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第3章 日本プロ野球1部リーグ編
249 復帰第1打席目
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俺のホームランの時とはまた違ったどよめきが球場を包み込んでいる。
代打で出てきた正樹がどういう経緯を辿って今日この場に立っているのか。
この神戸エメラルド球場に集まった、大部分が兵庫ブルーヴォルテックスファンである観客達も大まかには知っているはずだ。
まあ、さすがに余程の野球マニアでもなければ、アマチュア時代の話まで詳細に把握しているということはないだろうけれども。
去年のあのドラフト会議の後。
大筋は様々なメディアで取り上げられていたからな。
もう呆れてしまうぐらいに。
高校最後の甲子園の決勝戦。その試合のさ中。
懸命なプレイが逆に災いし、無理な体勢で転倒して大怪我を負ってしまった。
肩と肘の手術を受けて成功したものの、復帰できるか不透明な状態だった。
それでも東京プレスギガンテスが温情で育成契約しようとしていたところを、村山マダーレッドサフフラワーズが支配下指名で横からかっさらっていった。
今はリハビリ中。
レギュラーシーズンは音沙汰なし。
そうした一連の流れを振り返ると共に「正樹の選手人生に未来はあるのか」と疑問を投げかけるような記事が、大きな話題の隙間を縫うように時折出ている。
最近に至るまで。
だから皆、半ば脳に刷り込まれるようになってしまっているはずだ。
その影響もあってか、瀬川正樹の現状に対する関心は世間的に見ても高い。
とは言え、リハビリの状況は後々のことまで考えて外部には明かさないように心がけていたし、選手の人数の関係で支配下登録に入りっ放し。
動きがないので、公営リーグのように公示などで復帰の予兆も見えてこない。
唯一今日のベンチ入りメンバーが伏線と言えば伏線ではあるものの、現地球場で試合に意識を向けている観客がそこから察するのは中々に難しい。
更に申告敬遠が絡んでネクストバッターズサークルに入っていなかった。
それらが絡み合い、彼の代打での登場はほとんど不意打ちのようになっていた。
結果、どよめきが去っても未だに球場は異様な空気で満たされている。
磐城君も僅かながらその雰囲気に影響されてしまっているようで、バッターボックスに背を向けて無駄にロジンバッグを弄っていた。
奇襲みたいになってしまったことには少しばかり申し訳ない気持ちを抱く。
だが、WBWの舞台はもっと想定外なことが起こる魔境であるのは間違いない。
【明鏡止水】のような精神安定スキルもあるし、精神力で乗り越えて欲しい。
一方で当事者である正樹の様子はどうかと言うと。
気負った気配も特に見られず、澄ました顔だ。
代打の可能性を告げてからの彼は、静かに瞑目して集中力を高めていた。
素振り室にも行かずに。
青木さんや柳原さんに言われた通り、相当鬱憤が溜まっていたのだろう。
やはり、この1打席への思いは並々ならぬものがあるに違いない。
まだ投球前ではあるが、既に目の前に勝負に没入しつつある。
「……試合への飢え、か」
その感覚は俺にはどうしても分かり得ないものだ。
転生特典とでも言うべき【マニュアル操作】と【離見の見】に加え、自ら選んだ【怪我しない】と【衰え知らず】のおかげで俺はここにいる。
能力の壁に跳ね返されることも、不慮の怪我に苛まれるようなこともなく。
日本プロ野球1部リーグという最高峰のステージまで順調に駒を進めてきた。
父さんの病という想定外はあったが、それすらも計画の障害にはならなかった。
まあ、これについては間違いなく家族にとって不幸中の幸いではあったけどな。
それはともかくとして。
前世では数多くの挫折があった俺ではあるが、今生にはないと言っていい。
挫折を跳ね除けた経験に至っては前世でもさしてない。
しかし、挫折を知らない者は弱い、とはよく言われることだ。
スポーツに限ったことではなく、何かを誰かと競う時にはそれが大きな弱点にもなり得ると現実の競技者や多くのフィクションが告げている。
だからと言って、意図して挫折を乗り越える状況を作ることなどできはしない。
わざと失敗したところで単なる舐めプでしかないからな。
そんなことをしても何の成長の切っかけにもなりはしない。
これから俺がもし野球で挫折する時が来るとすれば、恐らくは本番のど真ん中。
WBWの只中でのことになるだろう。
そんな鉄火場にあって、目の前に立ち塞がる壁に挫けてなどいられない。
今後の糧としてまた次の機会に、なんてことは許されない。
