永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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一章「憧れの新世界」

9.変化

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 翌朝、セイスは少年と共にカストラの町へとやって来ていた。
 見慣れた入口の大きな門から中へ入り、大通りの真ん中に立って辺りを見回す。早朝であるが故に人の姿が少ない市街地を通り過ぎ、奥の道を行けば研究所棟群が直ぐに見えてくる筈だ。改めて見たところで、ここは自分の知るカストラの町にしか見えない。なのにここには火災の痕跡が一切存在せず、あるのはこの町の、いつも通りの穏やかな日常のみだった。

「……どういうことだ?」

 セイスの口を衝いて出た言葉を、隣の少年は黙って聞いていた。


 ―


 丁度良い時間になったからと、二人はカストラの町で朝食を摂ることにした。刀こそ失くしたが、セイスの腰のウエストポーチ、その中身は健在で。財布を持ち合わせていたことにほっとしたセイスはサンドイッチを頼み、少年もそれで良いと同じものを頼んだ。

「納得がいっていないようだな」

 一口サンドイッチを頬張った刹那、少年がぼそりと口にする。店内だというのにマントを脱ぐ気配すら見せない彼は、腕を組み、セイスの目の前の席でふんぞり返っている。自らが頼んだサンドイッチにも目を向けず、じっとセイスを見つめているようだった。心配されているのか、怪訝に思われているのかは分からない。だがセイスは彼の言葉を受け、何となく、自分もそっと食べかけのサンドイッチを皿の上に戻した。
 それから徐に頬杖を突き。町中を見て感じた、この穏やかな現実の真相に一番近いと思われる結論を口にした。

「俺の勘違いだったのかも」
「は?」

 リアの素っ頓狂な声。それも仕方ないだろう、セイスが再び、よく分からない話を始めたのだから。

「いや、きっとそうだな。悪い夢でも見てたんだ。俺、昔から変な夢ばっかり見るし」

 けれどセイスは一人で勝手に喋り続け、自己完結。気の抜けたように笑って、残りのサンドイッチを口の中に放り込んだ。
 そう、“あれ”は夢だったのだ。いつも見る夢の内容だって、あの時だけが違っていた。きっとその、移り変わった夢の延長戦だったに違いない。
 外の世界が見てみたくて、今の生活が退屈で。平和な方が良いと分かっていながら、遥か遠くのどこかに行ってみたいと。そんなことばかり考えていたから、あんな夢を見たのだ。

「あー……なんかちょっとすっきりした。そうと分かったらさっさと村に帰って、手伝いのひとつでもしないとなぁ」

 口の中のサンドイッチは、新鮮な野菜の食感が心地よい。味も申し分なく、大変美味しいと感じた。家は農家で、育てている野菜はそろそろ収穫時期だっただろうか。早く帰って手伝わないと、母に怒られてしまいそうだ。そんな、“当たり前”のことを考えながら、自分を納得させようとセイスは窓の外へと視線を投げ、空を流れる雲を目で追い掛ける。流れが遅い、暫くは雨の心配はなさそうだ。
 そこまでは良かった。現実逃避と呼ばれようと、そう考えることで冷静になれたのならば、それで良かった。――良くなかったのは、空を見てしまったこと。その所為で、やっとのことで取り戻し掛けた平静を失う結果となる。セイスは“そのこと”に気付いてしまい、楽な姿勢を取っていた椅子からガタリと立ち上がった。ガラス窓の向こうに、広がる空の青さ。ガラス以外隔てるもののない、空の青さ。

 遮るものなど何一つない、青。

「……なぁ、」
「今度は何だ」

 確かに“あれ”は、不可視の産物だ。人の目には色を映さず、景観の邪魔をしない。

「ひとつだけ質問して良いか?」

 けれど、“あれ”は装置なのだ。魔法科学が生んだ産物。発動させる為の支柱が都市の中心地に数本重なって立てられており、今ではそれが科学都市カストラのモニュメントなのだと言われている。都市のどこに居ても見えるそれが、高々と空に向かって聳えているのだ。


 どこからでも見えるお陰で、小さな子供が町中で迷子になることもなくなった。
 それが、何故ここから見えないのだろうか。何故、――あるはずのものがなくなっているのだろうか。


「“魔法壁”って、お前知ってる?」


 あんなところで自分が眠っていた理由。
 愛刀が姿を消した理由。
 勘違いや夢の一言で片すことなど出来ない、説明の付かない事柄からは目を背けて冷静になろうとしていた。

「貴様、僕が子供だからって馬鹿にしているのか」

 だがやはり無理だ。


「――魔法壁は、王都に実装されたばかりの魔法科学の装置だろう。なに、心配せずともこの辺の村々にだって“その内”実装される」


 出来事を無かったことに出来ても、そうは出来ないものが多過ぎる。セイスの頭は真っ白になった。
 起こっていた筈の事実が存在せず、ある筈の魔法壁(もの)すら存在しない都市、カストラ。

