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20 最終話
しおりを挟む「魔王ロキは完全に消滅したのか」
暖かい光が差し込む部屋。
その中央には大きなベッドがあり、寝間着姿のマリンピア国王陛下がいた。上体を起こし、落ち着いた声で話す陛下に、私はそっと微笑む。
「はい、跡形もなく」
「そうか……すまない、」
「何故謝るのです?」
やつれた陛下の顔を見る。
その瞳は前より生気が感じられる……良かった、ちゃんと回復に向かっているみたいね。
「これで国を覆うほどの結界は必要なくなりましたし、魔物の存在に国民たちが怯えることもなくなります。残った聖十字騎士団を上手く使えば何ら問題はありませんわ」
そう言えば陛下は力なく笑う。
これで、私の役目は終わった。
ニーナ=プロティオスは異質だった。
生まれた時から魔力の量は成人魔法使いの倍以上あったし、難解な術も私にとってはちょっとしたパズルを解く感覚に近い。
5歳の頃には神童として名が知れ渡り、ついには王国側……つまり国王陛下の目に留まった。
『聖女として国を守ってくれないか』
十分な地位も名誉も与える代わりに、陛下は私に何よりも重い枷を付けようとした。
国民たちを守る存在になれるならそれでも良いと思ったが、父であるプロティオス伯爵が猛反対した。
『この子には自由でいて欲しい。重い責任を与えたくない!』
今思えば、お父様のその言葉がなければ私は一生この国に縛られ続けていたと思う。国を守るだけの存在……そんな退屈な人生を、たった5年生きただけで決められる所だった。
そして私が成人を迎える直前、父は魔王ロキとの戦いで命を落としてしまったのだ。
「陛下には感謝しております。父を亡くし令嬢として立場が確立していない私を、今日まで何不自由なく過ごさせて下さったことを」
「……伯爵との約束だったからな」
「おかげで私は普通の令嬢として過ごせました」
陛下に出した条件は2つ。
1つは、私の意見を最優先すること。
私の意思なく決め事をすることは誰一人として許さない。
そして2つ目は、魔王ロキが倒された場合は速やかに私を解放すること。
これは力を永久に王国に利用させないための約束。
この2つの条件と引き換えに、私はこの国に結界を貼り続けることを了承した。
「今回の戦いで怠惰な騎士たちも奮起した事でしょう。私の弟子たちがいくつかアドバイスを残したと思いますので、それを元に騎士教育をやり直したら良いかと」
「……何から何まですまない」
「いえ、これも餞別ですわ」
そう、私は今日でこの国を出る。
今度は前回みたいな一時的なものではなく、もうここには帰って来ない。
幼い頃に母も亡くしているし残していく家族もいない。強いて言えばプロティオス領の領民たちが気になるけど、後のことは国王陛下にお任せした。
「ではもう行きますね、弟子たちを待たせておりますから」
「ああ………ニーナ嬢、」
去り際に陛下に呼び止められた。
「本当に……良いのか?此度の活躍、その全ては亡きホリック=マーベラ騎士団長の功績として残すというのは」
陛下は言っていいものかと躊躇っているご様子。
私はクスッと微笑んだ。
「何を仰いますか。全てはあのお方あってのことです、私は何もしておりません」
■□■□■□
平和に包まれたマリンピア王国。
その最大の墓地は、少し離れた小高い丘に存在している。
ホリック=マーベラはその命と引き換えに、今度こそ魔王ロキを倒したと王国中に知れ渡った。
国民たちは彼を崇め、市街地の中心には彼の栄光を評し銅像が建てられるそうだ。
「良かったですね、ホリック様」
誰もいない場所。
たった一つの墓石の前で私は呟く。
この墓には誰も埋まっていない。形だけの墓石と、ボロボロの折れた大剣があるだけだ。
彼は、最後まで私が嫌いだったんだろう。
高飛車で、嫌味な女に思っていたに違いない。……あながち間違ってもいないけど。
「もしも立場が逆だったら……私たちは普通の婚約者同士になれたのかしら」
私に力がなければ。
ホリック様に力があったなら。
私たちはお互いを尊敬しあって、仲の良い婚約者同士に……そしてごく普通の暮らしが出来たのか。
今となってはそれも分からない。
「……ふふっ。冗談ですわ、そうだとしたら私たちは出会っていませんもの」
自嘲する声が遠くへと消えていった。
もうここには来ない。
でも、彼の墓には沢山の人々が来ることだろう。国を救った彼を、皆が英雄として語り継いでいくのだから。
季節外れのシオンの花束を墓石に置き、私は彼の大嫌いな笑みを最後に向けた。
「では英雄様、我々はこれにて失礼いたします」
■□■□■□
これにて完結です。
ご愛読頂き誠にありがとうございました。
2021.12.07
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