ならば、どうするか。
その方法は限られている。
迫り来る苦難に共に立ち向かい、支え合える仲間を得る。
あるいは、幾度かの怪我を乗り越えてきた生きた教材に学ぶ。
それぐらいしかないだろう。だからこそ――。
「正樹。お前の強さを俺と皆に見せつけてくれ」
2塁ベース上から彼の復帰第1打席を見守りながら、小さく口の中で呟く。
磐城君が投球モーションに入る。
セットポジションではない。
2アウト満塁だからということもあるだろう。
だが、とにかく力のある球を投げ込むこと。
それを主眼に置いての選択に違いない。
「ボール」
1球目は外角高めの臭いところにストレート。
僅かに外れて1ボール。
正樹はそれを冷静に見送った。
久し振りの実戦だが、よく見えている。
打席に入った時に抱いた印象通り、気が逸っている様子もない。
非常に落ち着いている。
と言うよりも、正樹は間違いなく超集中状態に入っている。
「ここぞって時の集中力は子供の頃からあったからな。お前は」
きっとそれもまた、周りに運動音痴の烙印を押されながらも必死に野球にしがみついた執念のなせる業だったのだろう。
小学校の頃から練習は常に真剣だったし、試合も全力だった。
だからこそ怪我を繰り返してしまったりもしたが、リハビリにも懸命だった。
東京プレスギガンテスジュニアユースに行く前に伸び切っていた鼻を圧し折ってやろうと戦った時も、最後にはこの超集中状態で挑んできた。
俺がその状態のバッターと対峙したのは正樹が初めてだった。
初めて真剣勝負をした相手もまた。
とにかく正樹の野球にかける気持ちは目を見張るものがある。
【離見の見】抜きなら、仲間内で最も超集中状態に入りやすいのは彼だろう。
挫折に立ち向かう姿のみならず、一球入魂を純粋に体現しようとしているような姿は見習うべきところが多い。
磐城君にとっても、この勝負は価値のある1戦になるはずだ。
――ブンッ!
――パァン!
2球目はカットボール。
小さく変化して、外角低めに構えられたキャッチャーミットに収まる。
それに対し、正樹はノーステップからフルスイングしていた。
しかし、バットの軌道は明らかにカットボールのコースとかけ離れていた。
ただ単にタイミングを取るために振っただけ。
そう傍から見ていても分かる。
間近で目にしていた兵庫ブルーヴォルテックスバッテリーであれば尚更だろう。
代打は特にファーストストライクを振った方がいいと言われる。
一般論として決め球を投げてくる可能性が限りなく低いからだ。
ただ、今回のアウトコースいっぱいのバックドアは決め球と遜色ない。
と言うか、ゴロを打たせるための決め球と言っていい。
目も慣れ切っていない内にそれを打ちに行くのはさすがにマズかろう。
だから正樹は厳しいコースの変化球だと認識した段階で、この1球は次に繋げるためのものとして割り切って捨てることにしたのだ。
「タイミングは掴めたか?」
2塁上からの問いが打席に届くはずもないが、正樹が頷いたような気がした。
代打を告げる前から、ずっとベンチで磐城君の球を目に焼きつけていたからな。
その時も超集中状態に近い状態だった。
故に、リリースポイントからミートポイントまでの到達時間を基に脳内でかなり正確なイメージを作り上げることができていたはずだ。
そこへ来て2球、バッターボックスで実際に磐城君の球筋を体験した。
細かい差異を修正し、一層正確なものとすることができたに違いない。
――カキンッ!
「ファウルッ!」
3球目はカーブ(大)。
わざと引っ張るようにしてファウルにした。
――カキンッ!
「ファウルッ!」
4球目はシュート(中)。
スイングを少し遅らせて、打球は3塁のファウルゾーンに切れていく。
タイミングは問題ない。
そう言わんばかりに正樹は的確にファウルで逃げる。
変化量についてはまだアバウトなのだろう。
ベンチから観察してシュートやカーブの分類は回転数や回転軸から大まかにできていたはずだが、こればかりは打席に立たないと把握し切れない。
今はそれを修正している段階だ。
「ファウル!」
「ファウル!」
「ファウル!」
「ボール」
嫌気が差したように磐城君が投じた低めからワンバウンドするスプリットは、普通に余裕を持って見逃されて2ボール2ストライク。
正樹の集中力は全く切れていない。
これで8球。
そして続く9球目だった。
中と大の間の変化量のカーブがインコース低めの臭いところに来る。
コースは逆だが、球種と高さは俺の第2打席と同じ。
正樹はそれをベンチから見ていたし、あの時の状況を俺から直接聞いてもいた。
だから彼は――。
──カキンッ!!
