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第3章 絡み合う道
179 ロリータコンテスト
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「――これよりホウシュン祭を開催致します!」
ホウゲツ学園のどこからともなく、恐らくは拡声器的な効果を持つ祈念魔法によって教室の中にまで明瞭に聞こえてきた開会の宣言。
それを受けて俺は顔を上げ、その声が届いてきた方向に視線をやった。
模擬店の店員役の生徒も含め、ほとんどが似たような行動を取っている。
隣で姿勢よく椅子に座っているレンリも、丁度小倉羊羹を上品に黒文字楊枝で一口サイズに切り分けていた手をとめて俺に倣っていた。
セト達もまた饅頭を頬張ったり、三色団子を両手に装備したり、あんころ餅を口元に持っていったり、甘納豆を一粒ずつ摘まんだりといった体勢のまま耳を傾けている。
「もうそんな時間か」
学園内は勿論、学外で開幕を待っていた人々にまで届いただろう宣言が終わってややすると、外の喧騒が徐々に大きくなっていく。
開会宣言と共に一般開放され、一般入場者も学園内に入ってきたのだろう。
「この模擬店では、結構ゆっくりしていましたからね」
「……そうだな」
どことなく嬉しそうに俺を見詰めるレンリに、ちょっとだけ目を逸らしながら返す。
弟達のリクエストはセトがクレープ、ダンがケーキ、トバルがアイスクリーム。
いずれにしても、デザート系は注文からそう間を置かずに出てくるものが多い。
加えて、まだまだ始まったばかりだからと馬鹿食いをしないように気をつけさせたので食べ終わるのも比較的早く、これらを回るのに余り時間はかからなかった。
その辺りのことはラクラちゃんの希望である和菓子も似たようなものだが、レンリの好物であることも鑑みて若干長めに滞在し、そこで先程の宣言が聞こえてきた訳だ。
レンリがかなり機嫌よさそうなのは、好物を食していること以上に、こうして和菓子の模擬店でのんびりしていたのは自分に配慮してのことだと察しているからだろう。
一応は表向き、他の店より雰囲気がよくて落ち着けそうだから、と理由づけはしておいたし、店の評価も実際その通りで間違いないのだが…………まあ、バレバレか。
にしても、本当に小さなことで喜んでくれる子だな。
悪い気はしないけれども。
「旦那様?」
「いや、何でもない」
小首を傾げるレンリの問いには、誤魔化すように答えておく。
柔らかな彼女の表情を見るに、そういう気持ちも察せられている感があるが。
ちょっと気恥ずかしいので、さっさと話を変えよう。
と言う訳で、既に和菓子へと意識を戻していた弟達を見回しながら口を開く。
「それよりも……時間になったみたいだし、これを食べ終わったら早速ロリータコンテストの会場に行ってみようか」
「んぐ、う、うん」
対して、少し慌て気味に咀嚼して飲み込んでから頷くセト。
ダンとトバルも、口の中に各々の和菓子を詰め込みながらコクコクと首を縦に振る。
レンリは目を離した一瞬の隙に眼前の羊羹を全て消滅させて、既に澄ました顔で待機状態に入っているが……。
「いや、そんなに急がなくてもいいぞ」
「は、はい。すみません」
最後に残ったラクラちゃんは、俺の言葉にそう応じながらも微妙にスピードアップして甘納豆を一粒ずつ食べていく。
乙女たる者、さすがに一気にかっ込むようなはしたない真似はしないようだ。
勿論、それで構わない。急かしたい訳じゃないし。
むしろ喉に詰まらせたりする方が問題だ。
そうして。ラクラちゃんが食べ終わり、落ち着くのを少し待ってから。
「…………よし。じゃあ、行こうか」
俺達は和菓子屋の模擬店を後にして、教室の扉を開けて廊下に出た。
「って、あれ?」
すると、何故か人の往来は気持ち少なめで軽く拍子抜けする。
一般入場者も加わって、朝よりも混雑するかと思って身構えていたのだが……。
