永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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一章「憧れの新世界」

8.出逢

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 確かに聞こえたのだ。
 あの夢の中で、少年の声が。


『    』


 だというのに、言葉の意味が分からない。
 幼い頃から共に在る彼は、一体自分に何を伝えたかったのか。

(……伝えたかった?)

 言葉も分からないのに、何故かそう感じている自分に気付く。伝える。そう、彼は自分に、何かを伝えたがっていた。

(もしかしたら、警告してくれてたのかもな)

 そんな考えに至り、思わずくつりと喉を鳴らした。
 今更何を考えたって無駄なことは分かっている。身体が重い。ただひたすらに、もがくことなく海底に沈んでいくような錯覚に陥りながら、堕ちる意識に逆らうことなく、


 セイスはそっと、瞼を下ろした。




「――おい、こんなところで寝てるんじゃない」
「うぐっ!!」

 右肩に受けたダメージにより、意識が一気に覚醒する。剥き出しの肩を何やらそこそこの硬さのもので勢い良く殴られたらしく、寝転んでいたセイスはその勢いのまま少し転がされた。

「何だ、起きていたのか?」
「お、起こされたんだよ見りゃ分かるだろ……!!」

 どうやら、誰かに叩き起こされたらしい。その誰か、に該当する呑気な相手の言い草にカチンときたので、セイスはがばりと身を起こして相手を睨みつけた。そこに居たのは見慣れない外套姿。何だか前もこんな展開あったな、などと思いながらもしっかりと警戒し、距離を取りながら愛刀に手を掛け……ようとして。

「……あれ?」

 スカッと。その手があっさり空を切って、セイスは自分の腰元を見た。
 ――そこにある筈の愛刀の姿が、どこにもなかった。

「あれ、え、あれ!?」
「今度はどうした」
「お、お前! おいそこのお前!!」
「だから何だ、死にたがり」

 セイスの言い方も随分だったが、その返しも相当酷かった。

「誰が死にたがりだ! 俺の刀見てないか!?」
「見ていない。僕は今しがたここを通り掛かった通行人3だ」
「前に二人通行人が居たのか。……じゃねぇんだよ!!」

 怒っている場合でも、見知らぬ通行人3と漫才をしている場合でもない。セイスが慌てて立ち上がり辺りを見回すも、どう考えたってどこにもセイスの愛刀の姿はなかった。

「俺のクレセント……」
「そのダサいのが刀の名前か?」
「うるせぇ俺の相棒の名前にケチ付けんな!!」

 半月刀(シャムシール)だから三日月(クレセント)、なる安直ネーミングセンスを晒した後、セイスは一度冷静になり、その場にどさりと座り込んだ。一通り騒いでいる間も通行人3は黙ってセイスの様子を眺めているだけで、これといったアクションひとつ起こさない。

「要するに貴様は、その刀を持っている筈で、無防備を晒して寝ていたつもりはなかったという訳か。死にたがりではなかったと」
「当たり前だろ、誰が死ぬかこんな自宅の近所で。第一な、このご時世森の中で武器のひとつも持たず寝るバカが居る訳……」
「貴様だ」
「俺だぁ……」

 弁解の余地はあったが、結果自分だったのでセイスは唇を噛み締めるしかなかった。
 目を覚ました――厳密には蹴り起こされたことが発覚――セイスは、何故か森の中に居た。見慣れた景色であることから、アウルム近隣の森であることは間違いない。一体どうしてこんなところに――後頭部を掻いてそれを思い出そうとした刹那、意識を失う前に起こった出来事がフラッシュバックのように脳裏を駆け巡り、セイスは思わず目を見開く。


『ねぇ、どうするセイスくん。一緒に行こうよ、いい提案でしょう?』
『セ、イス……!!』

『行こうかセイスくん』
『私達の――時空旅行に』


「おい、大丈夫か?」
「……ッ!」

 我に返ると、目の前には黒髪の少年が居た。片膝を立てしゃがみ込み、セイスの顔を覗き込んでいる。一瞬誰何を尋ねてしまいそうになったセイスだったが、声や服装は間違いなく先程の通行人3その人で。顔まで覆い隠していたフードが取り払われ中から出てきたその姿は、艶のある黒髪と十字架の髪留め、それと、長過ぎる前髪の隙間から覗く綺麗な琥珀の瞳。声音から少年と判断したが、一見すると少女にも見紛ってしまいそうな美しい容姿をしていた。

「顔色が悪い、疲労で休んでいたのか?」
「いや、そんなことは……。つか、そんなことより……!」
「は? おい!」

 セイスは自分に触れようとした少年の手を避け、弾かれたように走り出した。

(今は何時だ、何で陽が昇ってるんだ、あの光の所為で森まで吹っ飛ばされて、ずっと気を失ってたってのか? カストラは、研究所は、父さんは――!)

