永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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一章「憧れの新世界」

15.前進

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 現在二人が訪れている町、アマレロ。そこからネビスに向かう最短ルートは、この町にあるターミナルから馬車に乗ることである。馬車はルミナム大陸主流の乗り物であり、遠出する人々にとっての重要な交通手段だ。当初リアが王都に戻るルートを考えた際にも、この町からの馬車利用が想定されていた。
 だがその予定は、セイスと出会った時に変更された。乗車の予定はもうひとつ先の町に変更され、次の日の朝町を出て、もう二日程街道を歩こうと考えていたらしい。
 何故馬車に乗る時間を減らしたのか、などという問いは愚問。突然他時代に放り出されたセイス、目的の為にカストラを訪れていただけのリアの両名の懐には、そこそこ値の張る馬車代金を支払うだけの持ち合わせが無かったからである。

「――一晩でこれだけ稼いだなら、上出来といったところだろう」

 昨晩宿を出た理由は、そのルート変更を本来のものへと戻す為だった。昨夜中にとある手段を用いてネビスまでの旅資金を稼いだ二人は、深夜……否、ほぼ夜明けと共に宿に戻った。徹夜慣れしているリアは涼しい顔で稼いだ紙幣を眺め、戻ったばかりの宿を出る準備を進めている。
 一方セイスはというと。

「ねむい、今なら立ったまま眠れる、しんどい」
「たった一晩眠らなかったくらいで何を言っている、しゃきっとしろ」

 使えもしない呪文を唱えるかのように、何やらぶつぶつと呟き続けている。その背中をリアに叩かれれば、その身体は頼りなく揺れた。数日眠らなくてもどうということはないリア――夜営の際、寝ずの番をしていたことでよく分かる――と、完全徹夜などやろうと思ったって出来やしなかった健康児セイスとの差である。

「今後もこういったことがあるやも知れん。一晩程度どうとでも出来るように身体を慣らせることだな」
「無理な相談だぜ、昨日の俺の軽はずみな言動を恨んでいる今の俺にはな」
「僕の剣の癖に何を言っている」
「剣にだって眠る権利はある」
「ないだろ無機物」
「俺は有機物!!」

 ここからは馬車移動である為、その中で眠れば良い。リアに言われどうにか平静を保ちながら宿を後にしたセイスは、眠い身体を引き摺るようにして馬車乗り場へと向かうのだった。


 ―


 馬車乗り場に辿り着いた二人の目に飛び込んできたのは、溢れんばかりの人混みだった。

「どうかしたのか?」

 ぽかんと呆けるセイスとは違い、リアは直ぐ様近くの男性に声を掛けた。振り向いた町人と思わしき男性は、一言。この人混みの理由を教えてくれる。

「王都への定期便に、少し遅れが出ているみたいだ」

 思わず顔を顰めてから、リアは数度頷いてセイスへと向き直った。

「混みそうだな」
「混んだら問題あるのか?」
「……」

 セイスの問いに対して、リアの返答は無かった。
 待つこと一時間と少し。金を払って直ぐ、馬車へと乗り込む。馬車乗り場には様々な種類の馬車が見受けられたが、二人が乗った馬車は俗に幌馬車と呼ばれる馬車で、定員は十人にも満たないもの。王都に向かう馬車、と聞くと、もう少し見栄えのよい豪奢なものをイメージしていたセイスだったが、随分と小さな馬車だなぁと、古びた幌馬車の内部を眺めながら考えた。

「あれ? あんなに人が居るのに、俺達以外誰も乗らないのか?」
「この馬車は通常の定期便ではない。町の者が定期便の遅延故に出してくれている、急ぎの者の為の臨時便だ」

 リアの補足説明を聞き、この質素な馬車の理由に大層納得した。恐らく定期便の馬車は、セイスが思い描いている通りの豪華な馬車なのだろう。ここから王都までは馬車でも四日程掛かると聞いたし、そんなにも長い時間を、このような小さく古びた――お世辞にも乗り心地は良くないだろう――馬車で移動したいと思う者はそう居ない。セイスはよく分かっていないが、リアはあの手紙を受け取った刹那予定を変更した。直ぐに王都へ急ぎ戻ることを決めたようだし、彼のように本当に急いでいる者くらいしか、こうした馬車を利用しないのだろう。
 それを証拠に出発の時間になっても、客は二人だけのままだった。馬を操る御者がそろそろ出発するという旨を二人に伝え、古びた幌馬車がぎしぎしと音を立てて走り出す。
 二人が車両内に腰を落ち着け、どちらともなく口を開き掛けた……その時。

