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幕間 6→最終章

310 それぞれの明日を夢想しながら

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「イサクさん、また新しい子と契約したんスか?」

 世界最高峰の複製師アマラさんの屋敷の地下工房にて。
 ぼんやりとしながら休憩室から出てきた弟子のヘスさんが、ロナとターナの二人を引き連れて訪れた俺の存在に気づき、開口一番ちょっと引いたように言う。
 何だか最近、この人聞きの悪い問いかけが挨拶みたいになっている感がある。
 いや、短期間に頻繁に聞いたから印象に残っているだけで気のせいのはずだが。
 いずれにしても、前回までとは違ってターナとは今はまだ少女契約ロリータコントラクトすら結んでいない状態なので、今回は普通に否定することができる。
 ただ、その事実を以って反論しようとすると、むしろ藪蛇になりそうだ。
 あくまでも「今はまだ」の話に過ぎないのだから。そんな訳で――。

「まあ、色々あって」

 俺は一先ず、曖昧な返答で誤魔化しておくことにした。
 今日ここに来た目的は、別に彼女を紹介することではないのだから。
 ならば、別に連れてくる必要はなかったとも言えるが、そこはそれ。
 寮の前で会ってから然程時間も経っていないのに、じゃあ今日はこれまで、ではターナも不満に思うはずだ。
 暴走したら危険な彼女だけに、ぞんざいには扱えない。扱う気もない。
 それに工房の見学は、ターナにとっていい社会勉強になるはずだ。
 ロナもそうだが、まだ人格が幼い内に色んなものを目にすることは、間違いなく心を豊かにして彼女らの今後のためになってくれる。
 もっとも、恋は盲目を地で行っているターナが、ちゃんと目を開いて周囲に目を向けてくれるかは怪しいところだけれども。
 そこはホウゲツ学園の教育の成果に期待しておくとしよう。

「それよりセトとトバルの様子を見に来たんですけど……」
「分かってるッス」

 用件を切り出した俺にヘスさんは即座に頷き、いくつかある地下工房の部屋の内の、いつも彼女達が作業をしている部屋へと向かう。

「あれ? ヘスさん、寝てたんじゃなかったんですか?」

 中に入ると、トバルが彼女を振り返りながら尋ねた。
 その過程で一瞬遅れて俺の存在に気づいたようだが、彼が何かしらリアクションを起こそうとする前にヘスさんが口を開く。

「今、目が覚めたところッス。それより、お客さんスよ。トバル君、セト君」

 対して、既に俺を認識していたトバルは軽く頷いて応じ、その隣で熱心に複製品の剣を見ていたセトは若干きまりが悪そうに鈍い動きで振り向く。
 そんな二人の姿を確認してから、俺はヘスさんに視線を戻して口を開いた。

「ええと、今、目が覚めた?」

 別にいつ寝ようと彼女の自由だが、この時間帯にそうするのは珍しい。
 だから違和感を抱いて俺は首を傾げた。
 それを受け、どこか気恥ずかしそうにヘスさんが答える。

「いやあ、実はッスね。最近ちょっと忙しくって。その、この前、トバル君と真性少女契約を結んだことは話したじゃないッスか」

 そのことについては既に聞いた話なので首を縦に振る。
 ヘスさんは、そんな俺に頷き返してから言葉を続けた。

「で、自分の複合発露エクスコンプレックスアーク複合発露エクスコンプレックスになった訳ッスけど……狂化隷属の矢を自分で使ってアーク暴走パラ複合発露エクスコンプレックスにした状態で複製したら、その、位階も耐久性もそのままの複製品ができあがってしまったッス」
「はあっ!?」

 若干躊躇い気味の口調で告げられた事実に、思わず驚きの声を上げる。
 もっとも、アマラさんの暴走パラ複合発露エクスコンプレックスの段階で、一回限りとは言え第六位階の力を振るうことのできる複製改良品が作れたのだ。
 複合発露の方向性次第では、真・暴走・複合発露まで至れば可能性はなきにしもあらず、というところではあるか。

「えっと、つまり、あれですか。今、目が覚めたってことは、ついさっきまで狂化隷属の矢を使用した反動で意識を失ってたってことですか」

 若干の動揺を抑えながら問う。

「その通りッス。最初の頃は寝る前に五十分ぐらいだけだったんスけど……最近は何だか慌ただしくて、起きて狂化隷属の矢を使って寝ての繰り返しッス」
「あー……」

 それは多分、最終局面が近づいているからだろう。
 第六位階の祈望之器ディザイア―ドを増やすことができるというのは、ゲームで限定的にしか入手できないはずのアイテムを増殖させるチートのようなもの。
 世界の危機が迫るこの現実で使っていいとなれば、酷使するに決まっている。

 それでも、ここは少女祭祀国家と呼ばれるホウゲツだ。
 その力によって彼女が不幸せになるようなことはない、と信じたいところだ。

「大丈夫ですか? 精神的にきつくありませんか?」
「全然問題ないッス。伝説に登場する道具の効果を完全に複製することができるなんて、複製師冥利に尽きるッスから」
「そうですか……」
「まあ、そこから更にどこまで応用できるか早く試したいところッスけどね」