「まさか、今が夢なのか……?」
「……やはりどこか悪いんじゃないのか?」

 少年の失礼な問いなど全く気にならないまま、セイスはぐしゃりと己の髪をかき乱した。
 頭を抱える、なんて。慣用句でしか聞いたことのなかった現象を体験し、セイスはただ、空っぽの頭で空を眺め続けることしか出来なかった。




 暫くして。未だに空を仰いで立ち尽くしていたセイスだったが、再び少年に声を掛けられ大人しく席へと戻る。けれどそれは店の邪魔になると思ったからで、正直なところ、現在の心境は最悪だった。全くと言って良い程、自分の置かれた状況が分からない。ここが本当に自分の知るカストラなのかが怪しくなっただけで、寧ろ悪化している。早朝では悪いだろうと思い待っていたが、父やユヤの居る研究所に行ってみようと思っていた考えすら四散してしまった。

「研究所には今、入れないと思うぞ」
「え?」

 更に少年の一言。俯きがちになっていたセイスが顔を上げると、少年は小さく首を傾げていた。セイスの考えは、ぼやきとなって無意識に口から出ていたらしい。

「貴様が言った魔法壁のことで、各研究所の研究員達は忙しくしている。カストラも例外ではない。新たな取り組みなのだから当たり前だが、ここ最近は一般の出入りの一切を禁じているようだ」
「そうなのか」

 作業の最中に邪魔が入っては適わない。そういうことなのだろう。

(これは、昔の夢……ってことか? 魔法壁が発明されてまだ間もない頃……)

 最早夢であることを大前提としてそんなことを考えながら、セイスは己の頬を抓った。普通に痛かったので直ぐにやめたが、それとは別に正面の少年の視線も凄く痛かった。沈黙のままもどうかと思い、セイスは冗談半分で尋ねてみる。

「ってことはさ、今って大陸歴1380年くらいだったりする?」
「……は?」

 自他共に認める歴史バカことセイスの記憶違いでなければ、魔法壁の誕生はルミナム大陸歴1380年前後だった筈。セイスが生まれるほんの四・五年前だ、この程度の逆算、間違える訳がない。
 セイスの物言いに再び疑問符を浮かべた少年は、それでも律儀に考えを巡らせ、相手の意図が分からないといわんばかりに顔を顰めながらも答えてくれた。

「当たり前だろう。正確には、今年でN1384だ」

 N1384。大陸歴1384年。それは。

「は……ははは、マジか」
(俺が生まれる、二年前)

 思わず零れた、乾いた笑い。本当に夢なら醒めてくれと、セイスは両の掌を組み合わせて、力いっぱい握りしめた。力むことで震えたその手の感覚は、例え夢だったとしても本物としか思えない。
 本当ならば、もっと早くに認めなければならなかったのかも知れない。が、今からでも充分だろうと、セイスは一度目を閉じ、深く深く息を吐いた後に前方を見た。

『私達の――時空旅行に』

「あれもこれも、夢じゃない。ミルフィが言ってたのはこういうことだったのか……!」

 思わず舌打ちしたくなる衝動に堪えながら、音量を抑えてセイスは吐き捨てた。苛立ちでどうにかなってしまいそうだったが、ふと視線は少年へと向く。

「……?」

 少年は、再び首を傾げていた。考えてみると、この少年は随分と懐が広いように思える。
 森の中に転がっていた見ず知らずの異端者を助ける為に、一日野宿に付き合ってくれ、近くの町まで送り届けてくれた。途中セイスが口走る良く分からない話を真摯に聞き留め、訝しげな表情を見せつつも尚、こうして黙って話を聞こうとしてくれる。

 だったらもうひとつ、変なことを口走ったところで問題ないだろう。
 セイスがそうして意を決した途端、感じていた焦りも苛立ちも震えも止まった。だったら後は言葉にするだけ。
 セイスは、少年に向けてあっけらかんと言ってのけた。


「俺さ、もしかしたら」
「――過去に飛ばされて来たのかも」


 それは到底信じられる結論では無かったし、誰かに信じて貰えるものでもなかった。
 けれど、そう考えれば全ての辻褄が合うのもまた事実。カストラの火災現場から、己の見覚えのない昔のカストラへ。夢や勘違いがひとつも存在しないならば、自ずと結論はそこに行き着いてしまう。村や町の皆がグルになってセイスを騙しているというのなら、この結論は今直ぐにでも撤回したいところだが。
 半分諦めもあってか、先程までの動揺が嘘のようにセイスの態度には余裕が生まれていた。だがそれとは相反し、出会ってから過去最高におかしなことを口にした相手に、少年は開いた口が塞がらない様子。

 そして。そんな少年の口から飛び出したのは。


「……は?」


 やはり疑問符。
 不思議そうな、怪訝そうな、そんな声音。
 未だ名前すら名乗っていない少年は、昨日から今日に掛け、何度目になるか分からない疑問符を浮かべて。その琥珀色の瞳をすっかり丸くして、瞬きを繰り返しながらセイスを見ていた。

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