永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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一章「憧れの新世界」

16.見据

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 セイス達の乗る幌馬車は、王都ネビスへ向かう。途中ナセド平野に転々と存在する小さな村々をいくつか通って来たが、アマレロから出発した幌馬車の乗客が増える気配は一向になかった。

「じゃあ、リリーは仕事で王都に向かってるのか」

 アマレロを出発してから、既に三日が経過している。馬車という乗り物は、環境によって乗っているだけでも体力が奪われるものだ。そしてこの幌馬車も例に漏れず、揺れや窮屈な車内故に快適とは言い難い環境下……なのだが、セイスを筆頭にリア、そして同乗する少女もとても元気だった。その理由に挙げられることといえば、三人共夜は平気な顔で眠りに就けているということ。揺れも狭さも気にしない、図太い神経を持った三人組だった。

「そう! パパがあたしに黙って仕事に行っちゃったから、急いで追っ掛けてる最中なの」
「お父さんと同じ仕事?」

「そうよ。――請負人(ラクター)なんだ、あたしのパパ」

 請負人(ラクター)――正式名称は仕事請負人(オプシャル・ラクター)といい、人々から頼まれる困りごとの解決を生業とする者の総称である。言ってしまえばただの何でも屋だが、中には国を守る王国軍から直接仕事を依頼されるような凄い請負人ラクターも居るのだとか。
 田舎暮らしでその存在を聞いたことしかなかったセイスには、今その人が目の前に居るということに少なからず驚きを抱いた。

請負人ラクターか……初めて会ったわ、俺」
「へへー。と、言いたいところだけど、あたしはまだまだ半人前の身でして……」

 一度は胸を張ってみせた少女だったが、次にはがっくりと肩を落とした。理由は言葉通りであり、仕事の為に王都へ向かった父に置いていかれてしまった、という要因もそこにあるからだ。

「でも、あたしの勘によれば今回は結構ヤバそうなのよね。きっと王都でひと騒ぎあるんだわ」
「騒ぎ?」
「あんた達も、王都に行くなら気を付けなさい。きっと何かが起こるんだから」

 あくまでも勘な筈なのに、少女の語気は強かった。握り拳を固める少女の表情が、自信に満ち溢れていること。それを見てしまえば何かを言い返すのも馬鹿馬鹿しく思えて、セイスは軽くおう、と返事をするのみだった。
 出会って直ぐに軽口を叩き合えるようになった半人前請負人ラクターの少女は、名をリリクスと名乗り、リリーという愛称で呼んで欲しい旨を伝えてきた。セイスは直ぐにそれを許容し彼女をリリーと呼ぶことにしたが、リアはその名を口にすることはおろか、自分の名を名乗ることすらセイスに任せ、今も姿勢良く座ったままだんまりを決め込んでいる。あまりの冷めた態度にリアは彼女との会話を拒んでいるのだろうか、なんて考えがセイスの頭を過ったが、どうやらそうではないらしい。

「で? あんた達は? 急ぎの用事で行くんでしょ?」
「え、ええと……」

 ちらりと、セイスはリアを見る。
 リリーをここに引き上げる時そうだったように、リアはいつだってセイスの視線の意味に敏く気付き、正しい言葉を返してくれた。
 だが。

「……」

 今日もリアは、セイスの視線に気付かない。そう、リアはリリーだけにではなく、ここ数日セイスに対してもこの調子を続けていた。

「リア」
「……」
「リアってば」
「……すまない、呼んだか」
「いや、大した用事じゃないから良いや」

 名前を二度呼んで、やっとこちらに反応を寄越すくらいの鈍さ。無視をしているのではなく、意識がこちらに向いていないような。要するにここ最近のリアは、どうにも上の空なのだ。

「ねぇセイス、お連れさん疲れてるんじゃない?」
「え、いや、体力だったら俺よりある筈なんだけどな……」
「ふぅん……?」

 馬車に乗り込んだあの日。眠りから覚め、セイスがリアに声を掛けたその時から、リアの反応は鈍い。被ったフードは相変わらず、こちらからは見えない琥珀はひたすらにずっと、馬車が進む先を見つめている。