「――待って待って! あたしも乗せて!!」

 焦りを含んだ声。馬車の進行方向とは真逆の方向から聞こえたその声に、セイスとリアは思わずそちらを見た。
 声から分かっていたことだが、そこには少女の姿があった。後ろで括った水色の長髪を揺らしながら、必死に走る少女。馬車はまだ走り出したばかりな為、急げば乗り込むことは可能だろう。

「お金ならあるからー!!」
「……リア」
「金があるなら乗せてやれ」

 再び叫ぶ少女を見て、セイスはちらりとリアの様子を窺った。こういう場合、少女が馬車に乗るのは問題ないのだろうか。それが分からなかった為である。無論リアはその視線の意味を悟ったようで、セイスがしようとしていることにさらりと肯定する。問題がないと分かれば早く、セイスは立ち上がって馬車の後部へ行き、大きく身を乗り出して少女へと手を差し出した。

「捕まって」
「ありがと!」

 そうして少女はセイスの手を借り、何とか馬車へと乗り込むことに成功した。




 乗客が三人となった馬車内。少女は息が整うなり直ぐに年老いた御者へと乗車賃を払い、ストンと遠慮なく座席に腰を落ち着けた。

「いやー、間に合って良かった! あんたも手を貸してくれてありがとね」

 二人から三人になった。にこやかに礼を言う少女に良かったな、と声を掛け、セイスも再び座り込む。

「急いでるって時に限って、定期便遅れてるしさ。これ逃したら危ないところだったのよ」
「だったらもう少し、余裕を持って行動することを勧めるがな」
「ご尤もね。返す言葉もないわ」

 たはは、と笑って頬を掻く少女の言葉に、リアはふん、と鼻を鳴らして正論をぶつけていた。セイスに対していつもそうであるように、見ず知らずの少女相手であろうと、リアの不遜な態度に変化はないらしい。

「と、まぁ、過ぎたことは気にしないでよ。王都までの数日間一緒なんだし、改めて宜しくね、お二人さん」
「ああ、宜しくな」

 友好的で好感の持てる少女と、セイスは笑って挨拶を交わした。だがその一方で横に座るリアは、相変わらずの無愛想で腕を組み、被ったフードを取ることもせず黙り込んでいる。

「リア、返事ぐらいしろよ」
「必要ない。たまたま同じ馬車に居合わせただけの相手だ」
「うわ、愛想良くないお連れさんだこと」

 自分だったら怒ってしまいそうな言い分を吐くリアを見て、セイスの表情は思わず歪む。けれど少女の方はそれを聞いても特に不愉快な様子は見せず、おかしそうに笑みを浮かべている。

「信用するだけ馬鹿を見る世の中だから、仕方ないか。ま、あたしはそういうの苦手なんだけど」

 そして少女は最後まで気を悪くした様子なく、そのまま座席を目一杯使って寝転がり、直ぐ様眠ってしまった。朝一番に出発するこの馬車に乗る為に早起きしたのだろうが、それにしたって早過ぎる寝付きに唖然とさせられたのはセイスだけではなかった。

「何だこの小娘」

 随分と野性的な少女と居合わせたものである、と。含みの一切ない真っ直ぐな胸中をつい零してしまったリアの横で、はは、と疲れた笑みを零すセイス。そんな少女を見ている内に自分も寝不足であったことを思い出して、セイスはつられるように眠りに就いた。

 まだ陽は昇ったばかりだというのに、よく眠るものだ。御者を除きただ一人起きているリアは、ガタゴトと揺れる馬車に身を預け、大きく一度息を吐く。
 けれど決して二人の睡眠の邪魔をすることなく、彼もまたそっと、静かに目を閉じた。
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