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序章「偽りの平和世界」
憧憬_後
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「俺、料理長のきまぐれランチ」
「僕は日替わり定食アルファツーにしようかな」
研究所の大食堂。時間を掛けずに注文を行い、規則正しく並ぶ長机の片隅にセイス達は座った。通常の昼食時から少し外れているからか、食堂は閑散としている。
建物の外壁同様に部屋全体が白基調で、どこか現実感のない研究所内部。そんな内部にある食堂もまた同様の雰囲気を醸し出しているのだが、何度も来たことのあるセイスやここに勤める人々からすればそんな雰囲気慣れたもので、今更とやかく言う者は居ない。
「相変わらずここの食堂、ろくなメニュー名してねぇな……」
そんな中でそうぼやきながらがたんと椅子を引き、セイスの正面に座ったのがセイスの父、ヨシュアだった。
研究所に辿り着いたセイスとユヤは真っ先に父の居る研究室に向かい、挨拶も早々に有無を言わさず財布だけ持たせて食堂まで引っ張ってきた。この父親、研究所の博士職に就く男なのだが、放っておけば食事など忘れ、三日で倒れ兼ねない燃費の悪さをしている。食事を奢らせに来たというより、どちらかといえば様子を見るべく一緒に食事をしに来たのだ。
セイスと同じく綺麗な銀糸の髪を持つ彼は基本研究所に篭り切りで、切る時間がないのか伸びた髪は乱暴に括ってしまっている。視力も悪く、眼鏡が手放せない。最近ではあまり家にも帰って来ないが、元の綺麗好きも相俟って衣服に限っては小奇麗にしており、他の研究者と何ら遜色ない。といっても、ユヤに同じく白衣姿だから変わらないだけなのだが。
「博士もたまには、食堂で栄養あるもの食べなきゃですよ」
セイスの横に座った助手にそう指摘され、息子が頼んだものと同じでいいと面倒臭そうに注文したメニュー名のことを考えながら、ヨシュアは低く唸った。
「わざわざ食堂まで来て食うよりか、研究室で適当に食った方が楽じゃねぇか」
「歩いて三十秒を面倒臭がるのやめようぜ父さん」
しかもそれ買って来るのユヤなんだろ? と、申し訳なさげにユヤを見るセイスだった。
「あと、必要機材持って来てくれっつって連絡してくるのもな! 三十分で帰って来れるんだから、帰って来りゃ良いだろうが!」
「おっ、持って来てくれたのか、さんきゅー」
「さんきゅー。じゃねぇよこの研究バカ!!」
「歴史バカのお前にゃ言われたくねぇなぁ」
「ふふ、相変わらず仲が良いなぁ、セイスと博士は」
母から頼まれた届けものを鞄から取り出して、大仰なモーションで目の前に置いてやる。軽い説教のつもりで文句も言ったが、大したダメージは与えられなかったようだ。これも、いつもの事である。ユヤはそんな小さな親子喧嘩を横目に、頬杖を突きながら笑っていた。
注文した昼食を摂り始めて暫くは、セイスとヨシュア親子による近況報告という名の談笑が続いた。セイスはヨシュアの研究についてはさっぱりだったが、何やら楽しそうに語るその姿を見ているのは嫌でなく、寧ろ好きだ。
それに、先程ヨシュアの口から出た“歴史バカ”というセイスの呼称は、ヨシュアの研究に深く関わるもの。セイスとて他人事ではないのだ。
「――性質の研究なんて、よく上が研究費出すよな」
この世界の始まりの時。人々が持っていたとされる性質と呼ばれる力の存在。それが、ヨシュアの主とする研究テーマである。
「その辺は研究所さまさまだな。自分で言うのもアレだが、成果なんてほぼ無いに等しかったのに」
「……“等しかった”?」
癖のようにハイペースに食事を進めるセイスだったが、ヨシュアの言葉に引っ掛かりを覚え、箸の動きを止める。するとそれに気を良くしたのはヨシュアと、その助手のユヤ。二人で示し合わせるようにアイコンタクトをしたのも一瞬、にやりと得意げな笑みを浮かべる。
