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しおりを挟む案内されたのはサリファ様の自室だった。
「少し散らかっててごめんなさいね」
「いえ、そんな!」
初めて足を踏み入れたそこは、自分の離れとは比べ物にならないほど簡素な部屋だった。
デスクの上には沢山の書類が山積みになってて、本棚にある本はどれも難しそうで分厚いものばかり。窓際には小さなテーブルとソファーが2つ、あとは奥にあるベッドだけだった。
一国の王妃の部屋がこんなに質素で良いわけない。
それでもサリファ様は文句の一つも言わずにここで何年も過ごしてきたんだ。
「今お茶を淹れますからソファーに座ってて下さい」
「っ私が淹れます!」
「良いんです、私が貴女に淹れてあげたいから」
そう言ってサリファ様は手慣れた手つきで準備を進める。ふわっと茶葉の香りがして、自然と肩の力が抜けていった。
「さぁどうぞ」
「いただきます。……わっ、すごく美味しい」
「本当ですか?これ、アズミの故郷の茶葉なんですよ。ほら、綺麗な翡翠色でしょう?」
楽しそうに話すサリファ様。いつもは厳格で、ただならぬオーラがあるのに今は普通の令嬢のように見えた。しばらく沈黙が続いた後、サリファ様はかちゃんとカップをテーブルに置く。
「モニカ、貴女にちゃんと謝らなければなりません」
唐突にサリファ様はそう言った。
謝る?誰が?聞き返そうとするが、真面目な表情に戻ったサリファ様を見て言葉をぐっと飲み込む。
「貴女をこんな汚れた世界に巻き込んでしまってごめんなさい」
「え……」
「全ての責任は私にあります。何でも望むものを……もちろん私の首でも構いませんから」
「ま、待って下さいっ!何だかよく分からないわ!」
「貴女を、ギルバートに差し出しました」
「!!!」
低い声にビクッと肩が跳ねてしまう。
「貴女のお母様の仇であるあの男に貴女を差し出した。そして、その男の血を引く子を産ませました。それが罪といえず何と言うのですか」
サリファ様は今にも泣きそうな顔をしていた。
命を拾われたあの日、私は全ての経緯をサリファ様に伝えた。母を亡くしたことも、魔力のないフリをしなきゃならないことも。
するとサリファ様は私にある提案をした。
それは王太子、いや、王であるギルバートの側室として後宮に入り子を産んでくれないかと。
最初は怒りで頭が割れそうだったわ。だってそうでしょ?母を殺した男に、何故私は抱かれなきゃならないのよ。それを聞いてサリファ様を恨んだし、やっぱりこの人も王家側の人間なんだと思った。
それでも、サリファ様の目を見たら何も言えなくて……そう、あの全てを見据え決意した目を見たら何も。
「私がこの国に来た時には王宮の上層部は腐り切ってて、いくら王妃といえど私の話を真面目に聞いてくれる人はほんの一部だった……だから、あの男を政から引き離すことが優先されたのです」
「引き離す?」
「ええ。元々コンプレックスが強い人でしたから、自分を肯定してくれる人間がいればそれにのめり込むだろうとは予想していました」
淡々と説明するサリファ様。
「モニカほど魅力的な女性に持ち上げられればどんな男も貴女に夢中になりますから」
「いやいや、そんなことは!」
急に褒められて顔が熱くなる。サリファ様ってどこか天然だからたまに困っちゃうのよね。
「最短であの男から実権を奪えるのは新しい王を産むこと。ですが私には……それが出来なかった」
「サリファ様」
「私が少しでも愛されていれば良かったんですけど」
自嘲気味に話すサリファ様に胸が痛む。
こんなにも素晴らしい人を苦しめるなんて……アイツが、いや、この国が全部悪いのに。
「結界を張り続けるだけじゃアイリス様と同じ運命を辿ることになる。だから私は、どんなことをしてもこの国を変えようと思ったの」
「サリファ様……」
「もう、あんな悲劇は二度と起こさせない」
真っ直ぐな目を見て、私はまた昔を思い出した。
やっぱりこの方は変わっていない。いつだって私たちを、この国の未来を一番に考えていて下さる。
「……サリファ様、謝ることなんてないです」
「モニカ」
「私の命はあの日で終わっていました。むしろ貴女のために今日まで生きていられて、しかも可愛い子供まで産めたのですから本望ですわ」
ニコッと微笑めばサリファ様は困ったように微笑み返した。
「……恨み言があればいつも言って下さいね」
「もう、そんなの絶対ないですから」
私が笑えばサリファ様も諦めてくれた。
過去に縛られ続ける日々は終わった。
もう自分で命を捨てようとした私はもういない。
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