「どうやら、模擬戦かロリータコンテストの会場に殺到しているみたいですね」
窓から外を見ながら告げたレンリに、俺もまた校舎三階の窓から地上を見下ろす。
眼下には、彼女の言う通り、それらのステージを目指す人の流れができていた。
正に吸い込まれていくかのような物凄い吸引力、もとい集客力だ。
一般入場者は勿論、学園関係者もそちらに向かっているのだろう。
その結果として、校内は一般開放前よりも往来の激しさが和らいでいるに違いない。
模擬戦とロリータコンテストこそがホウシュン祭最大の目玉、即ち学園都市トコハ最大のイベントとは聞き齧って頭では理解していたが、これ程とは思わなかった。
確かに、そう豪語するだけのことはあるようだ。
ここから目的地に向かうとすれば、この混雑に突っ込んでいかなければならない訳だが……まあ、人気のイベントに参加するということは世界に関わらずそういうもの。
なので俺達も一階に下り、その流れに乗っていく。
そうして辿り着いたのは――。
「うわ。……これは、トリリス様の仕業だな」
昨日まで見覚えのなかった巨大地下会場。
間違いなく彼女の複合発露〈迷宮悪戯〉で作り上げたのだろう。
扇型のコンサートホールのような会場で、超一流アーティストのライブでも楽々収容できそうな広さがある。全席自由で整理券もないようだ。
俺達は身体強化があるから最後列からでもクッキリ見えるが、もし祈念魔法も使えないような人が後ろの方に座る羽目になってしまったら困るのではなかろうか。
そう思ったが、一定間隔で学園の教師が祈念魔法を用いて自分の目で見たものを空間に映像として投影しているようなので問題なさそうだった。
「さて、次の少女化魔物。登壇して下さい!」
そんなことを考えている間に、司会進行役らしき少女化魔物の言葉に従って別の少女化魔物が袖から舞台に現れる。五十センチ四方の金属製の箱と共に。
「……わ、私はスピリットの少女化魔物。アクロマ、です!」
やや不健康そうな顔色の小柄なその彼女は、舞台の真中の辺りまで来ると深く頭を下げてから自己紹介を始める。緊張しているのか、動きはぎこちない。
パンフレットを見る限り五人目の登壇者のようだが、さて。
「複合発露は〈万象透過〉。体や物体の全体あるいは一部を透過させることができます!」
そのアクロマさんは硬い口調で更にそう続けると同時に複合発露を発動させ、肉体をやや半透明に変化させながら金属の箱の側面へと手を伸ばした。
すると、彼女の手は何に妨げられることなく箱を突き抜け、そこに何も存在していなかったかの如く全く抵抗なく入り込んでいく。
実体であるはずの箱が、まるで立体映像のようだ。
「おおっ」
その様子を見て、観客達がどよめきを上げる。
そんな反応を前にしながらアクロンさんは練習通りという感じにキッチリ十秒、その状態を示してから手を箱から引き抜いた。
再び現れた手には何やら四つ折りにされた紙が握られていて、彼女は少しもたつきながらそれを開くと内側をこちらに見せる。
そこには可愛らしい字で、よろしくお願いします、と書かれていた。
アクロマさんは更に数秒耐えるようにしてから「ありがとうございました!」と若干裏返った精一杯の大きな声と共に一礼し、逃げるように舞台袖に戻っていく。
そんな彼女の背中には大きな拍手が送られた。勿論、俺達も手を叩く。
この複合発露は……さすがに祈念魔法では再現するのは難しいな。
箱を壊していいなら簡単な話だけども。
面白い複合発露だと嘘偽りなく思う。
「有用な複合発露とお思いでしたら投票を、もしすぐにでもこの力をお借りしたい方がいらっしゃいましたら実行委員会の方へお申し出下さい!」
最後に司会進行役が締め括る。
この複合発露に重きを置かれた発言とアクロマさんの自己紹介やパフォーマンスを見ても分かる通り、このロリータコンテストはミスコンの類ではない。
もしそうだったら、イリュファ達の内の誰かに出て貰って優勝を狙っていただろう。