「後で研究室に来い、いいもん見せてやるよ」
「!? マジ!? 何か進展あったのかよ!?」
「しーっ! セイス声大きい! まだ誰にも言ってないことなんだよっ」
「わ、わり」
思わず大声を発して立ち上がったが、ユヤに宥められ謝罪と共に座るセイス。しーっと人差し指を口元に当ててみせたユヤはきょろきょろと辺りの気配を警戒するが、心配せずとも辺りに人の気配は少しもなかった。
「ったく、普段何話したって『ふーん』くらいしか言わねぇ癖に、大層驚いてくれるじゃねぇかよ」
「いや、だって、今までは何かそういうアレだったじゃん。結局何も解明されない、みたいな」
「ざけんな。俺は性質の研究に命掛けてんだ」
吐き捨てるようにヨシュアが威勢良く言って、食事中の箸先を行儀悪く息子へと向けた。それは直ぐに下ろされ、食事へと戻る。すると代わりに、ひと足先に食事を終えたユヤが再び頬杖を突いて、ちらりと隣のセイスを見た。
「セイスはさ。正直なところ、性質の存在をどこまで信じてる?」
「え……」
「ああ、僕や博士に気なんて遣わないで。思っていることを言ってよ、客観的で一般的な意見っていうのは、研究に於いても大事なことなんだから。そうですよね、博士?」
ユヤに同意を求められるよりも早く、ヨシュアの視線はとうにセイスに向いていた。
「つっても、セイスの意見は一般論とは呼べねぇだろうけどな」
そしてこの一言である。
世間の認識下の性質とは、先にも述べたように、とうの昔の、過去の産物。現代の人類には扱う者など居ない、異能の力だ。
歴史書に語られる性質の種類は三種類。
一つは光の力、一つは闇の力、そして最後の一つが、――時の力。
「餓鬼の頃から勉強はてんでダメで、興味を持ったことに一直線っつうまるっきり俺の息子みたいな性格してんだもんなぁお前……」
「事実あんたの息子だよ俺は」
「そんでそんな真っ直ぐなバカが好きになったのが世界の歴史なんだぜ? ――分厚い歴史書丸々一冊を数日で暗記しちまうようなバカの意見が一般論なんて、呼べる訳ねぇだろ」
この世界の歴史書に、性質についての記述がなされていない本など存在しない。自他共に認める歴史バカことセイスは、生まれてこの方十六年間、ありとあらゆる歴史書を読み漁って生きてきた。決して勉強が好きだとか、読書が好きだとか、そんなことは少しも無い。
ただ本当に、この世界の歩んできた道筋を知ることが好きだった。その道程に必要不可欠なもの、それが時の性質だからこそ、ヨシュアはセイスの意見が普通でないと主張している。
「“始まりの物語”……だったか? かの英雄伝説の」
「そう! この世界の絶対的英雄にして、三種全ての性質をその身に宿した男の物語だ!」
「セイス、ボリューム」
好きなことの話になるとつい大声になる気持ちは分かるが、セイスはさっと諌められ声を潜める。
けれど、無理もない話だ。“始まりの物語”とは、セイスが幼い頃から憧れる存在にして、歴史書だけではなく、童話や歌にまでなり語られる、一人の英雄の物語。
――レイソルト・K・ブライド。この世界の救済者にして、ルミナム大陸を統べる王家の始祖。
「ってことで俺は何が言いたいかって、性質を信じたいよ。つうか信じる、信じてる。性質だって属性魔法と同じように、今も人がその身に宿してる力なんだって」
誰もが、否、――自分が。幼い頃からずっと憧れて来た英雄譚だ。それに関係するものなら何だって、この目で見てみたいに決まっている。可能性がわずかでも、一縷でも存在するというのなら、誰からも後押しされないその背中を、無責任に自分が力いっぱい押したいとセイスは思う。
だからセイスはその為に、ヨシュアとユヤに一瞥ずつ視線を投げて力強く告げるのだ。
