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第2章 雄飛の青少年期編

176 勝敗を分けたのは複合的な要因

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 10回の表。東京プレスギガンテスユースの攻撃は正樹からの打順。
 対する兵庫ブルーヴォルテックスユースは磐城君を続投させる。
 延長戦ではあるが、球数的には特におかしな判断ではないだろう。
 事実、球速にもコントロールにも疲労の影響は全く見られない。
 丁寧なピッチングで、フルカウントの末に正樹を空振りの三振に切って取る。
 今までのように走らせて体力を削ろうとするのは、延長戦ではリスキーだ。
 そんな思考を感じたのは、俺が穿った見方をしているせいか。

 ともあれ。磐城君は後続も打ち取って10回の表は三者凡退。
 10回裏に進み、9回134球を投げた正樹がそのままマウンドに上がる。
 球数は多い。
 だが、少なくとも磐城君が続投している限り、先に降板させることはできない。
 東京プレスギガンテスユース側のそういった意識が透けて見える。

 ……ここで下手に投手を代えて打ち込まれたらサヨナラ負けに直結するからな。
 しかも、この大会には監督の進退もかかっていると聞く。
 その辺まで加味すると、どうにも代えがたい状況なのは理解できなくもない。

 ただ、正樹は既に2度靱帯をやっている。
 2度目に至っては靱帯再建手術をしなくてはならなくなった。
 そんな彼にこれは、さすがに無理をさせ過ぎじゃないだろうか。
 球数が増えていくにつれて、どうしても怪我のリスクが脳裏に浮かんでくる。
 しかし、球場帰りの車内ではどうすることもできない。
 ただ、もどかしさだけが募っていく。

「わたし達に今できるのは見守ることだけ」

 そんな気持ちが伝わってしまったのか、あーちゃんが俺の手を握って言う。
 今の俺達は正樹の幼馴染ではあっても、同じチームの仲間ではない。
 この試合に関しては完全な部外者だ。
 チーム首脳陣の思惑もあるだろうし、正樹自身の意思もある。
 両者の意見が一致してしまえば、たとえ現地にいたとしてもどうしようもない。

 とにかく危険を感じたら自分の判断で引き返せ。
 正樹にはそう何度も伝えたが、彼の意思を尊重しながら今日この試合までにできることと言えばそれぐらいが関の山だっただろう。

「……無茶だけはするなよ。正樹」

 コントロールには微妙なズレが生じてきている。
 それでも、正樹は打者を打ち取っていく。
 カンストした【Total Vitality】。
 スタミナ上昇に関連するいくつかのスキル。
 それらのおかげで球数の多さに反して、まだまだ行けそうな気配がある。
 誰が見てもそう。
 だからこそ、チーム首脳陣も続投させているのだろう。
 そして、それが正しいと証明するように10回の裏も三者凡退で終える。

 続く11回表。
 兵庫ブルーヴォルテックスユースも磐城君をマウンドに送る。
 球数はイニング開始時点で丁度100球。
 彼も彼で、ほぼカンストのステータス値といくつものバフスキルを有している。
 ピッチング以外で体力を消耗しそうな場面は9回の進塁ぐらいのものだ。
 だからか、こちらは相変わらず投球に疲労の影響は微塵も感じられない。
 この回も三者凡退。
 両者譲らず、0点のままイニングが進んでいく。

 11回の裏。
 この回は8番打者から。
 つまり、1番打者の磐城君まで確実に回る打順だった。
 まあ、彼に関しては申告敬遠以外の選択肢は考えにくい。
 とは言え、リスク軽減のために前の2人の打者は確実に打ち取りたい。
 この回の正樹の続投には、そんな思惑も恐らく加わっているに違いない。

「けど、10回150球はな……」

 数字のインパクトがもう大分強い。
 それこそ甲子園という場でもなければ、そうお目にかかれない数字だ。

 この大きな舞台が作り出す特有の空気はこの世界でも同じ。
 連投禁止以外の投球制限が週500球という球数制限のみという時点で、頭の中ではある程度理解していたつもりだったが……。
 こうして深い関わり合いのある人間が如何にも高校野球の風物詩みたいな投球をさせられているのを見て、ようやく実感が湧いてきた。
 クラブチームをプロ球団にすれば別に甲子園はスルーしてもプロ入りできるなと考えて実行するぐらいだから、俺は相当甲子園というものを軽視してたのだろう。
 今更としか言いようがないが、認識を改めさせられる。

「とにかく、無事投げ終えてくれ。2人共」

 正樹は8番、9番を難なく打ち取った。
 その後、やはり1番打者の磐城君は申告敬遠で勝負を避けた。
 ホームランを打たれたらサヨナラ負け。
 大会の重みを考えれば、これもまた不可解な作戦ではない。
 しかし、磐城君を回避したことで、僅かに緊張が緩和されたのかもしれない。
 それによって疲労の影響が出てしまったのだろう。
 コントロールが乱れ、2番打者にフォアボールを与えてしまう。
 2アウト1塁2塁。
 そこで正樹は気合を入れ直したようだった。
 力の戻った球でピンチを3球三振で切り抜け、2者残塁でチェンジ。
 11回終わって更に球数は増えて168球となった。

「しゅー君、着いた」
「あ、うん」

 1球速報で11回裏まで確認したところで鈴木家に到着する。
 一旦スマホをしまって気持ちを落ち着かせ、車から降りる。
 そして家に入った俺達は、そのままリビングへと向かった。

