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しおりを挟む「カトレア、すまない」
ドレイクを吹き飛ばした後、エドリックは私の身体を抱き締めながら謝った。
(エドリック……走ってきてくれたの?)
呼吸は荒く、彼の心音はいつもよりも早く鳴っていた。
「っ……迎えにきた侍女が見知らぬ男とすれ違ったと聞いた。急いだが……怖い思いをさせてすまない」
そう言ってエドリックはまた私をきつく抱き締める。
その力強さにさっきまでの恐怖心がスッと消えていくのが分かった。
「怪我はないか?」
「は、はい」
「……手首が赤くなっている」
自分の手首を見るとうっすら指の跡がついていた。
エドリックは顔をしかめた後、私に自分のジャケットを羽織らせ離れたソファーにストンと座らせた。
部屋の扉がバンっと開き、支度を手伝ってくれた侍女たちが数人の男たちを連れて戻ってきた。
「奥さまっ!ご無事でしょうかっ?!」
「あ……うん。大丈夫よ」
「何かあったかと思い、お招きしていた第二騎士団の皆様をお呼びだて致しました!」
侍女は顔を真っ青にしながらたどたどしい口調で報告した。きっと飛び出したエドリックを見て、事の重大さに気付いたんだろう。
この子が悪いわけじゃない。全ては危機管理が不十分だった私のせいだ。
「おーおー、また派手に吹っ飛ばしたもんだな」
「団長……」
「おい、エドがそのガキやっちまう前に捕獲しろ」
「「はいっ!!」」
指示を出すその人の顔に見覚えがある。
(さ、サイモン騎士団長って髭を剃るとこんな感じなのね)
前にあった時のヘラヘラとした雰囲気はなく、てきぱきと指示を出す姿はあの第二騎士団をまとめているだけのことはあってとても格好いい。
パチッと目が合うと団長は困ったように笑った。
「悪ぃなお嬢さん、晴れの日に騒がしくしちまって」
「い、いえ……」
「にしても不運だなァ。こんな綺麗な格好してんのにストーカー野郎に襲われちまうとは」
そう言いながら団長はドレイクの頭を鷲掴みし、グッと上を向かせた。
「ドレイク=バーモンだな?接近禁止令が出されているにも関わらず花嫁を奪おうとするなんて、とても賢い選択じゃねぇな」
「うるさいっ!僕は、僕は悪くないっ!」
「ま、続きは牢屋ん中でたっぷり聞くさ」
ヘラヘラした態度が一変、スッと冷たくなる視線にさすがのドレイクも口を噤んだ。
数々の修羅場を潜り抜けてきた騎士団たちの前では、ドレイクなど世間知らずのお坊っちゃま。
多くを語らせない目と態度に私までもゾクッとしてしまった。
「エド、悪ぃが俺たちはこいつ連れて帰るぞ」
「はい」
「お嬢さんのことは頼むな」
拘束したドレイクを無理矢理立たせながら外へと連れていこうとする。ボロボロになったドレイクは勢いよく顔を上げ、涙を流しながら叫んだ。
「カティっ!カティっ!愛してるんだっ!なのにどうして僕のことを分かってくれないんだよっ?!」
「………」
「カティには僕しかいないんだよぉ……何でそれが分からないんだ。今までずっとずっと君を助けてきたのに、力になってきたのに、こんな最後はあんまりじゃないかぁ……!」
膝から崩れるようにその場に座り、子供みたいに泣きじゃくる。その姿はあまりにも惨めで、情けなくて……
(まるで昔の私みたい)
誰かのせいにしなきゃ自我を保てない。
自分を守るために誰かを攻撃する彼の姿にかつての自分を重ねてしまう。
「……ドレイク、それは愛なんかじゃない。依存よ」
「ハァ?依存?」
「私も貴方も自分のためにお互いを利用した。それは友情でも愛情でもなくただの自己愛なのよ」
私たちは幼馴染み、だけどその関係値はどんな人たちよりも希薄だった。
(もっとちゃんと向き合っていれば普通の関係でいられたのかな)
「僕が依存?は、はははっ!な、何訳の分からないことを……それに依存していたのは君の方じゃないか。ぼ、僕がいなきゃ何も出来ないくせに…っ」
「……ドレイク、さようなら」
「わかんない……わかんないだろ、そんなの………」
「行くぞ」
項垂れるドレイクは引きずられるようにして部屋を出ていった。最後は私の顔も見ずに……。
「奥さま……」
「ごめんね。少し二人きりにして?」
そう言うと、侍女たちも空気を察したのか何も言わずに部屋を出てくれた。
二人だけの空間はとても重くて、お互いにどう声をかけていいのか分からず時間だけが過ぎていく。
しばらくしてエドリックは何も言わず、私の隣に静かに座った。
「………」
「………エド、あのね」
「君を守ると言ったのに、」
絞り出すようなエドリックの声はとても小さい。
「全てを守りきれると思っていた。自惚れなんかじゃなくて……だが実際は君を危険にさらしてしまった。騎士として、男として失格だ」
「そんなことっ!!」
膝の上で組まれた両手は小さく震えている。
(こんなに強くて大きな体が、まるで子犬のように弱々しくなっている)
きっとエドリックはあの状況を見た時、生きた心地がしなかったんだろう。そして守れなかった自分を攻めて、傷付いて……今も私の顔を見れないんだ。
私は無意識に彼の身体を包むように抱き締めていた。
「エドリック、私……信じていたわ」
「カトレア……」
「貴方が絶対に助けてくれるって、そう思ったら恐怖心が和らいだの。貴方を信じる気持ちがドレイクの呪縛から解き放ってくれたのよ」
両手で彼の頬を包んで微笑む。
「守ってくれてありがとう。そして……いつも私を愛してくれてありがとう」
貴方に出会えて本当に良かった。
そう告げると彼の瞳から一粒の涙がこぼれた。キラキラと輝く涙を見ながら、気が付くと私も同じように涙を流す。
そして私たちの結婚式はドレイク=バーモン子爵令息の逮捕により中止となり、後日新聞で貴族界隈を激震させた。
もう一つの事件と共に……。
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