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中編
エドワーズ様御一行が教会を出て行ってどれくらい時間が経ったでしょうか。
割れた窓の外はもう夕日が沈んで電気の通わないこの教会もそろそろ闇に包まれます。
私は傷だらけの椅子に置いてあったランタンに火を灯しました。
「……しょうがないですね」
今晩中にはここを出ていかなければ。
幸いにも荷物はほとんどありません。まぁここに連れて来られたとき王国から何の用意もありませんでしたから。
もちろん実家からの支援もありません。
ここで祈りを捧げ続けることは名誉とされていますが、実際は何の得にもならない仕事だと思われています。まぁ多少の援助金は実家に支払われているでしょうけど。
私は古びたローブに身を包み、途中お腹が減った時に食べる木の実と水を鞄に詰め教会を出ました。
「………」
少し歩いて振り返ります。
廃れた教会がゴウゴウと地鳴りを起こしていました。
きっとここを離れる私に怒っているのでしょう、ですが今の私には何も出来ないのです。
「ごめんなさい」
私は振り返ることなく教会を背にしました。
この森は国の最北端にあるので、森を抜ければ北の隣国まであと少しです。
夜通し歩いた私は丘にたどり着きました。
朝日が顔を出した頃、丘から下を見下ろせば沢山の重機が聖マリア・モンシェルト教会に向かっているのが見えます。あと数分もすればあの大きな機械が教会を壊して行くのでしょう。
私はその目で、最期の時を待ちました。
ゴゴゴゴゴと激しい金属音。
ショベルカーと言うんですか?アームの先にスコップがついた重機が容赦なく教会の壁に穴を空けました。
そしてその瞬間、張りつめていた糸がピンと切れる感覚が全身を駆け巡りました。
「……久しぶりですね、メフィ」
朝日が顔を出したばかりだというのに、空は真っ黒な雲に覆われてしまいました。風も強まり、気温も下がった気がします。
『1500年だ』
私の背後から男の人の声がします。
こんな場所、私以外誰もいないはずなのに。ゆっくり振り返れば、黒い霧のような塊が現れました。
『ようやく全部返ってきた。何もかも全部……あの頭の悪そうな男には感謝しないとな』
その声は黒い塊からしています。
そしてそれは人の形になったかと思えば、時間をかけて一人の男性を生成しました。
彼の名前はメフィースラスト。長いので私はメフィと呼んでいます。お察しの通り、彼は人間ではありません。実はあの言い伝え、ちょっとだけ真実が異なります。
森を荒らし過ぎた国民たちを呪い殺していったのは魔物たちですが、彼らは自分の意思でそうした訳ではありません。魔物たちはある者の指示により、国を荒らして行ったのです。
魔物たちを飼うことが出来るのはこの世でたった一つの存在、それは『悪魔』です。
森に住んでいたのは、大悪魔であるメフィでした。
『人間は愚かだな。1500年も経てばあの惨劇を忘れてしまうんだから』
壊されていく教会を眺めながらメフィは呟きます。
あの教会には積み重なった祈りが蓄積されているので、私があの場を離れても100年くらいは平和が続いたでしょう。
それなのに……。
ガラガラとコンクリートが崩れる音が響きます。思い出の廃教会はもう半分も残っていません。
スッと何かが後ろから首に巻きつきます。人間の両腕がまるで抱き締めるように私を引き寄せました。
『これで契約はなくなったな』
「………」
『お前は、私のものだ』
ククッと楽しそうな声が耳元でくすぐったいです。
私には前世の記憶があります。正確には1500年間同じ魂を引き継いでいるのです。
大悪魔メフィースラストは魔物たちを使い国を滅ぼしていました。そんな彼の前に立ちはだかった当時の聖女は彼にある契約を持ちかけました。
『メフィ、取引しませんか?大人しく力の半分を封じられると言うならば私も同じくこの教会に縛られ続けましょう。もし教会がなくなれば、後は貴方の好きにして下さい』
悪魔への交渉にしては些か弱いですよね?
でもメフィにとっては甘美な誘惑なのです。だって、人々から恐れられる大悪魔はこの聖女に恋をしていたのですから。
そして大悪魔と聖女は、あの教会に縛られ続けることを選びました。
『あそこでの生活もまぁ悪くはなかったが、こうしてお前に触れる力は残っていなかったからな』
メフィの指が頬を撫でます。
今まで声だけだった存在が人間と同じような実体を持って完全復活してしまったのです。これは代々封印を続けてきた聖女様たちに顔向け出来ませんね。
「それで?私をどうしますか?」
『好きにしろと言ったのは1500年前のお前だ』
「もちろん。あの教会を失っては私の存在意義はなくなってしまいました、どうぞ煮るなり焼くなり好きにして下さい」
思えば生まれてすぐに祈りを捧げてきましたので、こうしてあの不気味な廃教会を出ただけでかなり大満足です。
私は自分より背の高いメフィを見上げます。
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