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序章「偽りの平和世界」
2.性質(ナトラ)
しおりを挟むかつて世界は、ある一人の魔術師によって支配された。
名はルイン。一人の人間。世界を憎み、その全てを魔の力へと変えた男。
その身に宿した時の性質を利用し、全ての時空を掌握。常人には為せない回数の時間遡行を重ね、この世界を破滅に追いやろうと目論んだ。
けれどそれは、やはり一人の人間によって阻止される。ルインは彼の人物に敗北し、全てを支配した筈の男は、時空の彼方へと消え去った。
英雄の名は、レイソルト。
世界を救った、この始まりの物語の主人公。
この世界の、主人公。
◇
「光と闇の性質も凄いけどさ、やっぱり時の性質が一番別格だと思うんだよね」
顔を上げる。窓際で機材の準備を進めながらユヤは言い、セイスが読んでいた歴史書から顔を上げたのを確認した後、その先を続けた。
「“光”は癒しを、“闇”は破壊を司るもの。その二つはさ、現存する属性魔法の上位互換と考えることも出来るだろう? けど、“時”は違う。要は四次元を渡る力さ、口で言うには簡単だけどね。光も闇もその他の属性魔法も、所詮は三次元の出来事。元を辿れば二次元とさえ捉えられる。その越えられない次元の差って大きいと思うんだよね、僕は。三次元が人間の限界だと思うのさ、四次元っていうのは正に神の領域だよ」
何やらつらつらと語っているが、ユヤが時折こういった論説を始めるのは今に始まったことではないので、セイスは黙って話を聞くことにする。
「僕はセイスとは反対に歴史にはあまり詳しくないけど、彼の有名な英雄さんも、世界の破壊者も、二人共がその神の領域たる力を扱えたってことだよね。それがこの世界の始まりだっていうんだから、ルミナムの神様も洒落たことしてくれるよ。時の性質っていうのはきっと、ルミナムの神がこの世界を生み出す時に人に与えた力なんだ」
「何かを創る手順の始まりは破壊からだって僕は思っててね、邪魔なものを排除した、まっさらな状態に何か創造する方が楽だもの。ルミナムの神もその破壊と創造を同時に行う為に、時の性質を二人の人間に与えたんだよ。光や闇と違って、時の力はどちらにだって転がるから。片や破壊、片や創造。そうして出来上がったのがこの大陸歴N1000から始まるルミナム大陸っていう世界な訳さ。神様もやるねぇ、自分が色々やるんじゃなくて、人にやらせちゃえば楽だって気付いたんだろうね?」
「ユヤ、そっち準備終わったか」
別の準備をしていたヨシュアの声で、終わりましたー、と間延びした声を上げるユヤ。先程までの論説など嘘だったかのように、さっと口を閉ざした。セイスは勿論だが、同じ職場で働いている以上、ヨシュアもユヤのこれには慣れているのだ。五月蠅いの一言もなく黙々と作業を続けられる集中力は、流石といったところだろう。
「セイス、丁度良い。お前の力を貸せ」
「俺が出来ることなら良いけど」
ちょいちょいとヨシュアに手招きされ、セイスは読んでいた歴史書をその場に置いて立ち上がった。ヨシュアが準備していた背丈程ある機材の前に移動し、それに繋がる長いコードの先、青い結晶のようなものを握らされる。他にもコードが数本セイスの横、研究室の机の上に伸びていて、先程セイスがここまで運んできた箱へとコードが接続されていた。正確には箱の中身、――手の平サイズの黒い鉱石へ。
「これは?」
「行くぞ」
「え!?」
機材のことも鉱石のことも、全ての説明が不十分のまま、ヨシュアは機材のスイッチを入れた。自分が握らされている結晶が一体何の意味があるのか分からないまま、けれど手放すことも出来ず、セイスは事の次第を見守る羽目になる。
途端、地を這うような鈍い機械音が部屋中に響いた。かと思えば、突如隣から弾けるような破裂音が聞こえてセイスは身を強張らせる。それは機材ではなく鉱石が発した音だったらしく、完全に油断していた。
「この石、今割れたのか!?」
「ああ、いや違う。もうそれ離して良いぞ、それでオーラ鉱石を見てみろ」
「オーラ鉱石? これのことか?」
