8 / 8
8
しおりを挟む『ノエル=ベロニアと申します』
初めて出会った君は、この世界を一瞬で呪い殺してしまうような目をしていた。今思えばあの瞬間、長い前髪から覗き見えるその瞳に一目惚れしたんだと思う。
だから誓った。
最高の復讐劇を一番近くで見届けてやろう。
そして全てが終わった時、疲れ切った君を必ず幸せにしてあげるんだ。
*****
「こちらに居られたのですね、サトレー局長」
ランチが終わり中庭で昼寝をしている時だ。
芝生に寝転がる俺を覗き込むようにして現れた男は、随分探し回ったのかハァと疲れたように息をついた。
「ん?何だ、デビッドか」
「何だじゃありませんよ、施設中を回って探したんですよ?この忙しいときに昼寝だなんて……」
「ランチを終えたら眠くなったんだ」
「全くもう」
ぶつぶつと小言を呟くデビッドは隣に腰掛ける。
そして食べ終わった俺の弁当箱を見て少しだけ口元を緩めた。
「愛妻弁当ですか」
「羨ましいだろ?」
「そうですね。仕事の鬼と言われるアレン=サトレーをサボらせてしまうなんて、さぞ美味しい弁当なんでしょうね」
嫌味たっぷり、だがどこか嬉しそうに言うデビッドに苦笑した。
「リラックスしているところ申し訳ありませんが、そろそろ会議のお時間ですよ」
「ああ、分かってる」
そう言って立ち上がり、尻についた芝を軽く払う。
ジョエル=ベロニア投獄から3年。
俺は法務局の最高責任者である局長となった。数年前に流行った貴族婦女の人身売買問題を解決させ、それに伴う法改正の政策が実を結んだ。
元々は実力主義の国だ、貴族でなくても能力さえあれば出世できる。まぁ嫉妬で絡んでくる貴族の子息なんかはいるけど。
奴らは金さえあれば何をしてもいいと思っている。
それは男も女もだ。
そんな腐った考えを正すために、俺はこの立場を目指していたんだ。
(横領、詐欺、権力を振りかざしての虐め……当分は休みなしで忙しいだろうな)
「そう言えば例の女、また面会に来てるらしいです。ほら、ジョエル=ベロニアの妻ですよ」
「あー……そうか」
「よくもまぁあんな廃人に3年も付き合ってられますよね。元は侯爵家の財産目当てで結婚したくせに」
「……それなりに愛し合ってたんじゃないか?」
「ですかね?」
結局アンジェリカ=ベロニアは離縁しなかった。
当時は出来なかった心身喪失者との離縁も今は法改正により正しい手続きと理由があれば成立するのに。
(罪滅ぼしか、愛情か、まぁどっちでも良いか)
娼館で働きながら夫であるジョエルに会いに来るアンジェリカ。まさか自分が3年前にその場所へ売られていたとも知らずに甲斐甲斐しいもんだ。
「さて、さっさと終わらせて定時で帰ろう」
「了解です!」
*****
仕事を終えた俺は郊外に建てた小さな一軒家に帰ってくる。本当はもっと立派な家を建てるつもりだったが、謙虚な妻はそれを望まなかった。
「ただいま、リリー」
「あ、お帰りなさい!」
リビングの扉を開ければエプロン姿の妻が笑顔で出迎えてくれる。
あれからリリーは無事にジョエルと離縁できた。
彼女のために急ピッチで法を改正し、離縁が成立したと同時に籍を入れた。戸籍上はノエル=サトレーだが二人で話し合った結果、俺は前と変わらずリリーと呼んでいる。リリー曰く『これは貴方が付けてくれた名前だから』と嬉しそうに笑っていた。
「お仕事お疲れ様です。湯浴みの準備は出来ていますよ?」
「ああ、ありがとう。とても美味しそうな匂いだ」
「ええ!今日街に行ったらお野菜をおまけでいっぱい貰えたの。だからつい作りすぎちゃったわ」
ふふっと無邪気に笑う彼女に釣られて笑う。
(可愛いな)
だがそれも君への下心があってだろう、なんて無粋なことは言わずに頭を優しく撫でてあげた。
(自分が美人だって自覚がないから恐ろしい。まぁそんなところも可愛いけど)
「良かったね」
「ええとっても!先にお食事の方がいい?」
「いや風呂に入るよ。そうだ、一緒に入ろうか?」
「ぇえっ!」
そっと彼女を両手で抱き締めて囁く。
耳まで真っ赤にしたリリーは困ったように視線を泳がせていた。
恋人の期間も短くすぐに夫婦になった俺たちだが、リリーは未だにこういった雰囲気に慣れていないらしい。未だにキス一つで真っ赤になる彼女を日に日に愛おしく感じた。
「あ、あの……」
「今日はちょっと忙しくてね。一緒に湯船に浸かって癒やして欲しいんだけどなぁ」
「……じ、じゃあタオルを用意してきます」
「ありがとう」
リリーは俺のお願いに弱い。それを分かってて言う俺はなかなか性格が悪いと思う。
(いいさ、彼女が幸せに暮らしてくれるなら悪魔にだってなってやる)
俺の全ては彼女のために。
リリーを幸せにするためならば法も変えてやる。うるさい連中も排除してやる。
(惚れた方の負け、とはよく言ったものだな)
こんなに夢中になってしまうなんて。
「アレン?」
「ううん、何でもない。リリー」
「?何ですか」
「愛してるよ」
「っ……わ、私も」
そう言って顔を真っ赤にする彼女を、俺はもう一度抱き締めて優しくキスを落とした。
*****
これにて完結です。
ご愛読頂き誠にありがとうございました。
2021.06.09
154
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた
黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」
幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。
小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。
【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!
