【完結】もう一度あなたと結婚するくらいなら、初恋の騎士様を選びます。

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「ここでいい」

(もう、着いちゃった)

見送りをするからといって一緒に屋敷を出てきたが、結局何も話せずエドリックの馬の前に到着した。

もう少し一緒にいたい、そう素直に言えたらいいのに。

「それじゃあまた……」
「あっ!そのっ!」
「ん?」
「あ、えっと………こ、この子っ!とても素敵ですね!何というか面構えが違うというか!何となく貴方に似ている気がします!」

あの射貫くような視線に耐えきれず、話題を彼の馬へと移した。

「アースという名前だ。これまでの武勲はほとんどこいつのおかげなんだ」
「まぁ!すごい!」
「触ってみるか?」
「えっ!いいの?!」

コクンと頷いたのを確認し、恐る恐るアースの胴に触れる。

「すごい!とても逞しいのね」
「ああ」
「ふふ、何だかエドリックにそっくり……あっ!」

そこで初めて名前で呼んでしまったことに気付く。
慌てて口を押さえるけど遅くて、気まずさでついうつむいてしまった。

「ご、ごめんなさい……馴れ馴れしかった、です」
「?敬語になる必要ないだろ」
「だって、貴方は伯爵で……それに私たち、在学時は名前で呼び合う仲じゃなかったのに勝手に名前呼びって……気持ち悪いでしょう?」

彼は人気者、私は勝手に恋心を寄せる女子の一人。
エドリックの立場で考えたら……

「アヴェルティン嬢、こっちを向いてくれ」
「………」
「…………カトレア」
「っ?!」

名前を呼ばれた驚きで勢いよく顔をあげると、すぐそばにエドリックの顔があった。
名前を呼ばれただけなのに、心臓がバクバクうるさい。

「俺も君の名前を呼ぶ。だから呼んでくれ」
「……わかりました」
「敬語も禁止」
「っ……分かったわ、エドリック」

恥ずかしさのあまりボソッと呟くと、またエドリックの表情が少しだけ柔らかくなった。

(なんか、くすぐったくてムズムズする)

「しばらくは王都にいられる……の?」
「あぁ。最近は大きな戦もないから訓練ばかりだ。あとは……少ししたら領地に戻ろうかと思っている」
「領地に?」

確かユーフェリオ領はここよりも北に位置していた。

「標高が高いからそろそろ雪が降り始める頃だ。冬支度は済ませているだろうが、各所備蓄などの確認をしておかなくてはいけない」
「雪……そういえば小さい頃に一度見た事があるわ。真っ白ですぐ溶けてしまうのよね」

王都は比較的気候が変わらない。だから昔お父様とお母様と一緒に旅行をした際、偶然ちらちらと降る粉雪を見たくらいだった。
噂によると、場所によってはそれが積もってベッドのようにふかふかになるんだとか。

「一緒に行ってみるか?」
「えっ!……邪魔にならないかしら」
「毎年のことだからみんな支度には慣れたもんだ。それにきっと喜ぶ」

(喜ぶ……?)

いまいち言葉の意味が分からず首をかしげると、エドリックは「あー……」とためらった後ポツリと呟いた。

「……女性を連れていくのはカトレアが初めてになるから、伴侶を連れてきたと勘違いすると思う」
「!!!」
「もちろんフェアじゃないのは承知の上だ。……忘れてくれ、君の気持ちを待つと言ったのは俺の方なのだから」

ふいっと顔を背けアースに乗ったエドリックは何も喋らなくなった。

(……全部、私のはっきりしない態度がいけないのに)

プロポーズの返事は未だにしていない。それがエドリックを不安にさせていることも分かっていた。

「……エドリック、手を出して?」

勇気を振り絞って顔をあげる。
彼は少し不思議そうにしながらもスッと手を出してくれた。

ゴツゴツしていて一回りも二回りも大きな手のひらに、私はそっとそれを置いた。

「ハンカチ?」
「……戦場を駆け抜ける貴方がどうか無事に生きて帰ってこれますようにと。えっと、おまじないのようなもの……です」

小さく折りたたんだ白のハンカチを、エドリックは容赦なく広げる。
その端には目立たないように白い糸で刺繍が入っている。

「これは……“カトレア”?君の名前だ」

も、もうバレちゃった……?!
適当に誤魔化そうと思ったけどドレイクの鋭い視線がそうさせてくれない。

「…………」
「…………」
「………む、昔は!す、好きな人に自分の名前入りのハンカチを送っていたそうです」

どんどん尻窄みになっていく自分の声がカッコ悪い。
でも、ちゃんと伝えるって決めたんだから……!

「私も、ずっと貴方が好きでした」
「!」
「初恋なんです」

唇が震えながらもようやく言えた想いに、堪らず涙がこぼれてしまった。

自分の気持ちを伝えることが、こんなにも怖いなんて知らなかった。
ドレイクやレオナへの復讐とはまた違う。意地なんかじゃどうにもならないくらい心臓が痛い。

(お願いだから……何か言って、)

目をつむって答えを待つと、すぐ側で人の気配を感じ取った。
目を開けて確認する前に、騎士団の制服についているエンブレムが飛び込む。そしてエドリックに抱き締められていると分かったのは……それから数秒経ったあとだった。

「え、エド……」
「俺は自分で言うのもおかしいが表情が乏しい」
「う、うん?」
「だが今は、自分でも分かるほど緩んでるだろう。というより気持ち悪いはずだ」

(エドリックが気持ち悪いはずないのに……)

チラッと盗み見た彼はいつもと違う。
耳まで真っ赤になった顔と、ピクピクと痙攣する口元。何かに耐えるような表情のまま抱き締める腕の力がぎゅっと強くなった。

「カトレア」
「っ!」
「俺は今、とても幸せだ」

“幸せ”
その言葉は私にとって“呪い”のようなものだった。

結婚式のチャペルで誓いのキスを交わす直前、ドレイクは私の耳元でそっと囁いた。

『カトレア、幸せだね?』

あれはきっとドレイクの本心じゃない、私にそう思わせるための暗示の言葉だ。

『僕と結婚できて、幸せだね?』
『僕に愛されて、幸せだね?』

どんなに苦しくても『私は今幸せ』なんだと思わせる呪い。それがエドリックの言葉によって書き換えられていく。

「……私も、幸せ」

温もりに涙をこぼしながら、私は大きな背中にそっと腕を回して呟いた。

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