自信満々といった態度で腕組みするヨシュアに言われ、セイスはじっと箱の中を覗き込む。蓋の開けられた箱の中、簡素なクッションに守られひとつ鎮座した黒い鉱石は現在、か細い耳鳴りのような音を立て、確かに発光している。
「光ってる、……え、黒色じゃなくなってる……?」
「うん、これね、このまま色が変わるから。見てて」
机の正面から身を乗り出してきたユヤもまた、ヨシュアに同じく得意げだった。
鉱石の発する光は次第に弱くなっていき、完全に輝きを失う。そこに残されていたのは手の平サイズの黒い鉱石ではなく、――鮮やかに煌めく、形の整った紅い宝石だった。
「……!?」
「あははっ、セイスすっごい驚くじゃん」
「お前のことだから、オーラ鉱石のことを知っててもおかしくねぇと思ってたわ」
知らない! そんな意味を込め、父のぼやきにぶんぶんと首を横に振るセイス。何故知っていると思われていたのか、こんな不思議な石など初見過ぎて、ヨシュアと宝石(旧鉱石)を見比べてしまう。
「――“一度魔力によって精錬された剣、その切っ先の、透き通る紅の美しいこと”」
けれど、驚くセイスを見て大笑いをしていた筈のユヤがその一節を口にした刹那、セイスは視線をそちらに向けながら瞬時に理解する。先程セイスが置いた歴史書の位置まで戻ったユヤが、ぱらりと開いたその頁。
そこに書かれた言葉なのだ、物心着いた頃からずっと読んできた本の一節。セイスが聞き間違える筈がない。
「ほらセイス、続きは?」
「……“時の英雄が携えし剣、宝石と違わぬ光輝を持つ”。……じゃあこの石は……!?」
含み笑いのユヤから、再び視線は紅き石へ。
「オーラ鉱石。元はただの石だけど、人の魔力に反応して、一度だけ形や色、材質までをも変える石だよ。けど、オーラ鉱石を剣のように鋭く、宝石のように鮮やかに変化させるには、限りなく純粋に近い魔力が必要なんだ」
ユヤは人差し指を天井に向け、無知なセイスにも分かるように説明する。
「オーラ鉱石には人が直接魔力を送り込むことも出来るよ、でも、こうやって綺麗な感じにはならないんだ。色も上手く乗らないし、形状変化なんて以ての外。歴史書に出てくる英雄の剣がオーラ鉱石から作られていることは分かってても、誰がどうやって生成したかは分かってなかったんだ。だよね?」
セイスもそのことは知っているだろうと、ユヤが首を傾げてセイス、そして黙って説明役を譲ってくれているヨシュアを見る。二人共が頷いたので、ユヤは笑って先を続けた。
「だから僕らはここ数年の間、この、魔力を限りなく純粋な形で抽出出来る機械の開発を続けていたんだ」
「へぇ……それっていうのは、普通の、例えば魔法壁が属性魔法を維持し続けてるのに必要な魔力とは全然別物ってことか?」
セイスは窓の外を眺めた。人の目には不可視の魔法壁、あれも確か、定期的に――とはいえ数ヶ月に一度で良いコストパフォーマンスの良さだが――人や自然界が持つ属性魔力を補給しなければならなかった筈。
「魔法壁には純粋な魔力は必要ないもの。町中で使われる魔力の残滓を取り込んで維持し、その辺の子供が使い損じた魔力だって勝手に吸収したりする代物。純度で言ったら二十パーセントくらいじゃない?」
何を以てして二十パーセントなのかはよく分からないが、ユヤの呆れた様な態度から、雲泥の差、月とすっぽんくらい違うのだろうということをセイスは何となく察した。
「それで? これが性質とどう関わって来るんだ?」
「セイス、このサンプル見てみろ」
純粋な魔力が抽出出来ることは分かった。人々が今でも使える火・水・土・風の四大精霊の力と、魔法が科学技術と融合する過程に生まれた雷の力。その五つを合わせて属性魔法、属性魔術等と呼ぶが、性質はそれとは全く別の力だ。
それを不思議に思うセイスは、再びヨシュアに手招きされ、今度は窓際の棚へと誘導される。サンプルと称されたのは棚の中、上から一段目の引き出し内に並べられた小さな鉱石の集まりだった。透明なケースに守られ並べられる指先サイズの鉱石達、話の流れから、これらも全てオーラ鉱石に魔力を送り込んだものなのだろうと推測出来た。紅、藍、琥珀と、様々な色に彩られている。
「試作段階で魔力を流し込んだもんだから、色も形も微妙なんだけどな」