山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」
夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。
【完結】救ってくれたのはあなたでした
ベル
恋愛
伯爵令嬢であるアリアは、父に告げられて女癖が悪いことで有名な侯爵家へと嫁ぐことになった。いわゆる政略結婚だ。
アリアの両親は愛らしい妹ばかりを可愛がり、アリアは除け者のように扱われていた。
ようやくこの家から解放されるのね。
良い噂は聞かない方だけれど、ここから出られるだけ感謝しなければ。
そして結婚式当日、そこで待っていたのは予想もしないお方だった。
やめてくれないか?ですって?それは私のセリフです。
あおくん
恋愛
公爵令嬢のエリザベートはとても優秀な女性だった。
そして彼女の婚約者も真面目な性格の王子だった。だけど王子の初めての恋に2人の関係は崩れ去る。
貴族意識高めの主人公による、詰問ストーリーです。
設定に関しては、ゆるゆる設定でふわっと進みます。
〈完結〉姉と母の本当の思いを知った時、私達は父を捨てて旅に出ることを決めました。
江戸川ばた散歩
恋愛
「私」男爵令嬢ベリンダには三人のきょうだいがいる。だが母は年の離れた一番上の姉ローズにだけ冷たい。
幼いながらもそれに気付いていた私は、誕生日の晩、両親の言い争いを聞く。
しばらくして、ローズは誕生日によばれた菓子職人と駆け落ちしてしまう。
それから全寮制の学校に通うこともあり、家族はあまり集わなくなる。
母は離れで暮らす様になり、気鬱にもなる。
そしてローズが出ていった歳にベリンダがなった頃、突然ローズから手紙が来る。
そこにはベリンダがずっと持っていた疑問の答えがあった。
痛みは教えてくれない
河原巽
恋愛
王立警護団に勤めるエレノアは四ヶ月前に異動してきたマグラに冷たく当たられている。顔を合わせれば舌打ちされたり、「邪魔」だと罵られたり。嫌われていることを自覚しているが、好きな職場での仲間とは仲良くしたかった。そんなある日の出来事。
マグラ視点の「触れても伝わらない」というお話も公開中です。
別サイトにも掲載しております。
初恋のひとに告白を言いふらされて学園中の笑い者にされましたが、大人のつまはじきの方が遥かに恐ろしいことを彼が教えてくれました
3333(トリささみ)
恋愛
「あなたのことが、あの時からずっと好きでした。よろしければわたくしと、お付き合いしていただけませんか?」
男爵令嬢だが何不自由なく平和に暮らしていたアリサの日常は、その告白により崩れ去った。
初恋の相手であるレオナルドは、彼女の告白を陰湿になじるだけでなく、通っていた貴族学園に言いふらした。
その結果、全校生徒の笑い者にされたアリサは悲嘆し、絶望の底に突き落とされた。
しかしそれからすぐ『本物のつまはじき』を知ることになる。
社会的な孤立をメインに書いているので読む人によっては抵抗があるかもしれません。
一人称視点と三人称視点が交じっていて読みにくいところがあります。
【完結】親の理想は都合の良い令嬢~愛されることを諦めて毒親から逃げたら幸せになれました。後悔はしません。
涼石
恋愛
毒親の自覚がないオリスナ=クルード子爵とその妻マリア。
その長女アリシアは両親からの愛情に飢えていた。
親の都合に振り回され、親の決めた相手と結婚するが、これがクズな男で大失敗。
家族と離れて暮らすようになったアリシアの元に、死の間際だという父オリスナが書いた手紙が届く。
その手紙はアリシアを激怒させる。
書きたいものを心のままに書いた話です。
毒親に悩まされている人たちが、一日でも早く毒親と絶縁できますように。
本編終了しました。
本編に登場したエミリア視点で追加の話を書き終えました。
本編を補足した感じになってます。@全4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる