永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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一章「憧れの新世界」

14.対等

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 幾度かの夜を越え、徒歩という手段のみでいくつかの街道を歩き続けた。時には森を越え、緩やかな傾斜を越え、大がかりな山越え谷越えこそなかったが、村に居た頃は一度だって体験してこなかった外での夜越えをもう何度か体験し、セイスはリアと共に、一際大きな町へと辿り着いた。

「ま、町!」
「そうだな、町だな」
「何日振りだ……!?」
「さてな。嬉しそうなところ悪いが、この町で一日休息を摂った後、またもう数日歩くことになるぞ。今日はゆっくりするといい」

 久し振りに辿り着いた安息の地に喜ぶセイスとは違い、リアはこの先もまだまだ長い道のりがあるから頑張れよ、などとさらりと言ってはすたすたと足早に歩き出す。元より旅慣れしているのだろう、小さな身体に似合わず、意外と頑丈に出来ているらしい。外の世界を見てみたいという夢が叶っている現状のセイスなんかより、リアは遥かにタフだった。

「お前のその身体のどこに元気が残ってるんだ……」
「田舎暮らししかしてこなかったカントリーボーイと一緒にされては困るな」
「うるせぇ、自分がシティボーイだって言いたいのか。っていうか都会の奴の方が体力は普通無いだろ!」

 これに関しては気力や体力の問題というより、慣れ不慣れの話だと思われる。
 数日間の旅の中で、こうした軽口を叩き合うことが多くなった二人。これもまた、慣れが生んだもののひとつだった。町に着いた二人はまず、今日泊まる宿を探した。といっても、この町のことをよく知っているリアが居るので、迷うことなく一目散に移動出来てしまったのだが。

「リアって、何でも知ってるんだな」
「何でもは知らない。何度か来た場所のことは、自然と覚えるというだけの話だ」

 それが、感心するセイスに対するリアの返事だった。
 いつもこの町に来た時に泊まっているという宿に行けば、スムーズに部屋へと通される。二人が悠々と過ごせる部屋の広さにセイスが田舎者丸出しできょろきょろと見回していると、リアも「二人で来るのは初めてだ」なんてことを呟いてみせた。セイスと初めて会ったあの日も、確かにリアは一人だった。

「今更だけど、リアって孤高の一人旅の途中ってやつ?」
「何バカなことを……」

 色んな町に行ったことがあるのだろうか、そう思い尋ねたが、存外そういう訳ではなさそうな返事と表情が返って来た。

「行くのはネビスだと言っただろう。元来た道を戻ることの、何が大変なものか」
「……え?」
「少し買い出しに行ってくるが、貴様はそこで待っていろ。荷物番だ」

 夜営でないのだから、宿内で盗難に遭うことなど無い気もしたが。それはセイスが居た田舎での話、そして時代での話。勝手も事情も分からない以上、言い付けだけを残して去って行ったリアの指示に従う他なかった。室内に一人残されたセイスは、ぼんやりと窓の外に視線を投げながら、先程のリアの言葉で気になった部分を復唱する。

「元来た道を戻る……?」

 ということは、リアは今、通って来た道を引き返している。そして現在自分達は、王都ネビスへと向かっている道半ばだ。
 その言葉の意味に気付いた時、セイスは思わず座っていた椅子から勢いよく立ち上がった。音を立てて倒れた椅子の存在など、気に留めることも出来ず。

「ネビスに戻る、って――あ、あいつ、ネビスから来たのかよ……!?」

 道理で着込む衣服の質がよろしいこと。詮索されては困ることもあるだろう。もしかしたら、王都に暮らす階級持ちのお家柄出身なのかも知れない……なんて。腰に下げたリアの剣に触れながら、冗談交じりに考えた。
 王都に住んでいるのかどうかは分からないが、憧れの都市と縁があることに間違いは無さそうだ。思わずばっと振り返った部屋の扉は、当たり前だが既に閉まっていた。一度冷静になって窓の外に視線を戻すと、そこには見慣れたマント姿。自分と並んで歩く時より早足に歩いていくその姿を、セイスは何をするでもなく茫然と見つめていた。

 結局、道中一度だって戦いに参加することのなかった、少年の姿を。




 買い出しから戻って来たリアと共に、セイスは宿の一室で夕食までの暇な時間を過ごしていた。その時だった、扉のノック音が部屋に響いたのは。

「はーい?」

 暇を潰す為にやれることといえば、鞄に入っている歴史書を読むくらいのこと。もう何十回何百回と読んだ本なので内容は全て頭に収まっているが、手持ちで暇が潰せるものがこれしかなかった。セイスが顔を上げ、間延びした声でノックに応えると、扉の向こうからは宿の主人の声が聞こえた。

「お客さん、開けても良いかな」
「構わない」

 次はリアの声。相変わらず偉そうだったが、扉越しの声の主は大して気を悪くした様子も無く、笑顔で顔を覗かせた。

「ああ、居た居た。黒髪の君」
「……僕か?」
「そうさ。よくうちを利用してくれているだろう? 顔ぐらい覚えるさ。リアくんで良かったよね」
「そうだ」

 どうやらリアに用事があるらしい。宿の男主人はリアの姿を認めるなり部屋に入って来て、ひらりとその手に持つ真白い封筒を見せた。

「“よくうちに一人で来る、赤い髪留めをした黒髪の男の子”宛てに手紙を預かっているんだ。今回は珍しく二人だったけど、うちを贔屓にしてくれている“髪留めの男の子”は君以外居ないからね」

 男主人がセイスを一瞥する。確かに、セイスが居ることで“一人で”という項目に齟齬が発生しているが、“赤い髪留め”とまで限定されていては間違えることもないだろう。大きな町故に、宿だってここ一軒しかない訳では無いのだ。
 そして何より。


「数日前に届いたんだよ、宛名は無いんだけど、差し出し人の名前は……そう、“シロツキ”さん」
「シロツキから?」

 主人が封筒の裏を確認しながら口にした名前に、リアは覚えがあるようだった。直ぐに立ち上がって手紙を受け取り、その場で容赦なく封を開けて中の手紙を読み始める。じゃあ自分はこれで、と、部屋を後にしようとする主人にセイスが返事をして、また歴史書に視線を落としたその時。

「待て」

 踵を返す一歩手前だった主人を、リアの声が呼び止めた。
 封筒の中に入っていたのはたった一枚の便箋だったようで、リアは直ぐにそれを読み終えたのだろう。

「主人、この手紙が届いたのは何時いつだ。数日前ではなく、正確に教えて欲しい」
「え? ううんと……五日、六日? くらい前だったと思うんだが、すまないね。正確には思い出せないんだ」

 困ったように話す主人だったが、リアにはそれで充分だったらしい。リアが手紙を懐にしまいながら礼を言うと、主人は一度頭を下げ、今度こそ部屋を後にした。歴史書に戻る筈だった視線で二人のやり取りを見ていたセイスは、意図せず半開きになっている口を閉ざしてから首を傾げてみせる。

「何かあったのか?」
「セイス、予定変更だ」

 問うた言葉に対する答えではなかったが、どうやら何かがあったらしい。手紙の内容を尋ねるのはおこがましい気がしたので聞かないことにするが、セイスがそんなことを考えている内に。リアは室内だからと脱いでいた外套を、目も向けることなく掴み取りその身に纏う。予定変更、という言葉から推測するに、よもやもう出立するのかと、セイスは慌てて口を開いた。

「もう出るってのか!?」
「いや違う、貴様はここに居ろ」

 どうやら違ったようだが、リアは再び一人で部屋を後にするつもりらしい。

「明日の朝ここを発つのは変わらない、だがその為に僕にはやることが出来た、それだけだ」

 もう直ぐ日が暮れる。けれども町の中は安全だ、なんていうセイスの知る常識が、この時代に通用しないことはもう分かっていた。セイスと口早に話をしながら準備をするリアへと歩み寄って、勝手にどこかに行ってしまわないようその肩に触れる。自分よりも小さなその姿と、真っ直ぐ向き合った。

「だったら俺も行く」

 詮索するなと言われた手前、素性を知ろうなんて今は思わない。
 だからそれ以外のことで力になれるなら、少しくらい恩を返させてくれたって良いじゃないか。戦闘だって、文句は言ったが結局自分一人でこなしてみせた。自分が出来ることであれば、いくらだってやってみせるのに。

「このまま世話になりっ放しは、何か嫌だ。俺に出来ることはないのか?」

 最後は少し、子供が捏ねる駄々のようになってしまった。が、強ち間違いではない。セイスはバツが悪そうに視線を逸らした。そしてリアはそんなセイスの様子に驚くこともなく、じい、と彼を見上げていた。
 それから直ぐに。じゃあ、と切り出し、リアはセイスの鼻先を指差してみせる。

「え?」
「そこまで言うなら、手伝え」

 指は、そのままセイスの身体を伝って下りていき、ある地点でぴたりと止まる。
 正確には、セイスの腰に下げられた、リア自身の剣の辺りで。

「助けられた恩を返したいと言うのなら、その身体で支払って貰うぞ」
「何か他の言い方無かった?」

 セイスは思わずツッコんだが、リアは意に介すことなくそのまま続けた。

「それもそうだな。貴様に剣を貸しているのだから、それが良い」
「聞いてる?」


「セイス、貴様はネビスに辿り着くまで、僕の剣になれ」


 ツッコミは最後まで聞き入れられず、大真面目な顔で告げられる。
 セイスは思わず眉を顰めたが、意味は察せた。それが望まれることならば、と、こちらもひとつ頷く。リアは満足そうに口角を吊り上げた。

「では行くぞ」
「一緒に行って良いってことだよな」
「馬鹿者、剣が共に来なくてどうする」

 同行が許可され、セイスは理由も教えられぬまま、リアと共に宿を出るのだった。
 時刻は夕刻。そんな二人が次に宿に戻るのは、深夜と呼ぶに相応しい時刻であったことなど、

 この時のセイスは知る由もなかった。

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