「一般的な意見じゃねぇかも知れないけどさ。俺の分まで、これからも父さんには頑張って貰わないと!」
ユヤもな、なんて付け加えて、笑う。
二人の研究者はといえば、そんな純粋な応援の言葉に対し、素っ頓狂に目を見開くばかり。けれど直ぐに我に返ったヨシュアは、セイスにつられるようにして破顔した。それから直ぐ食べ終わった昼食の食器を片すべく、椅子から立ち上がる。
「ほら、行くぞ」
「え?」
「見せてやるっつったろ? その、頑張った成果ってやつをな」
「あ、ちょっ、待ってよ父さん!」
慌てて立ち上がったセイスも、ヨシュアと同じく食器を片した。ユヤもそれに倣ったが、セイスと違い相も変わらず落ち着いた様子。
「ユヤ、準備するから頼んでた材料、宜しくな」
「分かりました博士」
もたつくセイスを置いて先に戻る、とヨシュア。先程までのだらついていた態度は一体どこに行ったのか。セイスは少々不思議そうにその後ろ姿を眺めていたが、ユヤに行こうと促され、研究室へと向かった。
セイスは知らないだろう。そうして無条件に信じてくれている誰かの存在が、ヨシュアの原動力であったことなど。
「一歩。いや、半歩でいい。進まない、分からないで足踏みを続ける内に凍りついちまった性質の研究を、俺が前に進めてやる」
ヨシュアは研究室へと続く真っ直ぐな廊下を歩きながら、中指の腹で眼鏡の位置を整える。誰も居ない場所で口に出した言葉は、誰かに聞かせる為のものではない。
(そうすりゃ近付く筈だ、俺達が知り得なかった――あの時の真実に)
眼鏡の奥の鋭利な翠が、色に似合わず強気な色を灯して、爛々と輝いていた。
セイスとユヤの二人が、ヨシュアの後を追って研究室へと向かう途中。
「結局、何見せてくれるんだ?」
「それは見てからのお楽しみだよ。でも、お気に召すんじゃないかな」
含み笑いの拭えないユヤは、再び口元に人差し指を添えて笑った。
「他でも無い。セイスの大好きな、時の性質に関する研究成果だからね」
「俺、料理長のきまぐれランチ」
「僕は日替わり定食アルファツーにしようかな」
研究所の大食堂。時間を掛けずに注文を行い、規則正しく並ぶ長机の片隅にセイス達は座った。通常の昼食時から少し外れているからか、食堂は閑散としている。
建物の外壁同様に部屋全体が白基調で、どこか現実感のない研究所内部。そんな内部にある食堂もまた同様の雰囲気を醸し出しているのだが、何度も来たことのあるセイスやここに勤める人々からすればそんな雰囲気慣れたもので、今更とやかく言う者は居ない。
「相変わらずここの食堂、ろくなメニュー名してねぇな……」
そんな中でそうぼやきながらがたんと椅子を引き、セイスの正面に座ったのがセイスの父、ヨシュアだった。
研究所に辿り着いたセイスとユヤは真っ先に父の居る研究室に向かい、挨拶も早々に有無を言わさず財布だけ持たせて食堂まで引っ張ってきた。この父親、研究所の博士職に就く男なのだが、放っておけば食事など忘れ、三日で倒れ兼ねない燃費の悪さをしている。食事を奢らせに来たというより、どちらかといえば様子を見るべく一緒に食事をしに来たのだ。
セイスと同じく綺麗な銀糸の髪を持つ彼は基本研究所に篭り切りで、切る時間がないのか伸びた髪は乱暴に括ってしまっている。視力も悪く、眼鏡が手放せない。最近ではあまり家にも帰って来ないが、元の綺麗好きも相俟って衣服に限っては小奇麗にしており、他の研究者と何ら遜色ない。といっても、ユヤに同じく白衣姿だから変わらないだけなのだが。
「博士もたまには、食堂で栄養あるもの食べなきゃですよ」
セイスの横に座った助手にそう指摘され、息子が頼んだものと同じでいいと面倒臭そうに注文したメニュー名のことを考えながら、ヨシュアは低く唸った。
「わざわざ食堂まで来て食うよりか、研究室で適当に食った方が楽じゃねぇか」
