どうやら夫がパパになったらしい

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「次の方、お入り下さい」

看護師の案内で診察室に入ってきた人物を見て、私は思わずペンをぽろりと落としてしまう。

「えーっと、ではお名前宜しいですか?」
「は、はい!み、ミシェルです」
「ミシェルさん、っと。前任の先生から引き継がれた妊娠10週目の妊婦さんですね!」

職場のパートナーである看護師のリズは、特に気にした様子もなくニコッと笑いかけてきた。
……が、私の心中は穏やかではない。
それはこのミシェルという美しい女性のせいではなく、その隣に立つ顔色の悪い男……その顔によーく見覚えがあったからだ。

「今日はご主人も付き添いでいらっしゃったんですねぇ」
「は、はいっ!あ、いやその……正確にはパートナーなんですけど」

ミシェルさんはもじもじしながら男を見る。

「でも、この子の父親です。ね?ジェイク」

まだ膨らみが少ないお腹を愛おしそうに撫でた後、彼女は嬉しそうに男の名前を呼ぶ。

(そう。そうなの……そういうことなのね)

ジェイク、その男を私は知っている。


本名ジェイク=マトリンガー
帝国騎士であり近々男爵位を賜るマトリンガー家の当主。
そして私──マリエル=マトリンガーの夫だ。


ジェイクは診察室に入ってきてから顔面蒼白のまま俯いている。
視線を合わせず、なるべく顔を隠すように……。
でもそんな事に気付かないミシェルさんは、少し弾んだ声で2人の関係をペラペラと説明し始めた。

「彼は半年前からこの街に調査騎士として働いているんです。お仕事がけっこう忙しいみたいで……籍を入れるのは落ち着いてからにしようって決めていたんです。でも先に子供が出来たみたいで……」
「なるほど。じゃあもうパパになるんだし結婚も早くしなきゃですねぇ~」
「ふふ、そうですよね」

囃し立てるリズに満更でもなさそうに笑うミシェルさん。
彼女からしたらお腹の子は“結婚”という幸せも運んできてくれた天使なのだろう。

(……なのに、何その顔は)

だが、対するジェイクの顔はますます青くなっていく。むしろ血の気が引きすぎて白い。

この場で凶弾してやるのが妻なんだろうが……

(衝撃でお腹の子に何かあってもいけないし)

「……ミシェルさん。このあといくつか検査をして貰わないといけないので、奥の部屋に移動して頂けますか?リズ、案内してあげて?」
「かしこまりました!さ、行きましょうか!」
「……パートナーの方は手続きの説明があるのでこちらに残って頂きますので」
「は………い、」

気まずそうなジェイクの声を無視してカルテに情報を書き込んでいく。

「じゃあ、しっかり先生のお話を聞いておいてね」

クスッと嬉しそうに笑い、ミシェルさんとリズは部屋から出ていった。


「…………」
「…………」
「…………、………ま、マリ」
「素敵なね」

沈黙を破ったジェイクの声を遮るように声を出す。

「違っ!」
「若くて可愛らしい方じゃない。とてもお似合いよ」
「ま、待ってくれ!話を……」
「話?何を聞けというの?」

走らせていたペンがミシッと歪む。

自分が思っている以上に私は怒っているらしい。
未だにジェイクの顔を見ることは出来ないし、少しだけ声が震えているような気がした。
それでも、ダメージを受けていると思われたくなくて必死に落ち着いた声で話を続けた。

「お腹の子は父親は本当に貴方?」
「っ……ち、違う」
「嘘はやめた方がいいわ。私が遺伝子調査できる魔法医師だって知ってるでしょ」

ただの町医者ならば誤魔化せる情報でも、帝国の前線で生きてきた私には通用しない。

「………ほんの、出来心なんだ」
「最低」
「っ、すまない!だがマリが嫌いになったとかそういう訳じゃないんだ!その、誘われてというか……」

必死な姿にだんだんと冷静になっていく。

「……とにかく離婚ね」
「り、離婚?!そ、そんな……俺はそういうつもりじゃ」
「じゃあどういうつもりでここにいるのよ!のこのこ愛人の妊婦検査についてきて、その上妻である私の前でお腹の子の父親だと言ってきて!」

声が大きくなってしまい、すぐに口を押さえた。

隣の部屋にはリズもミシェルさんもいる。
事情が知られればたちまち地獄の空間になってしまう。
そこでふとある疑問に気付いた。

「ミシェルさんは知ってるの?貴方が既婚者だって」
「い、いや」
「……」
「これは嘘じゃない。さっきも言ってたように、彼女はじきに俺と結婚できると思っていたみたいだし……い、いや、結果そういう風に俺が言ってたんだけど」

ずいぶんなクズっぷりにため息しか出てこない。

妻を裏切り、愛人には結婚をちらつかせ……しかも無計画に子供まで作ってしまうなんて。

(何でこんな人、好きだったのかしら)

「……とりあえず、今後のことは代理人を通して話し合いましょう。最後の情けとしてミシェルさんには私たちの関係は黙っててあげるわ」
「マリっ!頼むから話をしてくれよっ!俺は君と別れたくなんかないんだっ!」
「リズっ!話が終わったから奥さまをこちらにお呼びして!」

馴れ馴れしく触れようとするジェイクから逃げるようにそう叫ぶと、すぐにリズとミシェルさんが部屋に戻ってきた。

2人は不思議そうにジェイクを見ると、彼はすぐに手を引っ込めまた私と距離を取った。
何とも言えない空気を立ちきるように、私はもう一度書類に目を通した。

(ちゃんと見極めないと。彼女が被害者なのか、それとも……)

「ミシェルさん」
「は、はい」
「次の診察は1ヶ月後です。それまで体調に気を付けて下さいね」

どちらにせよ彼女は夫の愛人であり、私の患者だ。
投げ出すことが出来ない性分がなんとも憎い。


幸せそうな顔で出ていく彼女の後ろ姿を見送りながら、心の中で自嘲するのだった。

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