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前編
しおりを挟むマルクス様は完璧な王子様です。
キラキラの金髪、きりっとした瞳、スラリとした体型。王子でありながら贅沢を嫌い、一生懸命に国のために尽くす優秀なお方。
しかも身分の低い者にも優しいのです。
彼にとって男爵令嬢である私なんか仲良くしても無意味な存在のはずなのに、差別することなく周りと同じように接して下さいます。
本当に素敵なお人で……恋愛感情を抱くのに、あまり時間はかかりませんでした。
ですが彼には婚約者がいます。
彼女はマルクス様と違って贅沢を好むお方で、上等なドレスや宝石をいつも身に付け最高峰のシェフが作った食事以外は口にしないという美食家。
典型的な上級貴族。私なんかが生まれ変わったとしても絶対に敵わないんです。
そう……本当であれば。
■□■□■□■□■□
「婚約解消してくれ、リィナ」
マルクス様の心地の良いお声がパーティー会場に響きます。
それまで談笑していた他の貴族たちもシンと静まり、何事かとこちらに顔を向けました。
今、私がいるのは王家専用スペース。
そのため一般のゲストたちは少し高い場所にいる私たちを見上げていました。
その中で特に目立っている女性が無表情で見上げています。
その方こそ、マルクス様の婚約者であるアイリィナ=フワンセラ公爵令嬢です。
「……マルクス様、正気ですの?」
前に一歩出るアイリィナ様からカツンとヒールの音が鳴り響きました。
今日のためだけに作らせたレースたっぷりのドレスと宝石は、元々美しい彼女をより華々しく輝かせています。本当に……私とは大違い。
「今ならまだ冗談だったで済みますけど」
「………ほ、本気だ。君とは結婚できない」
ざわっと会場中がどよめきます。
「あらあら、その理由はそちらにいらっしゃるお嬢さんのせいですか?」
真っ直ぐな視線が私に向けられ、思わずビクッと肩が跳ねてしまいました。
「ああ、私は本当の愛に目覚めたのだ」
「本当の愛?」
「彼女のように素朴で心が清らかな女性こそ、この国の国母になるのが相応しいと思う」
そう言ってマルクス様は私の肩をそっと抱いてくれました。
本当の愛だなんて、マルクス様の口からそんな素敵なお言葉を頂けるとは思ってもみませんでした。
正直な話、優しくして下さるのは貧乏貴族である私への同情だと思っていたのに。
「貴女、確か一度豊穣祭でお見かけしたことがあります。えっと……」
「れ、レイラ=ダジェスでございます」
「そうそう。ダジェス男爵家のお嬢さん」
アイリィナ様は思い出したようにパンと手を叩き、頭のてっぺんから爪先までじろじろと品定めしてきます。
「あら?なぁにそのドレス、すごく薄っぺらじゃない」
「っ……こ、これは、母が用意してくれて」
「ダメよそんな格好で来ちゃ。いくら夏場とはいえ王宮内で開かれるパーティーにはちゃんと正装でいらっしゃらないと」
きょとんとした表情で言い捨てられた言葉に、私はただただ恥ずかしさで俯きます。
このドレスだって、お母様がせっかく用意して下さったのに……
「おい、彼女を辱しめるな」
「え?そんなつもりは……」
「高価な物を身に付けないところも彼女の魅力だ。それに主催したのは私なのだから、私が許可すれば問題ないだろ?」
「……」
アイリィナ様の顔がどんどん険しくなりました。
「派手で高級なものばかり好む君とは違い、レイラはとても謙虚で慎ましい。それにとても優しい女性なんだ」
「優しいとは?」
「私が風邪を引いたとき、彼女は手作りのスープを振る舞ってくれた。話に聞けば毎日のように自分で食事を作り、掃除や洗濯も自分でこなしているらしい」
堂々と仰る内容にまた恥ずかしさが増します。
うちは貧乏なので使用人と呼べる人間はいません。なので基本的に自分のことは自分で何とかしなきゃならないのです。
初めてお会いした時だって、食費を浮かせるためにお弁当として持ってきていたスープをマルクス様がとても気に入って下さったのです。
それから手作りのお菓子やお弁当をお渡しするようになり、こうして仲良くなれました。
「手作りのスープですか……」
「ああ。レイラ、結婚したら毎日そのスープを振る舞ってくれるかい?」
「へっ?!は、はいっ!もちろんですっ!!」
こ、これはプロポーズですよね?!
嬉しさのあまり目がうるうるしてきました。
そんな私を微笑みながら優しく抱き締めて下さるマルクス様、もし本当に結婚できるならとびっきり美味しいのを作りますとも!
「へぇ……毎日彼のために手料理を。それはそれは凄いですわね」
クスクス笑うアイリィナ様に思わずムッとしてしまいます。
「……負け惜しみですか?」
そんな意地悪を言われれば、私だってつい意地悪したくなりますよ。
でもアイリィナ様は苛立つことなく穏やかな顔で私を見つめています。
まるで婚約破棄を受け入れているような……
「ううん違うの、ただ純粋に尊敬してるよ?愛する人のために自分を犠牲にできるなんて、私には絶対に無理だもの」
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