?」
今のあなたたちに関わりたくないの。
その言葉だけを残してもう一度座り直し、また一口お茶を飲んでみせた。
格が違うと見せつけるには、やっぱり余裕ある振る舞いを見せつけなきゃね?
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