 何故あんなところに倒れていたのかなんて疑問は、どうだっていい。
 カストラが見える場所まで、セイスは一目散に森を走り抜けた。幼い頃から山程訪れた都市なのだ、その道筋を間違える訳がない。研究所の人も、町の人も、ほとんどがセイスにとっての顔見知り。あの後カストラがどうなったのか、皆は無事なのか。覚えなく重い身体を引き摺ってでも、確かめずにはいられなかった。
 開けた視界の先に小高い丘が見えた。あの崖下にあるのだ、科学都市カストラの研究所群が。業火に焼かれてしまった広大な都市が、あの後どうなったのかが分かる。

 あそこまでいけば絶対にそれが。

「……え?」

 分かる、筈だった。



「突然走り出して、何か気になることでもあるのか?」
「……カストラが」
「何?」

 後ろからついて来た少年の問いに、吐息を漏らすように吐いた言葉。口に出来たのはただその都市名のみだったが、隣にまでやって来た少年はその呟きを聞いて、スッと当然のように目下へと視線を投げた。

「確か、昨日研究所の壁を真白く塗り替えたと聞いたが……」

 ――何の異常ひとつ感じられない、真白い箱状の建物が並ぶ町。

「そのカストラが、一体どうしたというんだ?」

 そんな、何の変哲もないカストラの姿が、セイスの目の前には広がっていた。


 ◇


 目を覚ます。頭上の空は暗く、瞬く星々は遠い。

「気が付いたか」

 どこからか聞こえるぱちぱちという物音を聞きながら、セイスはぼうっと空を眺めていた。問い掛けの声に気付き少し顔を動かすと、そこには再びあの少年が。セイスと少年の間で焚かれた薪の火を手頃な棒で突きながら、明るい火と同じような色をした双眸をこちらに向けていた。先程から聞こえていたぱちぱちという音は、この火の音だったらしい。

「……あれ? 俺……」
「突然倒れる程体調が優れなかったのであれば、もっと早く言って欲しかったがな」

 半身起こすと、自分に掛かっていた上着がずるりと膝元まで落ちた。こんなもの着ていただろうかと手に取るも、やはり着ていた覚えはない。それより、元々少年が羽織っていたものに似ている気がしてそちらを見れば、彼は最初会った時よりも随分すっきりした格好で薪の番をしていた。すらりとした、カーキ色の動き易い衣服。それでいて貧相ではないし、この外套と同じものであれば――俗にいうマントというやつだ――、生地の手触りもかなり良い。昼間横に立った時、その背丈は自分より頭ひとつ分程低かった少年。だがその姿はどう見たって、こんな片田舎に暮らす者の身形ではなかった。
 溜息交じりにセイスを見る少年は、薪を弄っていた枝をぽいと火の中に投げ入れる。それからそのまま背後の木の幹に背を預け、後頭部で手を組んでみせた。

「貴様の所為で今晩は野宿だ」
「え? ……あ、俺、倒れたって」
「突然な。全く、僕ではお前を遠くまで運べないのだから勘弁してくれ。代わりに魔物に襲われないよう近くとはいえここまで運んで、火を焚いてやったんだ。それだけで感謝しろ」

 かなり不遜な物言いだったが、やってくれたことを考えると怒る気にもなれなかった。
 寝起きの回らない頭で考えても分かる。急に走り出した先で突然倒れた見ず知らずの人間を捨て置かず、相手が起きるまで寝ずの番をしてくれたような相手に、何を怒るというのだろうか。

「ごめん、ありがとな」
「ふん」

 相手が子供であろうと関係無い。セイスが素直に礼を述べれば、少年は満更でも無さそうな表情を見せて身を起こした。

「今日のところはこのまま夜番を続けてやる。貴様は寝ろ」
「けど、」
「事情はよく分からないが、武器もない体調も芳しくないではどこに行くことも適わないだろう。明日の朝、貴様の行きたいところまで送ってやる」

 だから寝ろ、と。年下と思わしき少年に正論を叩きつけられてしまえば、セイスは口を噤む他なかった。アウルムに戻ろうにも、また倒れでもしたら魔物に襲われ命を落とし兼ねないし、カストラに行こうにも、何故かあそこは、自分の記憶にある状況の町ではなかった。

(何でか頭も重いし、お言葉に甘えるしかねぇか……)

 セイスは観念して寝転がり、毛布代わりに掛けてくれたのだろう外套も借りたまま、今一度空を眺めて。

「俺、貴様じゃなくてセイスって言うんだ」
「そうか。じゃあセイス、早く寝ろ」
「厳しいなぁお前……」

 結局少年の名前を教えて貰えないまま、セイスは眠りに就いた。
 明日はカストラに行って、その後アウルムに戻ろう。
 それだけを考え。




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