「歩いて三十秒を面倒臭がるのやめようぜ父さん」
しかもそれ買って来るのユヤなんだろ? と、申し訳なさげにユヤを見るセイスだった。
「あと、必要機材持って来てくれっつって連絡してくるのもな! 三十分で帰って来れるんだから、帰って来りゃ良いだろうが!」
「おっ、持って来てくれたのか、さんきゅー」
「さんきゅー。じゃねぇよこの研究バカ!!」
「歴史バカのお前にゃ言われたくねぇなぁ」
「ふふ、相変わらず仲が良いなぁ、セイスと博士は」
母から頼まれた届けものを鞄から取り出して、大仰なモーションで目の前に置いてやる。軽い説教のつもりで文句も言ったが、大したダメージは与えられなかったようだ。これも、いつもの事である。ユヤはそんな小さな親子喧嘩を横目に、頬杖を突きながら笑っていた。
注文した昼食を摂り始めて暫くは、セイスとヨシュア親子による近況報告という名の談笑が続いた。セイスはヨシュアの研究についてはさっぱりだったが、何やら楽しそうに語るその姿を見ているのは嫌でなく、寧ろ好きだ。
それに、先程ヨシュアの口から出た“歴史バカ”というセイスの呼称は、ヨシュアの研究に深く関わるもの。セイスとて他人事ではないのだ。
「――性質の研究なんて、よく上が研究費出すよな」
この世界の始まりの時。人々が持っていたとされる性質と呼ばれる力の存在。それが、ヨシュアの主とする研究テーマである。
「その辺は研究所さまさまだな。自分で言うのもアレだが、成果なんてほぼ無いに等しかったのに」
「……“等しかった”?」
癖のようにハイペースに食事を進めるセイスだったが、ヨシュアの言葉に引っ掛かりを覚え、箸の動きを止める。するとそれに気を良くしたのはヨシュアと、その助手のユヤ。二人で示し合わせるようにアイコンタクトをしたのも一瞬、にやりと得意げな笑みを浮かべる。
「後で研究室に来い、いいもん見せてやるよ」
「!? マジ!? 何か進展あったのかよ!?」
「しーっ! セイス声大きい! まだ誰にも言ってないことなんだよっ」
「わ、わり」
思わず大声を発して立ち上がったが、ユヤに宥められ謝罪と共に座るセイス。しーっと人差し指を口元に当ててみせたユヤはきょろきょろと辺りの気配を警戒するが、心配せずとも辺りに人の気配は少しもなかった。
「ったく、普段何話したって『ふーん』くらいしか言わねぇ癖に、大層驚いてくれるじゃねぇかよ」
「いや、だって、今までは何かそういうアレだったじゃん。結局何も解明されない、みたいな」
「ざけんな。俺は性質の研究に命掛けてんだ」
吐き捨てるようにヨシュアが威勢良く言って、食事中の箸先を行儀悪く息子へと向けた。それは直ぐに下ろされ、食事へと戻る。すると代わりに、ひと足先に食事を終えたユヤが再び頬杖を突いて、ちらりと隣のセイスを見た。
「セイスはさ。正直なところ、性質の存在をどこまで信じてる?」
「え……」
「ああ、僕や博士に気なんて遣わないで。思っていることを言ってよ、客観的で一般的な意見っていうのは、研究に於いても大事なことなんだから。そうですよね、博士?」
ユヤに同意を求められるよりも早く、ヨシュアの視線はとうにセイスに向いていた。
「つっても、セイスの意見は一般論とは呼べねぇだろうけどな」
そしてこの一言である。
世間の認識下の性質とは、先にも述べたように、とうの昔の、過去の産物。現代の人類には扱う者など居ない、異能の力だ。
歴史書に語られる性質の種類は三種類。
一つは光の力、一つは闇の力、そして最後の一つが、――時の力。
「餓鬼の頃から勉強はてんでダメで、興味を持ったことに一直線っつうまるっきり俺の息子みたいな性格してんだもんなぁお前……」
「事実あんたの息子だよ俺は」
「そんでそんな真っ直ぐなバカが好きになったのが世界の歴史なんだぜ? ――分厚い歴史書丸々一冊を数日で暗記しちまうようなバカの意見が一般論なんて、呼べる訳ねぇだろ」