ここは、就職先が決まっていない少女化魔物の勝負の場。
既に永久就職が内定している皆が遊び半分で侵してはならない領域なのだ。
とは言え――。
「では、次の少女化魔物、どうぞ!」
「はいっ!! アタシは亜人(ハーピー)の少女化魔物、リイスです! 夢は歌手になること! 一曲歌います!!」
中には危機感を持たず、調子に乗って進行を無視する少女化魔物が出てきたりもする。
こればかりは人間にもそういう空気の読めない性格の者がいるから仕方がない。
まあ、真面目一辺倒の就活とは違って一応は祭りのイベントでもある訳だし、内定ゼロの危険性も理解した上でのことなら、ご愛嬌としてもいいのかもしれないけれども。
と言うか、それはともかくとして、いわゆるハーピーって確か……。
「ちょ、やめ――」
慌てたように司会の子がとめようとするが、時既に遅し。
「キェ~~ッ!!!」
腕を翼のように変化させて複合発露を発動させたリイスは、凄まじく甲高く汚い歌声を地下会場全体に響かせ始めてしまった。
合わせて、複合発露の効果を示すための小道具として持ってきたらしきガラスのコップが、置かれた台ごと激しく振動したかと思えば、破裂するように粉砕される。
最前列にいた観客の一部が軽く悲鳴を上げる。
……が、飛び散った欠片は何かに阻まれて跳ね返り、舞台の内側に全て落ちた。
「ご安心下さい。皆様の安全は十二分に配慮しております。我がホウゲツ学園の副学園長ディームの複合発露〈破魔揺籃〉が作り出す結界によって舞台は覆われていますので、複合発露の影響も観客席には届きません!」
即座に気を取り直してアナウンスする司会の少女。
そのプロ意識には少し感心する。
彼女の声の方がクリアに聞こえるのは、祈念魔法で調整しているのだろう。
リイスの歌声も可哀想だが耳障りとしか言いようがないが、音量は小さいので体調を崩したりせずに普通に耐えることができる。
「ちなみに、この歌声は素の歌声ですので、残念ながら結界を透過してしまいます。攻撃性の特殊能力ではありません」
更につけ加えた彼女の言葉に、多くの観客から笑い声が上げる。
最前列にいながら動じずにいた人が驚いた人に説明する囁き声を強化された聴覚で拾った限り、こういうハプニングも含めて楽しむのがロリータコンテストのようだ。
「それはそれとして――」
司会の子は観客が落ち着いた様子を確認してからリイスを振り返り、鎧のような鱗を全身に発現させながら超音波による破壊が吹き荒れているはずの結界内に入っていく。
どうやら身体強化系の複合発露持ちのようだ。
「いい加減にしなさい!」
「ぴぎゃっ!?」
それから彼女は右手の肥大化した鈍器のようで拳骨をリイスの頭に食らわせ、破滅的で率直に言って酷い歌声をとめる。
さすがに手加減はしているようだが。
「……ひ、ひた、ひた噛んだ」
それでも頭を手で押さえながら涙目になるリイス。
彼女は首根っこを掴まれ、舞台袖の方へ引きずられていく。
「おっと、失礼しました」
司会の少女はリイス共々観客席から隠れてしまう位置に至る直前で立ち止まると、一度観客席を振り返って全体を見回し――。
「えー、亜人(ハーピー)の少女化魔物リイス。複合発露は〈絶叫粉砕〉でした! ちなみに司会のワタシ、エシェトは普段ホウゲツ学園の警備員をしておりますアンキロサウルスの少女化魔物。複合発露は〈古之鱗鎧〉です。改めてよろしくお願いします!」
と言って、今度こそ舞台袖に入ってリイスを置いてきてから再び舞台に戻ってくる。
「さあ、次の少女化魔物はこちらです!」
そのままエシェトさんは何ごともなかったかのように司会に戻った。
それからも多くの少女化魔物が舞台に上がり、自身の複合発露をアピールしていく。
ホウゲツ学園で教育を受けた彼女達が社会へと飛び出していくルートの一つ。
就職する数としては程々だが、知名度が一番高いのはこのロリータコンテストだろう。