 いい感じの肌艶とその苦笑気味の表情を見るに、いずれも本心なのだろう。
 精神と肉体が連動する少女化魔物だけに、精神的に問題さえなければ多少ブラックな労働環境でも人間のように肉体に限界が来ることはない。
 当人が納得しているのなら、救世に携わる者としてはとめることはできない。
 とりあえず全てが終わったら、いい感じの扱いをしてくれるように俺からもヒメ様に頼んでおくとしよう。トバルも含めて。

「トバル。お前のパートナーだ。無理しないように、ちゃんと見守るんだぞ」
「うん。分かってる」

 力強く頷いた彼の様子に表情を和らげる。
 そう。ヘスさんはあくまでもトバルのパートナーなのだ。
 余り過度に干渉し過ぎないように気をつけなければ。
 責任感の見て取れるトバルを前にそう考えながら頷き、それから俺は傍で俯いている弟に視線をやった。
 ダンとトバルは順調な感じだが、問題はセトの方だ。

「セト」

 呼びかけると彼は気まずげに顔を上げる。

「その、兄さん。ラクラちゃんに会った?」
「いや……」

 ユニコーンの少女化魔物と真性少女契約を結んで聖女となったラクラちゃん。
 まだ世間一般に聖女ラクラの誕生は発表されていないものの、彼女は現在聖女候補としてではなく正式に聖女として色々と教育を受けている。
 救世の転生者である俺でさえ、ラクラちゃんと面会することができるのはしばらく先になりそうだとトリリス様に言われている状況だ。
 こちらもまた、最終局面に向けて急ピッチで仕上げようとしているのだろう。

「ラクラちゃん、失望してるかな」
「どうして?」
「守るって言ったのに、守れなかったから」

 後から聞いた話では、弟はムートに四肢を引き千切られて石化させられたとか。
 もし俺がその場にいて、それを目にしていたら間違いなく激昂していただろう。
 ある意味、引き離されていてよかった。
 いや、それはともかくとして……。

「ラクラちゃんがそんな子じゃないことは、セトだって知ってるだろ? だから問題は、ラクラちゃんが許してくれるかじゃなく、自分を許せるかだ」
「…………うん、でも――」
「自分を許せそうにない、か?」

 コクリと小さく頷くセト。
 彼のように理想の高い人間は苦悩も多いものだ。しかし――。

「それならそれでいい。それはこの先の動機にもなり得る大切な感情だ。どっちみち、今のセトには足掻き続ける以外に道はないんだから。だからこそ、セトは折角の休日にここに来てるんだろう?」

 ここにいること自体が、彼も既にやるべきことは理解している証でもある。
 ならば今回。俺がセトのためにできることは極めて少ない。
 道を歩めば歩む程、単純明快な問題は少なくなる。
 自分で答えを出すしかない状況も増えてくるものだ。
 あの幼かった弟がそこまで成長したと思うと感慨深い。
 そうした状況で先達としてできることは、彼の今を肯定すること。。
 その上で、大きく道を誤らない限りは後ろから見守るのみに留めつつ、助けを求められた時にすぐに手を差し伸べられる状態でい続けること。それぐらいだ。
 ……まあ、でも、それも少し寂しい。兄として二言三言つけ加えておこう。

「ロナの力は一級品だ。けど、上には上がいる。力にだけ頼ってしまうと、それより大きな力によって容易く捻じ伏せられてしまうものだ」

 この件は俺にも責任がある。
 セトの安全を考える余り、彼が抱えるには大きな力をポンと渡してしまった。
 それに振り回された結果が、今回の無謀な戦いだったのだろう。

「力に飲み込まれずに適切に振るうためには強い意思が、力をうまく扱うためには幅広い知識が、力を選択して応用するためには深い経験が必要になる」
「……うん」
「世界最強の救世の転生者にだって、強い意思と徹底的な対策を以って挑めば一矢報いることだってできる。そのためには、色んなものに目を向けないといけない」

 テネシスことロト・フェイロックが何度も俺を出し抜いたように。
 自戒するように告げる。

「だからセトがこうして工房に来ているのは間違ってない。たくさん学んで、自分の持てる力を理解していけば、必ず望んだ自分に近づいていけるから――」

 俺は微笑みと共に弟の頭を撫で、顔を上げた彼に一層明確な笑みを向けた。

「ゆっくり頑張れ。あんな鉄火場、これからはそうそう起こりやしないから」

 背伸びを強要されず、等身大で育っていくことのできる時代はすぐそこだ。
 救世の使命を果たして、俺がそうした明日を作ってみせる。
 俺の言葉にほんの少しだけ迷いの薄れた表情を見せてくれた弟を前に、そう心の中で改めて決意して気持ちを奮い立たせると共に……。
 セトとラクラちゃん。ダンとヴィオレさん達。トバルとヘスさん。それぞれの未来を夢想しながら、俺は最終局面前の有り触れた一日を過ごしたのだった。

 ……ちなみに。
 結局ターナは俺にくっつくことに夢中で話を聞いておらず、ロナはロナでそんな彼女が気になって工房でのことを余り覚えていなかったと追記しておく。
 今度、ついでじゃなく社会科見学メインのお出かけを企画しようと思う。
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