膝元のカーブをキッチリとすくい上げた。
フライボール革命に則ったアッパースイングで、しかし、多少高くあがっても問題ないアバウトさでキッチリ捉えていた。
ステータスに裏打ちされた打球速度は俺のそれと遜色ない。
40°程度の打球角度で上がったそれは、大きな放物線を描きながら真っ直ぐにライトスタンドへと飛んでいく。
正に打った瞬間。
さすがの磐城君も膝を突いてガックリしてしまっている。
ここに来て満塁ホームランだ。気持ちは分かる。
スタンドも……。
「「「「わああああああああっ!!」」」」
いや、スタンドの方は割と盛り上がっているな。
怪我からの復帰第1打席。しかも日本シリーズでの満塁ホームラン。
珍事中の珍事だろう。
だからか。球団という垣根を越え、野球そのものを愛する者として正樹の姿に熱いものを覚えた人が多かったようだ。
そんなビジター球場としてはただならぬ空気の中。
2塁から本塁に帰りながら磐城君の様子を窺う。
彼はしばらくして緩々と立ち上がり、それからマウンド上で大きく深呼吸した。
更に全員がホームインした後で気持ちを切り替えるように強く息を吐くと、軽くグローブを掲げてキャッチャーにボールを要求する。
まだ完全に立ち直ることができた訳ではないだろう。
それでも――。
「プレイッ!」「ストライクワンッ!」「ストライクツーッ!
磐城君は代打で出た続くバッターを軽々と追い込んでいく。
「ストライクスリーッ!」
そして危なげなく3球三振で切って取った。
「……やるな、アイツ」
「ああ」
正樹と共にベンチからその姿を称える。
このイニングの球数は20球。
9イニングの合計は97球。9回6失点。
苦い思いを味わわされた試合となったことだろう。
だが、満塁ホームランの後の1アウトは間違いなく今後の彼にとって勝敗以上に価値のあるものになったはずだ。
それがこの先、更なる強さとして芽吹いてくれることを俺は強く望んでいた。
……いや、まだ9回裏の攻撃が残っているけどな。
代打で出てきた正樹がどういう経緯を辿って今日この場に立っているのか。
この神戸エメラルド球場に集まった、大部分が兵庫ブルーヴォルテックスファンである観客達も大まかには知っているはずだ。
まあ、さすがに余程の野球マニアでもなければ、アマチュア時代の話まで詳細に把握しているということはないだろうけれども。
去年のあのドラフト会議の後。
大筋は様々なメディアで取り上げられていたからな。
もう呆れてしまうぐらいに。
高校最後の甲子園の決勝戦。その試合のさ中。
懸命なプレイが逆に災いし、無理な体勢で転倒して大怪我を負ってしまった。
肩と肘の手術を受けて成功したものの、復帰できるか不透明な状態だった。
それでも東京プレスギガンテスが温情で育成契約しようとしていたところを、村山マダーレッドサフフラワーズが支配下指名で横からかっさらっていった。
今はリハビリ中。
レギュラーシーズンは音沙汰なし。
そうした一連の流れを振り返ると共に「正樹の選手人生に未来はあるのか」と疑問を投げかけるような記事が、大きな話題の隙間を縫うように時折出ている。
最近に至るまで。
だから皆、半ば脳に刷り込まれるようになってしまっているはずだ。
その影響もあってか、瀬川正樹の現状に対する関心は世間的に見ても高い。
とは言え、リハビリの状況は後々のことまで考えて外部には明かさないように心がけていたし、選手の人数の関係で支配下登録に入りっ放し。
動きがないので、公営リーグのように公示などで復帰の予兆も見えてこない。
唯一今日のベンチ入りメンバーが伏線と言えば伏線ではあるものの、現地球場で試合に意識を向けている観客がそこから察するのは中々に難しい。
更に申告敬遠が絡んでネクストバッターズサークルに入っていなかった。
それらが絡み合い、彼の代打での登場はほとんど不意打ちのようになっていた。
結果、どよめきが去っても未だに球場は異様な空気で満たされている。
磐城君も僅かながらその雰囲気に影響されてしまっているようで、バッターボックスに背を向けて無駄にロジンバッグを弄っていた。