そして、こうしたイベントを含むことも大きな要因として……。
三人ものヨスキ村の子供が入学したという事情も絡まって、人間至上主義者達はホウシュン祭を襲撃するなどという愚かしい真似に至ったのだろう。
ホウゲツ学園のどこからともなく、恐らくは拡声器的な効果を持つ祈念魔法によって教室の中にまで明瞭に聞こえてきた開会の宣言。
それを受けて俺は顔を上げ、その声が届いてきた方向に視線をやった。
模擬店の店員役の生徒も含め、ほとんどが似たような行動を取っている。
隣で姿勢よく椅子に座っているレンリも、丁度小倉羊羹を上品に黒文字楊枝で一口サイズに切り分けていた手をとめて俺に倣っていた。
セト達もまた饅頭を頬張ったり、三色団子を両手に装備したり、あんころ餅を口元に持っていったり、甘納豆を一粒ずつ摘まんだりといった体勢のまま耳を傾けている。
「もうそんな時間か」
学園内は勿論、学外で開幕を待っていた人々にまで届いただろう宣言が終わってややすると、外の喧騒が徐々に大きくなっていく。
開会宣言と共に一般開放され、一般入場者も学園内に入ってきたのだろう。
「この模擬店では、結構ゆっくりしていましたからね」
「……そうだな」
どことなく嬉しそうに俺を見詰めるレンリに、ちょっとだけ目を逸らしながら返す。
弟達のリクエストはセトがクレープ、ダンがケーキ、トバルがアイスクリーム。
いずれにしても、デザート系は注文からそう間を置かずに出てくるものが多い。
加えて、まだまだ始まったばかりだからと馬鹿食いをしないように気をつけさせたので食べ終わるのも比較的早く、これらを回るのに余り時間はかからなかった。
その辺りのことはラクラちゃんの希望である和菓子も似たようなものだが、レンリの好物であることも鑑みて若干長めに滞在し、そこで先程の宣言が聞こえてきた訳だ。
レンリがかなり機嫌よさそうなのは、好物を食していること以上に、こうして和菓子の模擬店でのんびりしていたのは自分に配慮してのことだと察しているからだろう。
一応は表向き、他の店より雰囲気がよくて落ち着けそうだから、と理由づけはしておいたし、店の評価も実際その通りで間違いないのだが…………まあ、バレバレか。
にしても、本当に小さなことで喜んでくれる子だな。
悪い気はしないけれども。
「旦那様?」
「いや、何でもない」
小首を傾げるレンリの問いには、誤魔化すように答えておく。
柔らかな彼女の表情を見るに、そういう気持ちも察せられている感があるが。
ちょっと気恥ずかしいので、さっさと話を変えよう。
と言う訳で、既に和菓子へと意識を戻していた弟達を見回しながら口を開く。
「それよりも……時間になったみたいだし、これを食べ終わったら早速ロリータコンテストの会場に行ってみようか」
「んぐ、う、うん」
対して、少し慌て気味に咀嚼して飲み込んでから頷くセト。
ダンとトバルも、口の中に各々の和菓子を詰め込みながらコクコクと首を縦に振る。
レンリは目を離した一瞬の隙に眼前の羊羹を全て消滅させて、既に澄ました顔で待機状態に入っているが……。
「いや、そんなに急がなくてもいいぞ」
「は、はい。すみません」
最後に残ったラクラちゃんは、俺の言葉にそう応じながらも微妙にスピードアップして甘納豆を一粒ずつ食べていく。
乙女たる者、さすがに一気にかっ込むようなはしたない真似はしないようだ。
勿論、それで構わない。急かしたい訳じゃないし。
むしろ喉に詰まらせたりする方が問題だ。
そうして。ラクラちゃんが食べ終わり、落ち着くのを少し待ってから。
「…………よし。じゃあ、行こうか」
俺達は和菓子屋の模擬店を後にして、教室の扉を開けて廊下に出た。
「って、あれ?」
すると、何故か人の往来は気持ち少なめで軽く拍子抜けする。
一般入場者も加わって、朝よりも混雑するかと思って身構えていたのだが……。
「どうやら、模擬戦かロリータコンテストの会場に殺到しているみたいですね」
窓から外を見ながら告げたレンリに、俺もまた校舎三階の窓から地上を見下ろす。