「ただいま帰りました」「ただいま」
「ああ。お帰り」

 俺達にそう応じたのは笑顔のお義父さん。
 彼は暁と一緒にソファに座り、丁度テレビ中継で東京プレスギガンテスユース対兵庫ブルーヴォルテックスユースの試合を見ているところだった。
 昨日の今日だが、反応を見る限り特に思うところはなさそうだ。
 半日以上時間を置いたおかげだろうか。
 そう思いながら少し安堵していると。

「お帰り、お兄ちゃん」

 暁がソファから降りて駆けてきた。
 そのまま体当たりするように突っ込んできたのを受け止める。

「ただいま、暁。今日は試合だったって聞いたけど、どうだった?」
「代打で出場できて、ヒットを打ったよ!」
「お、ホントか。それは凄いな」
「でしょ!」
「……暁、お姉ちゃんにお帰りは?」
「あ、うん。お帰り。でね、お兄ちゃん! コーチにも褒められたよ!」

 あーちゃんの問いかけに適当に答え、それから俺に嬉しそうに言う暁。
 お義母さんが苦笑している。
 弟の対応の差に、あーちゃんは釈然としない表情だ。

「いつか、お兄ちゃんと一緒に村山マダーレッドサフフラワーズで野球しような」
「うん! 頑張る!」

 フンスと力を込めるような素振りを見せる暁。
 その頭を撫でると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。
 可愛い弟だ。

「あ、甲子園の試合!」

 と、暁はハッとしたように言い、ソファに戻って試合観戦を再開した。

「わたし、姉なのに……」

 終始適当な扱いを受け、ちょっと不満げなあーちゃん。
 そんな彼女を宥めるように、今度は俺の方から恋人繋ぎで手を握る。
 すると、すぐに機嫌を直してくれたようだ。
 そのあーちゃんは手を繋いだままで口を開く。

「お父さん、甲子園の3試合目は終わった?」
「いや、まだ続いてる。今は13回の表だ」
「同点のまま?」
「丁度今、東京プレスギガンテスユースに点が入ったところだ」
「え?」

 お義父さんの言葉に、慌ててテレビに視線を向ける。
 画面の上の方に小さく書かれたスコアは3-2。
 更にその直後。

『打ったっ! 2塁ランナー3塁を回ってホームイン! 4点目が入りました!』

 実況の興奮した声の直後、テレビ画面中央に大きく3-2のスコアが表示されて3の数字がアニメーションで4に変化した。
 どうやら13回表に状況が大きく動いたようだ。
 経緯を確認するためにスマホを取り出し、1球速報を見返す。

 12回は両チーム共ピッチャー続投で、結果は三者凡退。
 そして13回表。正樹からの打順。
 兵庫ブルーヴォルテックスユースは先頭打者の彼を7球使って何とか打ち取ったところで磐城君を降板させた。
 球数は127球。
 12回1/3打者40人に投げて被安打3失点2。
 熱投と呼ぶに相応しい投球内容だった。
 だが、どうやら報われなかったようだ。
 代わった投手が打ち込まれてしまい、その結果がこのスコアだった。
 ……こうなるとリリーフピッチャーはトラウマものだな。

『この回遂に均衡が破れました! 4-2と東京プレスギガンテスユース2点リードで13回裏を迎えます! マウンドには瀬川正樹君! 続投です!』

 直前に兵庫ブルーヴォルテックスユースが継投失敗。
 それを受けて一層、投手交代し辛くなってしまったのだろう。
 球数180球の正樹がマウンドに上がっていた。

 疲労の影響が濃いのが見て取れる。
 フォームが少し崩れている。バランスが悪い。
 それでも正樹は、スペックの高さを頼みにアウトを積み重ねていく。
 そして2アウトランナーなし。195球目。

 ――カンッ!

 打球は正樹の足元へ。
 彼は少しよろめきながらも落ち着いて捕球し、ファーストへ送球する。
 余裕のアウト。
 しかし、ランナーは全力疾走の勢いそのままにヘッドスライディングをする。
 スコア上は全くの無意味だが、そうせずにはいられなかったのだろう。
 彼はうつ伏せのまま悔しさに耐えるように顔を伏せる。

『力のこもった球でラストバッターを打ち取ってゲームセット! 新旧神童の一歩も引かぬ死闘に、遂に決着がつきました!』

 三者凡退。試合終了。
 明暗は分かれた。
 東京プレスギガンテスユースナインはマウンドに集まって喜びを顕にしている。
 実況も諸手を挙げて勝者を大いに祝福する。
 どちらかに肩入れをせずに見ていると、殊更残酷な瞬間にも感じてしまう。

 しかし、いずれにしても。
 全国高校生硬式野球選手権大会準々決勝は延長13回の激闘の末、4-2で東京プレスギガンテスユース勝利という形で幕を閉じた。
 エースピッチャーを127球で降板させた兵庫ブルーヴォルテックスユースが敗者となり、195球で完投させた東京プレスギガンテスユースが勝者となった。
 誰が問われても、勝敗を分けた主な要因は投手の起用法だと答えるだろう。
 とは言え、そこには監督の進退などの盤外の話も深く関わってきている。
 時に試合には戦力とはまた別の複合的な要因が絡んでしまうもの。
 そう思わされる結末だった。
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