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しおりを挟む「父上は、私にお前と絶対に離縁するなと言ってた。それは……」
「私がルスダンを離れれば結界はなくなりますからね。先王様としては何としても国に繋ぎ止めたかったのでしょう」
そこまで聞いてようやく頭の中が整理されてきた。
父上はなんて勝手な人なんだ。
国を守るためにやって来た母上を蔑ろにし、将来を見据えず魔力を持たない女を抱きそして私を産ませた。そして……母上を使い捨てて殺した。
そんなこと許されていいのか?いや、だが許されていたのだ。父上はこの国の王、そして同じ道を辿る私も今日まで許されていた。
「では、」
「はい?」
「私の……本当の母親はどこにいる?」
最後の気力を振り絞り声を出す。
今の話が本当なら私を産んだ女が存在するはずだ。王宮内では今日までそんな女がいることは聞いたことがない。
「幽閉されているのか?それとも、どこかの国に流されてしまったのか?」
弱った思考回路は既にぐちゃぐちゃになっている。
この状況で、私はその女にわずかな希望を見出した。腹を痛めて私を産んだのだ。もしかしたらまだ私を愛してくれているかも知れない。味方だと思っていた3人にも、家臣たちにも、そして嫌いだった妻にさえ見捨てられた私は、縋るようにその存在の居場所をサリファに問い質した。
「どこって、会われていたではないですか」
「なに……、?」
「毎日のように会話をしていたでしょう?」
背筋が凍っていく気がした。
"これ以上は聞くな"
心のどこかで誰かがそう叫んでいる。それでも一度触れてしまったそのパンドラの箱は、無慈悲にも淡々と開けられてしまう。
「その人物とは……」
「後宮の女官長、彼女に会いませんでしたか?」
心底不思議そうな顔のサリファ。
女官長。
まさか、あの老婆か?
「先王様は元々熟した女が好みでしたから。まぁ……そういった意味でアイリス様には見向きもしなかったのでしょう」
「嘘だっ!あの婆が私の母である訳がないっ!」
だってそうだろ?!そもそも年齢が!
「あんな妖怪のような女が、私の親であるはずが」
「きちんと調べれば分かります。彼女は昔から後宮で働く女官でしたが、先王様は何を思ったのか魔力ある側室ではなく彼女に手を出しまして」
「適当なことを抜かすなぁっ!」
「貴方を産んだ後、アイリス様に記憶を消す術をかけられているのでもうすっかり忘れているとは思いますが」
認めたくない、いや、絶対に認めないさ!
「ああ、そう言えば。その女も数日前に後宮内で頭を強く打ったんでしたっけ」
ビクンと大きく肩が跳ねた。
あんな婆の命など取るに足らん、数時間前まで忘れていた存在だが今となっては話が違う。
「お気の毒ですわ、転んだ拍子に頭を打って亡くなってしまうなんて」
「な、くなった……」
「ええ。打ちどころが悪かったようで、すぐに医官に診せていれば助かったのかも知れませんけど」
死んだ。嘘だ、そんな……。脳裏には血まみれになった婆の顔がこびりつく。
事故なんかじゃない。私は知っている。
私が突き飛ばしたのだ。私が、私の母親を……
「ぁあぁああああぁぁあっ!」
髪を掻きむしり床に額を何度も打ちつける。
私には何もない!何も、愛する女も、父も、母も、妻も、家臣も、友人も、立場も、尊敬も、何もかも全部ない!
「こんなの……生きていても、しょうがない……」
「!!」
私に待ち受けているのは全ての清算。
そんな屈辱的な人生、耐えられる訳がない。ならばいっそこの場で全てを終わらせてやる!
舌を思い切り噛みちぎろうとした瞬間、それまで黙っていた家臣や衛兵たちが私を取り押さえる。ご丁寧に舌を噛めないように猿ぐつわまでさせて。
「死んで楽になんて、させない……っ」
誰かが呟いた。
それはこの場にいる立会人の誰かなのか、衛兵の内の誰かの声なのか分からない。だが、その一言をきっかけにぽつぽつと声が聞こえてくる。
「お前のせいで、仲間が沢山死んでいったんだ!」
「そうだっ、私の母は魔導師ってだけで殺された!ただ人々を治療してただけなのに……」
「あの惨劇を子供たちにどう説明しろと言うんだ!」
「許さない……みんなみんなっ国民全員!お前を絶対に許さないっ!」
怒りで声を震わせる者、涙で顔をくしゃくしゃにする者、部屋には咽び泣く声だけが響いている。だが彼らは私を取り押さえるだけで決して手を出してこない。
じっと、私を見つめるだけだった。
「ギルバート様」
「ふぐぅっ!んぐ、っぅ!」
「………」
"頼む、殺してくれっ!"
何度も何度も心の中で訴える。
サリファ、お前だけだ。お前なら私を殺したいほど憎んでいるはず。長年お前の尊厳を踏み弄ったこの私をお前ならきっと……
「貴方はこれから沢山の者たちの痛みを知り、そして理解しなければならない。自分の罪を彼らの目線から見つめ直して下さい」
「っ……はぁ、りふぁ…!」
「安心して下さい。この国を導く者として、あなたの妻として、魔導師として、絶対に死なせませんから」
満面の笑みで微笑むサリファ。
初めて見た彼女の笑顔は、この世のものとは思えないほど冷たくて美しかった。
*****
次回よりそれぞれの視点になります。
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