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24 レオナ視点
しおりを挟む「なんか騒がしいですね」
チャペルの中で式が始まるのを待っていると、隣に座っていた若い騎士が声をかけてきた。
「団長や他の方も出ていってしまったし、何だか色んな人がチャペルを出たり入ったり」
「あー……そうね」
「どうしたんだろう」
そう言いながら男はスッと私の腿に手を置いた。
(金も持ってない若造がアピールだなんて10年早いわ)
こういうアプローチをたびたび受けるが、下級の騎士に求められても嬉しくも何ともない。
(とはいえ本当に遅いわねぇ)
カバンの中に手を入れ、奥底に隠してある小瓶にそっと触れた。
式が終わった後のパーティー、コレを混ぜた飲み物をカトレアに飲ませるだけ。大丈夫、シュミレーションは何度もやってきた。
カトレアだって大勢の人間がいる前で私を邪険にはしないだろう。乾杯くらいするチャンスは……
「お、おい!」
「チッ!何よしつこいわね!アンタみたいな貧乏人の相手をしてる暇なんか……」
めげずに話しかけてくる騎士に文句でも言おうとした時、背後に妙な圧を感じて振り返る。
「ゆ、ユーフェリオ伯っ?!」
(どうしてここにっ?!)
今日の主役の一人が開始時刻を過ぎた今ここにいるなんて。
周りのゲストたちもそれに気付きざわざわと騒ぎ出す。
「悪いが式は中止だ」
「えっ?!な、何で?!」
「詳しい説明はこの後ある。が、その前に貴女には来て欲しい場所がある」
騎士たちにそう言った後、彼の切れ長の瞳が真っ直ぐ私の方を向いた。
「わ、私……?」
「同行願えるだろうか」
相変わらずの無表情と低い声、それでもこのタイミングでの呼び出しに少しだけ変な期待をしていた。
(まさか……可能性あり?)
結婚式を中断してわざわざ私を呼びに来るなんて普通は考えられない。
ユーフェリオはカトレアとの結婚を迷っていた。そしてその原因が私にあるとすれば……。
思わずニヤッと笑ってしまう。
(ほらほらほらぁ!やっぱり男なんてチョロいもんよ!)
「もちろんよ。……手を貸してくださる?」
ユーフェリオ伯に案内された場所は花嫁の控え室で、ますます私の期待値は上がっていく。
「ふふっ、まさかこのまま花嫁が入れ替わり……なーんてことがあったりしますぅ?」
「………」
何も言わず中に入っていく彼もなんか可愛く見えてきたわ。
後に続いて入ると……
「待ってたわ、レオナ」
「っ……カトレア」
相変わらずの澄まし顔で窓辺に立つカトレア。そして少し離れた場所には見慣れない騎士たちの顔があった。
「ユーフェリオ伯、これは一体どういうことですの?私は話があるからと聞いてついてきたのにっ!」
「話があるのは私なの」
「ハァっ?!今さら何を話すって言うのよ?!」
きつく睨みつけると、カトレアは表情一つ変えずに側にあるティーカップに手を掛けた。
「まずは座って。お茶を飲んでからにしましょう」
「そんな暇ないわよっ!」
「いいから」
コポコポと無視してお茶を淹れ、スッとそれを私の前に差し出す。
(何これ、飲まなきゃ話終わんないの?)
訳の分からないことばかりするカトレアにイラつきながら、そのお茶をぐびっと飲み干した。
ほら、これでいいでしょ?!さっさと話を……」
「美味しかった?」
「は?アンタ何……」
「とてもいい香りでしょう」
小さく微笑んだカトレアの表情は、女の私でも見惚れるほど美しかった。
香りなんか気にして飲んでいないのに、鼻の奥から抜ける感覚に……血の気がサッと引いていく。
その香りは何度も嗅いできた。
必ずつけるマスク越しでも分かる、ツンとして、なのに甘い……独特の………
「おえぇっっ!!!」
すぐに口の中に指を突っ込み、飲んだ液体を可能な限り吐き出す。
カトレアやユーフェリオ伯が見ていても関係ない。無我夢中で胃の中の物を吐き出し、汚れた口元を拭うことなく突っ伏した。
「あ……んた、騙した……わねぇ?!?!」
「急にどうしたの」
「とぼけんじゃないわよぉっ!!私を殺そうとしたんでしょ?!この毒草でぇぇぇ!!」
しらばっくれるカトレアに掴みかかる。
そんな事になってもユーフェリオも周りの騎士たちも動かない。
「何ぼさっとしてんのよ?!この女がお茶に毒混ぜて殺そうとしたのよ?!殺人鬼なんだからさっさと掴ませなさいよ、この税金泥棒ぉっ!!」
「……カトレアは君にお茶を勧めただけだ」
「だからぁ!そのお茶に毒が……?!」
冷ややかな視線にヒュっと息を飲む。
(な、何よこの感じ………)
「ねぇレオナ、毒草の匂い……何故分かるの?」
静かで丁寧な言葉に体温が急激に下がっていく気がした。
恐る恐る見たカトレアは、ガラス玉のような瞳でこちらを見つめている。
「あ……え、………っ?」
「貴女の言ったとおりよ。この匂い、今世間を騒がしてる不審死現場で発見された毒草と似た匂いなの。でもそれを知っているのは騎士団のごく一部と私だけ。ねぇ、なのに何故レオナが知ってるの?」
「や、その………っ、は、話を聞いて………ほ、ほら、私……第二騎士団で働いてるし」
頭が上手く回らない。
問い詰めるカトレアの瞳が冷たく、突き刺さるせいてわ言葉も出てこない。
(まずいまずいまずいまずいっ!!)
でもまだ挽回のチャンスはある。
短期間とはいえ騎士団に身を置く立場なら、どこかで聞いたことがあっても不思議じゃないわ。それを嘘だと証明する方法もないし!
するとそれまで無表情だったカトレアの口角が少しだけ上がった。
「ごめん、言い方が悪かったわ。その事を知っているのは今この部屋にいる騎士の皆様とエドリック、そして私だけなの」
「……………へ?」
「この方たちは先日まで各地に散らばって毒草を調査していた第三騎士団よ」
第三……?
「ねぇ教えて?どこで、何を、誰から聞いたの?」
スローモーションのように聞こえるカトレアの声。
ダメだ。終わった。もうおしまいだ。
なのに逃げることも目を離すこともできずに突っ立っているだけの私は、ぐちゃぐちゃに汚れた体でペタンと座り込んだ。
そんな私を見下ろすカトレアは……
「また殺されてなんかやらないから」
私にだけ聞こえる声で、訳のわからないことを呟いた。
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