「ネビスに、心配ごとでも置いて来ちゃってるのね」
「……え」
「ずっと前見てるからさ。心配しないで、言えない理由ならもう聞いたりしないわ」

 そんなリアの様子に、リリーも気付いていた。だからこそ気を遣ってそんなことを言ったのだが、セイスは何も言うことが出来ず、乾いた笑みを浮かべる。リアがセイスの連れであることはセイス自身の口からリリーに伝えていたし、二人が共通する目的の為に行動していると思うのは当然のこと。だが、実際のところは全くの誤解であり、リアがネビスに行く理由など元々ネビスに居たから、以外セイスだって知らなかった。

「こんなボロ馬車に乗ってまで急がなきゃいけない理由があるんでしょ? お互い大変よね」

 リリーが苦笑を零しながら古い幌馬車を揶揄すると、聞こえてますよ、と御者の声。リリーは慌てて謝罪を呈したが、歳老いた御者は別段怒った様子なく笑うのみだった。セイスも小さく笑いながら、やはり視線は無反応を貫くリアへと向いてしまう。
 元来た道を戻るだけだ、そう言っていた頃のリアであれば、こんなに急いで王都に向かう意味など無かったのではないだろうか。

(リアが予定を変更して、馬車に乗ることにしたのは)

 あの、宿屋に届いた手紙を読んだ後のこと。

(差し出し人は、“シロツキ”さんだったっけ)

 尋ねるつもりはない。詮索はきっと、リアの嫌がることだから。
 だが不思議と、耳に残る響きだと思ったのだ。

(“シロツキ”さん。……シロツキさん?)

 寧ろ、どこかで聞いたことがある気さえする。
 そんな名前を、脳裏でひたすら繰り返し続けた。


 ―


 セイスはその夜、肩に大きな衝撃を受けて目を覚ました。非常に身に覚えのある起こされ方である。短い悲鳴を上げてゆっくりと目を開けば。

「今回はちゃんと声を掛けたからな、起きない貴様が悪い」
「だからって蹴るこたねぇだろ……!」

 そこには、見覚えのあるマント姿の少年。既視感しかないアングルで自分を見下ろす、リアの姿がそこにあった。
 馬車旅の終点である王都には、予定通り明日中に着くと聞いた。よもや寝過ごしてしまったのかとセイスが肩を擦りながら身を起こすも、馬車の外は未だ暗いように思える。近くではリリーが、自分と同じく寝転んで眠っていた。

「おいリア」
「静かにしろ」

 立て続けにこんな夜中に起こされたことに対する文句を言ってやろうと口を開くも、直ぐ様一蹴をくらう。代わりに「出るぞ」と行動を指図され、寝起きの回らない頭でセイスは仕方なく立ち上がった。こんな夜中に外に出て、一体何をするというのだろうか。苛立ちにも似た感情を抱きながらも、セイスは幌に覆われた車両内からひょいと飛び降りた。

「どうしたんだよ?」
「もう一仕事、する必要があるらしいな」
「は? それってどういう……」

 リアの主語を持たせない言い方に対し、セイスはもう一度尋ねようとした。
 だがその疑問に対しての答えは、リアの見据える真っ直ぐな視線が先に応えてくれていた。

「……嘘だろ」

 馬車旅での夜の過ごし方は、街道沿いの決められたポイントで停泊するのが常である。ここまでだってそうだったし、問題無く夜を越えてここまでやって来た。街道とは人の手で作られた都市と都市を結ぶ道であり、そういった近くでは魔物の被害をそう聞かない。同時に大きな都市付近では王国軍が目を光らせている為、盗賊被害もほとんどない。
 それが常識だと聞いていた。だから安心していた。
 
 ――あの遠くに見える複数の群れの影と、この地鳴りのように響く無数の足音を聞くまでは。

 間違いなくこちらに向かって走ってきているあれは、魔物の群れに間違いない。けれどこちらを狙ってやって来ている訳ではなく、深夜遅く、平原を大移動する群れの移動ルートに、たまたま自分達が居合わせてしまったのだろうとのこと。魔物の知識などこれっぽっちも持ち合わせていないセイスに対し、リアがさらりとそのような説明をしてくれた。

「現実みたいだぞ。僕だって、」

 説明などほとんど聞き流しながら、げんなりした気持ちで前方を見遣るセイス。
 そんな彼より遥かに落ち着いた様子のリアも説明を終えた後、ぼんやりとそちらを眺めながら。


「――王都のこんな近くで魔物の群れに出会うなど、生まれてこの方初めてだ」


 まるで明日の天気を口にしただけのような軽過ぎる口振りで、そう告げた。

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