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中編
しおりを挟む"犠牲"というアイリィナ様の言葉にはてなマークが浮かびます。
「でもそうよね、それが結婚よね。真実の愛とは、大切な人のために何もかもを捧げてこそ」
「そ、そうですよっ!」
「うんうん素晴らしい」
さっきからずっと馬鹿にされているようで気分が悪いです。
きっとマルクス様を取られた腹いせなんでしょうけど、それにしたってあまりにも酷い。
マルクス様も同じ気持ちのようで、眉を歪ませながらアイリィナ様を睨んでいます。
「ではレイラさん、もしマルクス様がご病気になられた際、三日三晩、寝ずに看病しますか?」
「当然ですっ!」
「マルクス様のためならば、どんなに気分が優れなくとも朝日が昇る前に朝食を準備できます?」
「あ、愛する人のためなら余裕です!」
「欲を出さず、常にマルクス様が望むような慎ましやかな妻でいられ続けますの?」
「っ……そんなの、」
何だろう、この詰め寄られている感じは。
不穏な雰囲気に耐えきれず視線を逸らせば、アイリィナ様はまた小さく微笑みました。
「まぁ、それが普通の反応ですけどね」
ぼそっと呟いたその挑発にカッと血が上る。
この方はどれだけ私を馬鹿にしたら……
「いい加減にするんだっ!」
ぐっと肩を引き寄せられ、ポスンとマルクス様の腕の中に身体を預けます。
いつもは優しく抱き締めてくれるのに、今は挑発のせいか力強くてドキドキしてしまいます。男らしいマルクス様もまた一段と素敵……
「そんなもの、出来て当然だろう?!」
「………え、?」
な、何かの聞き間違いでしょうか。
い、い、今、マルクス様からとんでもない言葉が……
「レイラは君とは違う、今まで自分の手で頑張ってきた人なんだ」
「マルクスさま……」
「私に尽くし続けることなど造作もない!」
誇らしげなマルクス様にもう一度固まってしまう。
確かに、大好きな人に誠心誠意尽くすことに問題はない。問題はないのだけれど……
何だろう、さっきから何かが引っ掛かります。
「まぁ!ではマルクス様にも同様に質問させて頂きますが宜しいですか?」
「ああ」
「もしレイラさんがご病気になられた際、マルクス様は三日三晩寝ずに看病しますか?」
私がされた質問と全く一緒の問いを投げかける。
愚問ですよ、愛し合う私たちにそんな質問は……
「看病は医者や侍女の仕事だ。私がする訳ないだろう」
「へ……?」
「ではレイラさんが望むのであれば、マルクス様は朝日が昇る前に朝食を準備いたしますか?」
「?朝食を準備するのはコックだろう、何故私がやらなくてはならないんだ」
あっけらかんと答えるマルクス様に、私の顔色はどんどん悪くなっていきます。
これ以上、聞きたくない……ですが、アイリィナ様は容赦なく最後の質問を投げ掛けました。
「では、レイラさんが無欲な夫を望んでいるとして……貴方様はそれに素直に従えますか?」
「ふんっ!レイラが私に理想を求めるはずがない、彼女は自分の立場をよく理解した女性なんだから」
あぁ……どうか、夢であって欲しい。
「……だそうですよ?レイラさん?」
「あ………ぅっ、」
「れ、レイラ?どうして泣いているんだ?」
不思議そうに顔を覗き込んでくるマルクス様に返事を返すことも出来ません。
私は何故この方を好きになったのでしょう。
今思えばカッコいい王子として見ていて、本当のマルクス様を分かろうとしなかったんだと思います。
そういった意味では、私たちは似た者同士です。
「マルクス様、私からも質問宜しいですか?」
「ん?何だ、レイラまで」
「もし私が大病を患ったら、子を産んで身体が動くことが辛かったら、その時はお側にいて下さいますか……?」
「ん?側にいたって病が治るわけないだろう」
心底不思議そうなお顔を見て、自分の中にあったマルクス様への愛情が崩れていきます。
「だが身体が辛いなら無理しなくていい。私の食事の準備だけしてくれれば、後は他の者に任せれば良い」
「………」
「公務は宰相に、子育ては乳母に任せれば君も休まるだろう?そのための使用人なのだから」
あぁ……この方はこういう人なんだ。
自分が同じように尽くすという発想はないのですね。
「そっか……そ、っかぁ」
「れ、レイラ?」
「レイラさん」
涙でぐちゃぐちゃになった顔を持ち上げると、さっきまでと違い困ったように微笑むアイリィナ様と視線が合いました。
「この方はね、昔からこうなのよ」
「ひっく……うぅっ!アイリィナさまぁ」
「誰かが自分に尽くすのは当然、でもその気持ちを返そうとは思えない人なの。王子というお立場のせいもあるんでしょうけどね」
私の頭をポンポンと撫でてくれました。
お優しい表情と優しい手付きに、また涙がポロポロと溢れていきます。
「あ、アイリィナしゃま……」
「今度は見せかけの優しさなんかに騙されず、心から愛してくれる男性を探しなさいね?」
「うぅっ、はいぃ~!!」
こうして私の淡い恋は砕け散り、その代わりに新たな感情が芽生えたのでした。
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