「属性ごとに色が変わるんだな……」
「そういうことだ。が、お前と同じ火属性を流し込んだオーラ鉱石を見てみろ」
すいと指を差され、言われずとも視線は紅色のオーラ鉱石へ。形は鉱石のまま歪だが、色は綺麗な紅色。けれど少しだけ、先程のオーラ鉱石より色が濃いように思えた。
「なんかこの石、色が濃くね?」
「その通り。でもな、その明度の差っていうのは、純粋に近い魔力から作り出されたオーラ鉱石の色でないと判別出来ねぇんだ。そんで、その明度の差を決定づけるものこそが性質である……ってのが俺の見解だ」
色の明度。それが性質にどう関係するのかはまだ完全には解明出来ていないらしいが、先程セイスがそうしていたのと同じように窓の外を見ながら語る父を見て、とりあえず思ったことを述べてみることにした。
「なぁ、この属性魔力? を純粋に取り出す? 機械? ……ってだけでも、充分凄ぇ発明だったりしない?」
「――そーなんだよ!! セイスからも言ってやってよ!!」
「うわうるさ」
その言葉に過剰反応してみせたのはユヤの方だった。
ヨシュアはといえば、何だか嫌そうな顔で助手を見ている。
「ここまで純正な魔力を抽出出来る機械なんて今まで無かったんだ! この技術一本で特許取れるし、魔力使用効率も上がるから世界中から使いたいって言われるだろうし! そしたら特許使用料やらライセンス契約料やら儲かって、研究所頼みのジリ貧研究者から脱却出来るっていうのに!」
「と、父さん、ユヤに苦労掛け過ぎてんじゃねぇか……?」
「それに関しては申し訳ねぇなぁ」
言葉とは裏腹に全く申し訳なく思っていない顔をするヨシュアだった。
ユヤの勢いに蹴落とされたセイスが、一応その話を父親に振ってみる。
「取らないのか? その、ライセンス……?」
「特許な。取らねぇ」
「何でですか博士!」
「――俺の目的は性質だ、金じゃねぇ」
最早机を壊す勢いで叩くユヤなどどこ吹く風で、ヨシュアは今一度、窓の外に視線を投げた。その双眸に刹那見えた憂いの色に、セイスだけが気付いてしまう。
(父さんは、昔から性質のことだけに執着してた)
きっと、何かがあるのだと。幼い頃からセイスにだって分かっていた。
セイスも、ユヤも知らない、ヨシュアの目的が。
目付きは悪いし態度も悪い。飄々としていて、だらけ癖はあるが誰にでも平等に優しい父が。
――どうしてそこまで、性質に固執するの?
研修室に篭っている間だけ見せる鋭い眼光と、空気を震わせるピリ付いた雰囲気。今まさに見せているそれに気付いた時から、セイスはたったのその一言を聞けずにいた。
「――その性質の研究の為にお金が必要なんですよ! 研究材料足りないからってわざわざ安いところ探して買いに行くの、誰だと思ってるんですか博士!」
「おう、これからも頼むなユヤ」
俯きがちになっていた顔を上げると、そこに居たのはいつもの父と、苦労ばかり掛けられている友人の姿。
笑っているヨシュアにつられて、セイスもおかしそうに笑った。
アウルムに戻るセイスを見送る為、ヨシュアはセイスと共に研究室を出ていった。ユヤはといえば、機材の片付けをしておこうと一人研究室に残り、優秀な部下だなぁと、胸中のみで自画自賛する。
「……ん?」
先程のオーラ鉱石もサンプルにすべく、木製の箱ごと持ち上げ一瞥。本当に一瞥だったので反応が一瞬遅れたが、机上を一通り片し終え、濡れ拭きしようと布巾を持っていたもう片方の手ごと動きが止まる。
「ん?」
もう一度声を上げ、凝視。そして、改めてクエスチョン。布巾から手を離し、箱の中のオーラ鉱石を挟むようにつまみ上げた。それからゆっくりと持ち上げて、窓から見える暮れ始めた斜陽の光に、石を透かす。
「……おかしいな」
自分以外は誰も居ない、研究機材に溢れた研究室の真ん中で、ついそんな言葉を漏らすユヤ。
「今まで明度の差異はあったけど……――こんなに透き通ったオーラ鉱石、見たことあったっけ?」
傾いた首のまま、オーラ鉱石越しに窓の外を見る。
窓の外の世界が、散った鮮血のように紅く色付いていた。
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