奇襲みたいになってしまったことには少しばかり申し訳ない気持ちを抱く。
だが、WBWの舞台はもっと想定外なことが起こる魔境であるのは間違いない。
【明鏡止水】のような精神安定スキルもあるし、精神力で乗り越えて欲しい。
一方で当事者である正樹の様子はどうかと言うと。
気負った気配も特に見られず、澄ました顔だ。
代打の可能性を告げてからの彼は、静かに瞑目して集中力を高めていた。
素振り室にも行かずに。
青木さんや柳原さんに言われた通り、相当鬱憤が溜まっていたのだろう。
やはり、この1打席への思いは並々ならぬものがあるに違いない。
まだ投球前ではあるが、既に目の前に勝負に没入しつつある。
「……試合への飢え、か」
その感覚は俺にはどうしても分かり得ないものだ。
転生特典とでも言うべき【マニュアル操作】と【離見の見】に加え、自ら選んだ【怪我しない】と【衰え知らず】のおかげで俺はここにいる。
能力の壁に跳ね返されることも、不慮の怪我に苛まれるようなこともなく。
日本プロ野球1部リーグという最高峰のステージまで順調に駒を進めてきた。
父さんの病という想定外はあったが、それすらも計画の障害にはならなかった。
まあ、これについては間違いなく家族にとって不幸中の幸いではあったけどな。
それはともかくとして。
前世では数多くの挫折があった俺ではあるが、今生にはないと言っていい。
挫折を跳ね除けた経験に至っては前世でもさしてない。
しかし、挫折を知らない者は弱い、とはよく言われることだ。
スポーツに限ったことではなく、何かを誰かと競う時にはそれが大きな弱点にもなり得ると現実の競技者や多くのフィクションが告げている。
だからと言って、意図して挫折を乗り越える状況を作ることなどできはしない。
わざと失敗したところで単なる舐めプでしかないからな。
そんなことをしても何の成長の切っかけにもなりはしない。
これから俺がもし野球で挫折する時が来るとすれば、恐らくは本番のど真ん中。
WBWの只中でのことになるだろう。
そんな鉄火場にあって、目の前に立ち塞がる壁に挫けてなどいられない。
今後の糧としてまた次の機会に、なんてことは許されない。
ならば、どうするか。
その方法は限られている。
迫り来る苦難に共に立ち向かい、支え合える仲間を得る。
あるいは、幾度かの怪我を乗り越えてきた生きた教材に学ぶ。
それぐらいしかないだろう。だからこそ――。
「正樹。お前の強さを俺と皆に見せつけてくれ」
2塁ベース上から彼の復帰第1打席を見守りながら、小さく口の中で呟く。
磐城君が投球モーションに入る。
セットポジションではない。
2アウト満塁だからということもあるだろう。
だが、とにかく力のある球を投げ込むこと。
それを主眼に置いての選択に違いない。
「ボール」
1球目は外角高めの臭いところにストレート。
僅かに外れて1ボール。
正樹はそれを冷静に見送った。
久し振りの実戦だが、よく見えている。
打席に入った時に抱いた印象通り、気が逸っている様子もない。
非常に落ち着いている。
と言うよりも、正樹は間違いなく超集中状態に入っている。
「ここぞって時の集中力は子供の頃からあったからな。お前は」
きっとそれもまた、周りに運動音痴の烙印を押されながらも必死に野球にしがみついた執念のなせる業だったのだろう。
小学校の頃から練習は常に真剣だったし、試合も全力だった。
だからこそ怪我を繰り返してしまったりもしたが、リハビリにも懸命だった。
東京プレスギガンテスジュニアユースに行く前に伸び切っていた鼻を圧し折ってやろうと戦った時も、最後にはこの超集中状態で挑んできた。
俺がその状態のバッターと対峙したのは正樹が初めてだった。
初めて真剣勝負をした相手もまた。
とにかく正樹の野球にかける気持ちは目を見張るものがある。
【離見の見】抜きなら、仲間内で最も超集中状態に入りやすいのは彼だろう。
挫折に立ち向かう姿のみならず、一球入魂を純粋に体現しようとしているような姿は見習うべきところが多い。
磐城君にとっても、この勝負は価値のある1戦になるはずだ。
――ブンッ!
――パァン!
