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7 アンジェリカ視点
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私は買ったばかりのヒールをかつかつと乱暴に鳴らしながら長い廊下を進んでいく。
すれ違う人たちがギョッとした顔で見るけどそんなの関係ない!
夫のジョエルが逮捕された!
それを知ったのは昨晩。
ジョエルの帰りを待っていれば夜遅く屋敷に自警団がやって来た。ぞろぞろとやって来てはギロッと私を睨み付けながら一枚の紙を見せて来た。
『アンジェリカ=ベロニア、貴殿の夫ジョエル=ベロニアを本日投獄した。明日、詳しい事情聴取を行うため王宮にある法務局へ来るように』
隊長らしき男はそれだけを伝えてさっさと帰った。
(何で私がこんな目に!!)
百歩譲って犯罪をしたとしても侯爵でしょ?隠蔽とか何かしらの方法はあるじゃない!
「失礼。アンジェリカ=ベロニア侯爵夫人でいらっしゃいますか?」
「ハァ?!何よ……っ!」
突然声をかけられて振り返る。
そこには背か高くて顔のいい男が立っていた。
「突然お呼び立てて申し訳ありません。本日、御夫人をベロニア侯爵の元へ案内致しますアレン=サトレーと申します」
「……へぇ、どんな強面が現れるかと思えば結構いい男じゃない」
案内役の男を見て少しだけ機嫌が直る。
(法務局勤務なら一般貴族よりもエリートだし、この男に乗り換えるのもアリかもね)
見定めるようにジロジロ見ればアレンは困ったように笑った。侯爵とは言えジョエルは前科者、こちらの男もなかなかいい物件ではあるわ。
「では参りましょうか」
「ええ!」
*****
アレンに案内されたのは地下にある独房だった。
本来であれば一般人が立ち入る事すら出来ない場所。薄暗く、鍾乳洞の中のように狭くて寒いそこを歩くには今流行りのドレスはナンセンスだった。
「ちょっと!こんなとこに来て一体どうするつもりなのよ?!」
「ご辛抱を。もうすぐ着きますから」
寒いしドレスが汚れちゃうじゃない!
軽く舌打ちをしながらついていけば、突き当たりから何やら唸るような声が聞こえて来る。
「なっ……なに、」
「お待たせ致しました。ベロニア侯爵、奥方様をお連れ致しましたよ」
そこは錆びついた鉄格子のはまった牢で、中には小さく縮こまるように男が一人座っている。
それは、昨日まで輝いていた私の夫だった。
「ジョエルっ!」
駆け寄り鉄格子を両手で掴む。
(うそっほんとにジョエル?!だって昨日までは普通で、というか何でこんな扱いを!)
彼は貴族だ。いくら犯罪を犯したとしても多少の優遇はあっても良いはず。それなのにこの肌寒い地下でボロボロのシャツを着た彼はまるで抜け殻のような虚な顔をこちらに向けた。
「ジョエルっ!アンジェリカよ!分かる?!」
「あ……」
「迎えに来たわ!早く帰りましょう?!」
ジョエルに近づいたのはもちろん金目当て、でも愛情が全く無いわけではない。優しくて私を優先してくれる彼をそれなりに愛していた。
(こんな姿、見ていられないわ)
「ちょっと!早くここから夫を出してよ!」
「それは出来ません」
「ハァ?!何それっ!」
「ジョエル=ベロニア侯爵は現在3つの容疑をかけられています。その全部の裁判が終わるまではここからは出られません。しかも彼はいずれの罪を否定も肯定もしないので、裁判が難航しているんです」
「何それ、どういう……」
「彼はここに来るまでに精神を病んでしまったようでまともな会話が出来ない状態なのです」
会話が出来ない?
もう一度ジョエルの方へ向き直れば、彼は焦点の合わない目をキョロキョロと動かしていた。
「ジョエル!」
「あぁ……リリー、リリー……」
「ねぇ!何してるのよ、早く無実だと証明しなきゃここから一生出られないわよっ!」
「リリー……愛してるよ、リリー……」
リリー。ジョエルはその名を何度も呼んだ。
(誰よ、その女……もしかして最近冷たかったのってその女のせい?)
「ねぇジョエル、リリーって誰よ?!」
「リリー……美しい、私の愛する人……」
「ねぇ、ねぇ!答えなさいよっ!」
「百合がよく似合う……あぁ、好きだ……」
彼の目には私が映っているはずなのに、そのリリーって女の名前だけを言い続けている。
「ちょっとアンタ!リリーって誰か知ってるの?」
後ろに控えるアレンはニッコリと笑う。
「知りませんねぇ」
「……」
「侯爵は何度もその名前を出しますが、リリーという名の若い女性はこの国にはいません」
「……じゃあ、何で」
「妄想でしょうかね?」
ジョエルが最近コソコソと外出していたのは知ってる。あの女と結婚してる時の私のように、また新しいお気に入りが出来たと思ってたんだけど……。
私は鉄格子から手を離す。
きっとベロニア家は終わりだ、だって当主がこんなになっちゃったんだから。それに3つの罪?しかも裁判が進まない?
「ねぇ」
「何でしょう」
「これから私、どうなっちゃうの?」
「さぁ?」
冷たい返事。見ればアレンは心底興味のなさそうな顔をしている。そっか……コイツ、全部知ってるのね。
「取り急ぎ御夫人には旦那様の尻拭いをしていただきましょう。搾取していたシャドウ家への返金が最優先ですね」
「……そう」
「あ、ちなみに侯爵との離縁は出来ないですよ?彼の心身が喪失しているため王宮に棄却されるのがオチです」
「っ!」
全てを見抜かれている。
私は逃げられない、廃人となったジョエルと共倒れするしか道はないんだ。
「では私はこれで。ごゆっくり」
「待って!お願い、助けてよ……っ!」
「ははっ、奥方様は実に愉快な人だ」
縋るように掴んだ手をパシンと振り払われる。
「何故、あの子を苦しめたお前らを助けなければならないんだ」
凍りつくような目で睨み、アレンはその場から去っていく。
取り残されたのは私とジョエル。
「ジョエル……」
「リリー……抱き締めたい、かわいい……」
「お願い、私を見て……」
「可憐だよリリー、愛してるのは君だけ……」
何で私じゃないのよ。アンタにはもう私しか残ってないのに。
「リリー、リリー、リリー」
変わり果ててしまった彼を見つめながら、私はその場に膝から崩れ落ちて泣き続けた。
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