眼下には、彼女の言う通り、それらのステージを目指す人の流れができていた。
正に吸い込まれていくかのような物凄い吸引力、もとい集客力だ。
一般入場者は勿論、学園関係者もそちらに向かっているのだろう。
その結果として、校内は一般開放前よりも往来の激しさが和らいでいるに違いない。
模擬戦とロリータコンテストこそがホウシュン祭最大の目玉、即ち学園都市トコハ最大のイベントとは聞き齧って頭では理解していたが、これ程とは思わなかった。
確かに、そう豪語するだけのことはあるようだ。
ここから目的地に向かうとすれば、この混雑に突っ込んでいかなければならない訳だが……まあ、人気のイベントに参加するということは世界に関わらずそういうもの。
なので俺達も一階に下り、その流れに乗っていく。
そうして辿り着いたのは――。
「うわ。……これは、トリリス様の仕業だな」
昨日まで見覚えのなかった巨大地下会場。
間違いなく彼女の複合発露〈迷宮悪戯〉で作り上げたのだろう。
扇型のコンサートホールのような会場で、超一流アーティストのライブでも楽々収容できそうな広さがある。全席自由で整理券もないようだ。
俺達は身体強化があるから最後列からでもクッキリ見えるが、もし祈念魔法も使えないような人が後ろの方に座る羽目になってしまったら困るのではなかろうか。
そう思ったが、一定間隔で学園の教師が祈念魔法を用いて自分の目で見たものを空間に映像として投影しているようなので問題なさそうだった。
「さて、次の少女化魔物。登壇して下さい!」
そんなことを考えている間に、司会進行役らしき少女化魔物の言葉に従って別の少女化魔物が袖から舞台に現れる。五十センチ四方の金属製の箱と共に。
「……わ、私はスピリットの少女化魔物。アクロマ、です!」
やや不健康そうな顔色の小柄なその彼女は、舞台の真中の辺りまで来ると深く頭を下げてから自己紹介を始める。緊張しているのか、動きはぎこちない。
パンフレットを見る限り五人目の登壇者のようだが、さて。
「複合発露は〈万象透過〉。体や物体の全体あるいは一部を透過させることができます!」
そのアクロマさんは硬い口調で更にそう続けると同時に複合発露を発動させ、肉体をやや半透明に変化させながら金属の箱の側面へと手を伸ばした。
すると、彼女の手は何に妨げられることなく箱を突き抜け、そこに何も存在していなかったかの如く全く抵抗なく入り込んでいく。
実体であるはずの箱が、まるで立体映像のようだ。
「おおっ」
その様子を見て、観客達がどよめきを上げる。
そんな反応を前にしながらアクロンさんは練習通りという感じにキッチリ十秒、その状態を示してから手を箱から引き抜いた。
再び現れた手には何やら四つ折りにされた紙が握られていて、彼女は少しもたつきながらそれを開くと内側をこちらに見せる。
そこには可愛らしい字で、よろしくお願いします、と書かれていた。
アクロマさんは更に数秒耐えるようにしてから「ありがとうございました!」と若干裏返った精一杯の大きな声と共に一礼し、逃げるように舞台袖に戻っていく。
そんな彼女の背中には大きな拍手が送られた。勿論、俺達も手を叩く。
この複合発露は……さすがに祈念魔法では再現するのは難しいな。
箱を壊していいなら簡単な話だけども。
面白い複合発露だと嘘偽りなく思う。
「有用な複合発露とお思いでしたら投票を、もしすぐにでもこの力をお借りしたい方がいらっしゃいましたら実行委員会の方へお申し出下さい!」
最後に司会進行役が締め括る。
この複合発露に重きを置かれた発言とアクロマさんの自己紹介やパフォーマンスを見ても分かる通り、このロリータコンテストはミスコンの類ではない。
もしそうだったら、イリュファ達の内の誰かに出て貰って優勝を狙っていただろう。
ここは、就職先が決まっていない少女化魔物の勝負の場。
既に永久就職が内定している皆が遊び半分で侵してはならない領域なのだ。