2球目はカットボール。
小さく変化して、外角低めに構えられたキャッチャーミットに収まる。
それに対し、正樹はノーステップからフルスイングしていた。
しかし、バットの軌道は明らかにカットボールのコースとかけ離れていた。
ただ単にタイミングを取るために振っただけ。
そう傍から見ていても分かる。
間近で目にしていた兵庫ブルーヴォルテックスバッテリーであれば尚更だろう。
代打は特にファーストストライクを振った方がいいと言われる。
一般論として決め球を投げてくる可能性が限りなく低いからだ。
ただ、今回のアウトコースいっぱいのバックドアは決め球と遜色ない。
と言うか、ゴロを打たせるための決め球と言っていい。
目も慣れ切っていない内にそれを打ちに行くのはさすがにマズかろう。
だから正樹は厳しいコースの変化球だと認識した段階で、この1球は次に繋げるためのものとして割り切って捨てることにしたのだ。
「タイミングは掴めたか?」
2塁上からの問いが打席に届くはずもないが、正樹が頷いたような気がした。
代打を告げる前から、ずっとベンチで磐城君の球を目に焼きつけていたからな。
その時も超集中状態に近い状態だった。
故に、リリースポイントからミートポイントまでの到達時間を基に脳内でかなり正確なイメージを作り上げることができていたはずだ。
そこへ来て2球、バッターボックスで実際に磐城君の球筋を体験した。
細かい差異を修正し、一層正確なものとすることができたに違いない。
――カキンッ!
「ファウルッ!」
3球目はカーブ(大)。
わざと引っ張るようにしてファウルにした。
――カキンッ!
「ファウルッ!」
4球目はシュート(中)。
スイングを少し遅らせて、打球は3塁のファウルゾーンに切れていく。
タイミングは問題ない。
そう言わんばかりに正樹は的確にファウルで逃げる。
変化量についてはまだアバウトなのだろう。
ベンチから観察してシュートやカーブの分類は回転数や回転軸から大まかにできていたはずだが、こればかりは打席に立たないと把握し切れない。
今はそれを修正している段階だ。
「ファウル!」
「ファウル!」
「ファウル!」
「ボール」
嫌気が差したように磐城君が投じた低めからワンバウンドするスプリットは、普通に余裕を持って見逃されて2ボール2ストライク。
正樹の集中力は全く切れていない。
これで8球。
そして続く9球目だった。
中と大の間の変化量のカーブがインコース低めの臭いところに来る。
コースは逆だが、球種と高さは俺の第2打席と同じ。
正樹はそれをベンチから見ていたし、あの時の状況を俺から直接聞いてもいた。
だから彼は――。
──カキンッ!!
膝元のカーブをキッチリとすくい上げた。
フライボール革命に則ったアッパースイングで、しかし、多少高くあがっても問題ないアバウトさでキッチリ捉えていた。
ステータスに裏打ちされた打球速度は俺のそれと遜色ない。
40°程度の打球角度で上がったそれは、大きな放物線を描きながら真っ直ぐにライトスタンドへと飛んでいく。
正に打った瞬間。
さすがの磐城君も膝を突いてガックリしてしまっている。
ここに来て満塁ホームランだ。気持ちは分かる。
スタンドも……。
「「「「わああああああああっ!!」」」」
いや、スタンドの方は割と盛り上がっているな。
怪我からの復帰第1打席。しかも日本シリーズでの満塁ホームラン。
珍事中の珍事だろう。
だからか。球団という垣根を越え、野球そのものを愛する者として正樹の姿に熱いものを覚えた人が多かったようだ。
そんなビジター球場としてはただならぬ空気の中。
2塁から本塁に帰りながら磐城君の様子を窺う。
彼はしばらくして緩々と立ち上がり、それからマウンド上で大きく深呼吸した。
更に全員がホームインした後で気持ちを切り替えるように強く息を吐くと、軽くグローブを掲げてキャッチャーにボールを要求する。
まだ完全に立ち直ることができた訳ではないだろう。
それでも――。
「プレイッ!」「ストライクワンッ!」「ストライクツーッ!
磐城君は代打で出た続くバッターを軽々と追い込んでいく。
「ストライクスリーッ!」
そして危なげなく3球三振で切って取った。
「……やるな、アイツ」
「ああ」
正樹と共にベンチからその姿を称える。
このイニングの球数は20球。
9イニングの合計は97球。9回6失点。
苦い思いを味わわされた試合となったことだろう。
だが、満塁ホームランの後の1アウトは間違いなく今後の彼にとって勝敗以上に価値のあるものになったはずだ。
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