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しおりを挟むそして、約束の食事会当日。
「やっぱり変じゃない……?」
「お嬢さまったら、もう今ので5回目ですよ?」
エドリックを迎えるため玄関外で待っている間、こそっとターニャにファッションチェックをすると深いため息が返ってきた。
(だって落ち着かないんだもの……!)
誰かのためにおしゃれをするのは生まれて初めて。
少しでも可愛く思われたいなんて、前までの私が知ったら驚いて叫んでるかもしれない。
前髪を何度も直していると、ガチャリと扉が開かれた。
「アヴェルティン嬢」
私の姿を見つけた大きな彼は近付いてくる。
パーティーの時とは違い、今日は騎士団の制服を着ている。馴染んだその服はおめかし用のスーツよりもエドリックに似合っていた。
(な、何か……キラキラして見えるのは気のせい?)
相変わらず仏頂面だしゴツゴツしてるし全く親しみやすさなんかないのに誰よりも……かっこいい、気がする。
つい見惚れている自分に気付いて慌てて頭を下げた。
「エドっ……あ、いえユーフェリオ伯爵。本日はようこそお越し下さいました」
「いや、招待頂き感謝する」
「父と母もとても楽しみにしていました。すぐにご案内いたしますね」
平然を装いながら先を歩く。
エドリックは同い年だが肩書きはれっきとした伯爵、失礼があってはならない。浮わついた気持ちを抑えながらいると、スッと彼が横にやって来た。
「手紙、ありがとう」
一瞬だけ柔らかい笑みがこぼれた瞬間、カッと顔が熱くなる。
「っ……こちらこそ。でも忙しいでしょうからこれからは少し出す頻度を抑えようと思ってます」
「何故?」
「だ、だって……」
「君とのやり取りなら全く苦にならないが?」
けろっとした顔で言い切ってしまうエドリック。それをこっそり聞いていた周りの侍女たちが口をパクパクとさせる。
((((て、天然人タラシ……?!?!))))
うん、口には出さなくてもみんなの言いたいこと分かる。だって私も同じ気持ちだから。
■□■□■□■□■□
「ほう、では最近は国境付近にまで?」
食事会もほぼ終わりかけた後、お酒も少し入ったお父様は未だにエドリックへの質問を止めなかった。
「はい。城壁警備で常駐している兵士たちはなかなか王都訓練に参加できないので、我々のような若手騎士が出向き稽古をつけることがよくあります」
「いやぁ、本当に頭が下がるなぁ」
気分が良さそうに笑うお父様に内心ホッとした。
(そうよ……エドリックは真面目な人なんだから、何も心配することなかったわ)
究極の口下手だと思っていたけどそれも杞憂だった。
仕事で行った村の話、訓練の話、私たちにとってはどれも新鮮で時間があっという間に過ぎてしまったくらいだ。
このまま何事もなく会が終われば……
「なぁリリス。そう思わないか?」
「ええ。……ですが国境付近まで出向くとなると、ずいぶんとお屋敷を空けられたのではないですか?」
「!」
チクッとした言い方に反応するけど、お母様は躊躇うことなく話し続けた。
「やはり主人がなかなか帰ってこない家に残される側としては、いささか不安にはなりますわよねぇ?」
「お、おいリリス……」
「しかも騎士様たちの中で現地の若い女と遊ぶことが流行っていると聞くじゃありませんか。娘を持つ立場としては心配ですわぁ」
ハァとため息をつく演技までするなんて……これはエドリックが気に入らないというよりも、ドレイク以外が気に食わないって感じだ。
「お母様、いい加減に……」
「確かにそのような騎士もいるかもしれません」
「エドリック……」
エドリックはいたって真面目な顔で、今度はしっかりとお母様の方を向く。
「ですが自分はたとえ何があっても真っ直ぐ愛する人が待つ家に帰ってきます」
「っ……そんなの、わからないでしょう?」
「信用できないと仰るのであれば、今、この場で“騎士の誓い”をたてても問題ありません」
騎士の誓いとは、この国に古くから伝わる儀式のこと。
騎士の命ともいえるその剣を掲げ、その命をかけて誓いをたてる。如何なる理由があっても破られれば騎士はその剣で自らの首を跳ねなくてはならない戒めなのだ。
(そんな大切な誓いのことを出すなんて……)
「俺は今までも、これからも、アヴェルティン嬢のことしか愛さない」
大きくて、真っ直ぐな愛情。
こんなに素敵なものを私が受け取ってもいいの……?
少しだけ沈黙が続いた後、お父様が溜め込んでいた何かを吐き出すようにゆっくりと笑った。
「ははっ。色々聞こうと思っていたんだが、先にそう言われたら何も言えなくなってしまうなぁ」
「あ、あなた……」
「……カトレアはね、臆病な子なんだ」
少しだけ残ったワインをグラスで遊ばせながら、お父様はぽつぽつと話し出す。
「周りの顔色を伺って自分の意見を隠してしまう。その人を傷つけたくないから、自分が人一倍傷ついてもいいと思っている。でもね、私たち親からしてみればそんな悲しいことはない。誰よりも私たちはカトレアの幸せだけを考えているんだ」
「お父様……」
「だから私は、絶対に幸せにするという男の元に娘を嫁がせたい。君はそれを約束してくれるか?」
初めて聞いた父親の本音に涙がこぼれ落ちた。
(あぁ……私ってば、どうしてあんな風に結婚を決めたの)
こんなにも大切にされていたのに、自分のことなのに……勇気がないというだけで最悪の選択をしてしまった。
もっとちゃんと本気で向き合っていれば……!
するとスッと横からハンカチが差し出される。
顔をあげると、エドリックがあたふたしながら私を見つめていた。
強くて優しい彼の初めて知る顔に思わず吹き出すと、ホッとしたように小さく微笑んだ。
「……そんな顔をするのね」
「?」
「……ふふっ、やだやだ私ったら!もう少しで娘の幸せを邪魔するところだったじゃない、年は取りたくないわねぇ」
険しかった表情がいつもみたいに和らぎ、お母様の早口が張りつめていた空気を吹き飛ばした。
「ユーフェリオ伯、私からもお願い。カトレアを絶対に不幸にしないでちょうだいね?特に浮気なんかしたらただじゃおかないわよ!」
「あり得ません」
これまた即答する姿に二人は笑う。
温かい空気が心地よくて……これも全部、エドリックのおかげだ。
(今度は、私の番)
テーブルの下でぎゅっと拳を握る。
私が、彼に気持ちを伝える番だ。
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