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12 ランセル視点

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「大丈夫だ…、大丈夫、何の問題もない」

何度も何度も自分に言い聞かせながら、長い廊下を早足で通り抜ける。

先代の頃から王家に仕える私にとって王宮内は自分の庭。この廊下だって何百回通ったか分からない。それなのに……心臓がバクバクと脈打つ。

君主を他国に置き去りにした。

その事実が露見すれば間違いなく斬首される。
良くて幽閉、悪ければ末代まで罪を被るだろう。自分でも何でそんなことをしたのか……

いや、しょうがない。
もうやってられなくなったんだ。
これ以上あの腑抜けの面倒など真っ平だった。

気付けば追いかけることなく馬車を走らせていた。後先など考えず、そして振り向かずに。

「私は悪くない、私は悪くない、悪くない」
「スコット卿!お戻りでしたか!」
「!!!」

突然声をかけられ肩が跳ねる。

「あ、ああ……お前たちか」
「お疲れのところ大変恐縮なのですが、急いで貴賓の間に来ては頂けませんか?」
「き、ひん……?ど、どうしてっ、」
「それが我が国と同盟を結びたいという申し出が。国王陛下への謁見の前に一度スコット卿に面通しをと思いまして」

部下である男はいつもの表情でそう言う。
その口ぶりから陛下が不在であることはまだ聞いていないらしい。

だが、いずれ彼らの耳にも届く。
今のうちに言い訳を考えておかねばならない。

「すぐに行こう」
「ありがとうございますっ!」
「で、来ているのはどこの国だ?」
「はいっ!えっと……」



■□■□■□■□■□

「お久しゅうございます、スコット卿」
「どうしてお前が……」

その女は以前と見違えるほど、堂々とした立ち姿でこちらを出迎えた。

「今はメイ=ウォーリンと申します。シャンデラ帝国の外交を任されております、リプソン侯爵家の遣いとして参りました」
「リプソン家……?遣い?」

ただの侍女が何故侯爵家の遣いになれる?
それにリプソン家といえばシャンデラ帝国でも名高い旧家だったはず。そんな家が獣人の使用人など雇用するか?

戸惑う私を見透かしているのか、メイ=ウォーリンはクスッと小さく笑う。

「はい。当家の主様は大変柔軟なお考えをお持ちでして、人間だろうが獣人であろうが能力があれば関係と仰っておりました」

なるほど、これは喧嘩を売られている訳か。
ただの使用人風情が私に嫌みを……ずいぶんと甘く見られたものだ。

「ほぉ……では有能な殿ならもうお分かりだろう?此度の同盟の件、ゾーネシア王国として認める訳にはいかないということを」
「……やはり認めて頂けませんか」

当たり前だ。
同盟とは即ち、その国と同価値であると認めた証拠。建国より同盟を一切結んでこなかったこの国が今さらシャンデラと……あんな皇帝がふんぞり返る国と同盟など結んでやるものか。

「分かったのならさっさと……」
「ところで、国王陛下は今どちらに」
「!!!……何故お前にそんなことを」

陛下という単語が出てきたことで周りの衛兵たちもようやく気付く。
まずいな……いや、ここまで時間を稼げたなら問題ないが、この女の口からその話題が出たことがまずい。

私の予定では「陛下は番様の安否を確かめるまでシャンデラに残る、そう告げて行方が分からなくなった」ことにするつもりだ。
そうなれば必然的にシャンデラとの衝突は免れないが、手打ちにするため何らかの取引は出来る。願わくば、あのうるさい王がどこかで野垂れ死んでてくれれば良いが。

さうだ、逆にこの女を利用するか?
陛下を亡き者にし、こうして脅しに来たことにすれば……

「いえ、一つ陛下のお耳に入れておきたい情報をお持ちしたので」
「……では側近である私が聞こうじゃないか」
「いえいえスコット卿にお話するようなことでは。それにこんな大勢の前でお話するのは流石に……」
「さっさと言え!」

あぁ焦れったい!
さっさと話を切り上げでこちらの流れに持ってこなくてはならないというのに!

「はい。では……こちらをご覧下さいませ」

そう言ってメイ=ウォーリンは持っていた鞄をごそごそと漁り、取り出したものを目の前のテーブルに置いた。

「………あ、」

見覚えのある瓶に自分の間抜けな表情が反射する。

「これは東部にある小さな集落が製造していたブドウジュースです。自国でその成分を確認したところ、獣人のものらしき血液が混入していることが分かりました」

何故だ。何故これが……こんなところに。

「獣人の血には桁外れの生命力向上の効果と強烈な薬物作用があります。その為に全世界で営利目的での利用又は使用が禁止されているのはご存知ですね?」
「………」
「集落にはこのジュースの販売記録も残っていました。取引相手の名前はしっかり伏せられていますが造船記録が残っていましたので、誠に勝手ながらその日のその時間、誰がどこへその荷物を運んだのか追跡させて頂きました」

いつもはしないであろうミスをした。苛立つ日々に追われ足を掬われた。


「ゾーネシア王国王妃、レイチェル=ゾーネシア妃殿下の身辺をお調べしても宜しいですか?」
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