この世界の歴史書に、性質についての記述がなされていない本など存在しない。自他共に認める歴史バカことセイスは、生まれてこの方十六年間、ありとあらゆる歴史書を読み漁って生きてきた。決して勉強が好きだとか、読書が好きだとか、そんなことは少しも無い。
ただ本当に、この世界の歩んできた道筋を知ることが好きだった。その道程に必要不可欠なもの、それが時の性質だからこそ、ヨシュアはセイスの意見が普通でないと主張している。
「“始まりの物語”……だったか? かの英雄伝説の」
「そう! この世界の絶対的英雄にして、三種全ての性質をその身に宿した男の物語だ!」
「セイス、ボリューム」
好きなことの話になるとつい大声になる気持ちは分かるが、セイスはさっと諌められ声を潜める。
けれど、無理もない話だ。“始まりの物語”とは、セイスが幼い頃から憧れる存在にして、歴史書だけではなく、童話や歌にまでなり語られる、一人の英雄の物語。
――レイソルト・K・ブライド。この世界の救済者にして、ルミナム大陸を統べる王家の始祖。
「ってことで俺は何が言いたいかって、性質を信じたいよ。つうか信じる、信じてる。性質だって属性魔法と同じように、今も人がその身に宿してる力なんだって」
誰もが、否、――自分が。幼い頃からずっと憧れて来た英雄譚だ。それに関係するものなら何だって、この目で見てみたいに決まっている。可能性がわずかでも、一縷でも存在するというのなら、誰からも後押しされないその背中を、無責任に自分が力いっぱい押したいとセイスは思う。
だからセイスはその為に、ヨシュアとユヤに一瞥ずつ視線を投げて力強く告げるのだ。
「一般的な意見じゃねぇかも知れないけどさ。俺の分まで、これからも父さんには頑張って貰わないと!」
ユヤもな、なんて付け加えて、笑う。
二人の研究者はといえば、そんな純粋な応援の言葉に対し、素っ頓狂に目を見開くばかり。けれど直ぐに我に返ったヨシュアは、セイスにつられるようにして破顔した。それから直ぐ食べ終わった昼食の食器を片すべく、椅子から立ち上がる。
「ほら、行くぞ」
「え?」
「見せてやるっつったろ? その、頑張った成果ってやつをな」
「あ、ちょっ、待ってよ父さん!」
慌てて立ち上がったセイスも、ヨシュアと同じく食器を片した。ユヤもそれに倣ったが、セイスと違い相も変わらず落ち着いた様子。
「ユヤ、準備するから頼んでた材料、宜しくな」
「分かりました博士」
もたつくセイスを置いて先に戻る、とヨシュア。先程までのだらついていた態度は一体どこに行ったのか。セイスは少々不思議そうにその後ろ姿を眺めていたが、ユヤに行こうと促され、研究室へと向かった。
セイスは知らないだろう。そうして無条件に信じてくれている誰かの存在が、ヨシュアの原動力であったことなど。
「一歩。いや、半歩でいい。進まない、分からないで足踏みを続ける内に凍りついちまった性質の研究を、俺が前に進めてやる」
ヨシュアは研究室へと続く真っ直ぐな廊下を歩きながら、中指の腹で眼鏡の位置を整える。誰も居ない場所で口に出した言葉は、誰かに聞かせる為のものではない。
(そうすりゃ近付く筈だ、俺達が知り得なかった――あの時の真実に)
眼鏡の奥の鋭利な翠が、色に似合わず強気な色を灯して、爛々と輝いていた。
セイスとユヤの二人が、ヨシュアの後を追って研究室へと向かう途中。
「結局、何見せてくれるんだ?」
「それは見てからのお楽しみだよ。でも、お気に召すんじゃないかな」
含み笑いの拭えないユヤは、再び口元に人差し指を添えて笑った。
「他でも無い。セイスの大好きな、時の性質に関する研究成果だからね」
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