とは言え――。
「では、次の少女化魔物、どうぞ!」
「はいっ!! アタシは亜人(ハーピー)の少女化魔物、リイスです! 夢は歌手になること! 一曲歌います!!」
中には危機感を持たず、調子に乗って進行を無視する少女化魔物が出てきたりもする。
こればかりは人間にもそういう空気の読めない性格の者がいるから仕方がない。
まあ、真面目一辺倒の就活とは違って一応は祭りのイベントでもある訳だし、内定ゼロの危険性も理解した上でのことなら、ご愛嬌としてもいいのかもしれないけれども。
と言うか、それはともかくとして、いわゆるハーピーって確か……。
「ちょ、やめ――」
慌てたように司会の子がとめようとするが、時既に遅し。
「キェ~~ッ!!!」
腕を翼のように変化させて複合発露を発動させたリイスは、凄まじく甲高く汚い歌声を地下会場全体に響かせ始めてしまった。
合わせて、複合発露の効果を示すための小道具として持ってきたらしきガラスのコップが、置かれた台ごと激しく振動したかと思えば、破裂するように粉砕される。
最前列にいた観客の一部が軽く悲鳴を上げる。
……が、飛び散った欠片は何かに阻まれて跳ね返り、舞台の内側に全て落ちた。
「ご安心下さい。皆様の安全は十二分に配慮しております。我がホウゲツ学園の副学園長ディームの複合発露〈破魔揺籃〉が作り出す結界によって舞台は覆われていますので、複合発露の影響も観客席には届きません!」
即座に気を取り直してアナウンスする司会の少女。
そのプロ意識には少し感心する。
彼女の声の方がクリアに聞こえるのは、祈念魔法で調整しているのだろう。
リイスの歌声も可哀想だが耳障りとしか言いようがないが、音量は小さいので体調を崩したりせずに普通に耐えることができる。
「ちなみに、この歌声は素の歌声ですので、残念ながら結界を透過してしまいます。攻撃性の特殊能力ではありません」
更につけ加えた彼女の言葉に、多くの観客から笑い声が上げる。
最前列にいながら動じずにいた人が驚いた人に説明する囁き声を強化された聴覚で拾った限り、こういうハプニングも含めて楽しむのがロリータコンテストのようだ。
「それはそれとして――」
司会の子は観客が落ち着いた様子を確認してからリイスを振り返り、鎧のような鱗を全身に発現させながら超音波による破壊が吹き荒れているはずの結界内に入っていく。
どうやら身体強化系の複合発露持ちのようだ。
「いい加減にしなさい!」
「ぴぎゃっ!?」
それから彼女は右手の肥大化した鈍器のようで拳骨をリイスの頭に食らわせ、破滅的で率直に言って酷い歌声をとめる。
さすがに手加減はしているようだが。
「……ひ、ひた、ひた噛んだ」
それでも頭を手で押さえながら涙目になるリイス。
彼女は首根っこを掴まれ、舞台袖の方へ引きずられていく。
「おっと、失礼しました」
司会の少女はリイス共々観客席から隠れてしまう位置に至る直前で立ち止まると、一度観客席を振り返って全体を見回し――。
「えー、亜人(ハーピー)の少女化魔物リイス。複合発露は〈絶叫粉砕〉でした! ちなみに司会のワタシ、エシェトは普段ホウゲツ学園の警備員をしておりますアンキロサウルスの少女化魔物。複合発露は〈古之鱗鎧〉です。改めてよろしくお願いします!」
と言って、今度こそ舞台袖に入ってリイスを置いてきてから再び舞台に戻ってくる。
「さあ、次の少女化魔物はこちらです!」
そのままエシェトさんは何ごともなかったかのように司会に戻った。
それからも多くの少女化魔物が舞台に上がり、自身の複合発露をアピールしていく。
ホウゲツ学園で教育を受けた彼女達が社会へと飛び出していくルートの一つ。
就職する数としては程々だが、知名度が一番高いのはこのロリータコンテストだろう。
そして、こうしたイベントを含むことも大きな要因として……。
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