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しおりを挟む「あ、アンタねぇっ!!」
激昂したレオナは力いっぱい私の腕を掴む。よりにもよってカップを持つ腕を……。
お茶がこぼれ服にかかると、さすがのターニャが間に割って入った。
「何をするんですかっ!!」
「うるさいわね!ちょっとこぼれただけでしょ?!」
「お嬢様から手を離してくださいっ!いい加減にしないと人を呼びますよ?!」
ただごとじゃない空気に周りも騒ぎ始める。
(なのにこの男ってば……相変わらずね)
揉めるレオナの後ろでは、まるで他人事のようにあくびをするドレイク。
昔から自分主義なところは本当に変わってないわね。
(ちょっと困らせてやろうかしら)
「大体カトレアが……」
「安心してレオナ、別に貴女からドレイクのことを奪おうなんて思ってないから」
「………えっ?」
突然名前を出されたドレイクが勢いよく顔を上げた。
「ドレイクが私にプレゼントなんかするから嫉妬してるのよね?ふふ、大丈夫。2人の仲を邪魔しようなんて思ってないわ」
「え……?あ、いや、そうじゃなくて……」
「ドレイクもレオナを不安にさせちゃだめよ?私と貴方はただの幼なじみなんだし」
ただの、の部分だけ誇張して告げればだんだんとドレイクの顔が強ばっていく。
「いや……い、いや、僕とレオナだって幼なじみで」
「え?今だってデートの最中でしょ?それともなぁに?貴族の男が理由もなく女性とこんな人通りの多い場所にいるの?」
それっておかしくない?と詰め寄ると、ドレイクだけが顔を真っ青にしていく。
私たち貴族は、常に周りからどう見られているか考えなくてはならない。悪い評判なんて流れでもしたら領民や事業者からの信頼を失い、それが家名を汚すことになりかねないからだ。
その中でも一番気を遣わなきゃならないのが、異性との関わり方。最もスキャンダルになりやすく、下手を打てば築き上げてきた信用を簡単に落とせてしまう。
ドレイクが私との仲を“特別”だと印象づけたい今、レオナという新しい女の登場は矛盾を生みかねないはずだ。
(レオナは貴族じゃないからその辺りの常識は分からない。 今日だって半ば強引にドレイクを連れ出したんでしょう)
平民であれば問題ない行動も、私たちにとっては命取りになる。
ドレイクも爪が甘い。それとも私さえ許せばバレても問題ないと思ったのかしら?
「ち、違うんだカティ!レオナには君に送るプレゼントを一緒に選んでもらっていただけなんだよ」
とっさについた彼の言い訳に、いち早く反応したのは周りで静観していた女性たちだった。
「他の女が選んだプレゼントなんか要らないでしょ」
「やば、無神経すぎて引くわ」
「自分で選べないとか赤ちゃんなの?気持ち悪い」
「イケメンなのにダサすぎぃー!!」
街ゆくお嬢さんたちは令嬢とは違い、容赦ない言葉を浴びせる。
(ま、貴族だろうが平民だろうがドレイクのやってることって全部気持ち悪いのよね)
相手の気持ちを全く考えないプレゼントなんかもらって嬉しいと思う?どれだけ馬鹿にすれば気が済むのかしら。
「ターニャ帰りましょう。時間の無駄だわ」
「そうですね」
「ちょ、待ってくれよカティ!」
「あとこの際だからはっきり言っておくわね」
引き留めようと伸ばされた手を軽く叩き落とす。
「私、結婚したい方がいるの。だから金輪際他の男性からのプレゼントは受け取らないし、アポイントなしでうちに出入りするのもやめてね?」
一方的にそのセリフだけを残し、私はターニャを連れて店を出た。
「……追ってきて、いませんよね?」
しばらく歩いてからもターニャはキョロキョロと辺りを警戒していた。
「大丈夫よ、どんなに神経が図太くてもあんな大勢の前で恥をかいたんだからさすがに家に帰ってるわ」
「いやでもっ!ものすごい顔でお嬢様のことを睨んでいましたから」
「すごかったわよねぇ」
(怒った顔が結婚って聞いた瞬間ポカンとしちゃって)
一度目の人生では絶対に見れなかった2人の表情に思わず笑ってしまった。
これでドレイクはしばらく私に寄りつかないだろう。
あのプライドが高い彼が二度もこけにされたのだから、今度会うときはそれなりの作戦を練ってから来るはずだ。
それにレオナも馴染みがあるとはいえ、ただの医者。こちらから呼びつけなければ屋敷にはやってこない。
(……ま、2人とも図々しいから適当な理由をつけて来そうではあるけど)
ふぅと大きく息をつく。何だかどっと疲れが……。
「さすがにもう買い物をする気分じゃなくなったわね。そろそろ帰りましょうか」
「そうですね」
「でもプレゼント、本当にどうしよう……」
馬車を待たせている場所まで歩いている時、ふと壁に目が止まった。
そこは小さな映画館で、上映している作品のポスターが何枚か壁に貼られている。その一枚から目を離せずにいるとすかさずターニャが声をかけてきた。
「あぁ、これ今巷で流行っている恋愛映画ですね。特に戦場に向かわなくてはいけない恋人を送り出すシーンが感動的で有名だとか……」
「ヒロインの女性は何を持ってるのかしら?」
「ハンカチですよ、昔は武運を祈って大切な人に送っていたんです。自分の名前を刺繍して、周りに恋人がいると周知させるなんてこともありましたね」
一通り説明したターニャは先に歩き出す。
ヒロインは切ない表情でハンカチを握りしめていた。
彼女はこれを渡すとき、一体どんな言葉をかけたのだろう。
(武運、か……)
「……うん、決まった」
「?」
「よしっ!時間もないし頑張るしかないわ!」
グッと拳を握って自分に気合いをいれ、足早に馬車へと進んでいった。
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