永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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一章「憧れの新世界」

17.宣誓

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 群れを成す魔物の姿が、こちらに近付いてくるにつれて鮮明に、その輪郭を露わにする。まるで猪のような見てくれのその魔物は、変わらず猪のような勢いで真っ直ぐ突き進んで来ている。群れの中には大人の背丈を優に超える巨体の姿も見受けられ、このまま放っておけば馬車ごと破壊されてしまうかも知れない。
 目的地である王都ネビスは既に目と鼻の先。だがここで馬車を失えば、もう一晩はどこかで夜を越える必要が出てきてしまう。

「行くぞセイス」
「おう!!」

 そんな時間ロス、死んでもご免だ。
 夜のしじまに聞こえ始めた耳障りな足音、これではゆっくり眠ることさえ出来やしない。
 明日、無事にネビスへと辿り着く為。セイスは腰に差す剣を鞘から引き抜くことなく構え、魔物へと立ち向かった。




 魔物自体の強さはそれほどでもなく、町中では抜くなと言われた剣先をお披露目する機会に恵まれる間もなく、セイスは猪型の魔物との戦闘を繰り広げていた。目の前の魔物に集中していた為気付かなかったが、リアの姿が近くに見当たらない。手隙となった隙にきょろりと見渡せば、彼の姿はあっさりと見つかった。

 倒れた巨体の魔物の上に座って脚を組み、偉そうに頬杖を突いている少年の姿が。

「――いやだからお前も戦えよ!?」

 数にして十は越える魔物の群れを前にしても、リアの調子はどうも変わらない。剣をセイスに預けたその日以降、魔物の相手は全てセイスに任せっきりである、――あの時以外は。

「戦っただろう? ――資金繰りの際には」

 あの時――アマレロの町から馬車に乗る為の旅資金稼ぎを一晩で行った時。町であればどこでだって行える、簡単な金稼ぎの手段こそが魔物討伐だった。王都に本部を置く王国軍が直々に出している依頼であり、その身ひとつで行える、旅人達には持ってこいの資金集めの手段である。確かにあの時ばかりは時間が一晩しかなく、リアも自前のナイフを片手に率先して魔物と戦っていた気がする……も、正直睡魔でそれどころではなかった。
 そして何より。

「あの時はあの時! 今日は今日! 俺だってあん時戦ったし何ならそれより前も全部俺だし――」
「右から来てるぞ」
「うるせぇ魔物俺は今あのお高くとまったシティボーイと喋ってんだスッ込んでろ!!!!」

 前やったらもう良いだろ、みたいな顔をするリアの意見が通る訳がなかった。呑気な指摘に余計腹が立ち、突進してくる魔物に八つ当たる。結果、太刀筋もへったくれもない一撃で魔物がぶっ飛ばされた。

「流石は僕の剣だ」
「自分の剣褒めてる場合か!?」
「? 僕の剣とは貴様のことだぞ?」
「え? ……あ、そっか、そうだっけか。……へへっ」

「喜んでる場合でもなーい!!」

 セイスが秒で絆され掛けたところで、別方面からセイスに向けて突進して来ていた別の魔物が遥か遠方に吹き飛ばされる様を見た。セイスの後方での出来事だった為セイス自身は見ていないが、離れた位置に座っているリアがそちらを見て、ほう、と小さな感嘆を上げている。
 魔物を吹き飛ばしたのは、勢い良くツッコミを入れた声の主。水髪の少女、リリーだった。その手には見慣れない武器が握られており、見たところ刃物ではなく鈍器。今しがた吹っ飛ばされた魔物の存在も相俟って、それが彼女の殴打武器なのだろうということが分かった。

「ごめんね、気付くのが遅くなっちゃった」
「リリー! な、何だその武器……?」
「トンファーっていうの! 知らない?」

 笑って謝罪、それから掲げて武器を見せてくれるが、イマイチピンと来ないセイスである。両手に握る柄の部分から、腕に沿うように伸びる棒状の武器。正直武器など剣や刃物以外見たことがなかった為、素直に首を横に振った。

「カントリーボーイには難しかろう」
「あらやだ、セイスってば田舎育ち?」
「うるせぇシティ派共……!!」

 再び無益な言い争いが始まり掛けたが、仕切り直して、といわんばかりにリリーが話を切り替えて話し始めたので、セイスもそれに倣った。

「まさか、クルーボアの群れにはち合うなんてね」
「クルーボアって言うのか、この猪みたいな魔物」
「そうよ。ナセド平野に生息する魔物で、群れで動くの。正面への動きは素早いけど、それ以外は遅いから、そこを意識して戦うと良いわ。それから――」

 ――ギュオオオッ!!

 リリーの魔物対策講座の最中、突然魔物――クルーボアの群れが大声で鳴き声を上げた。それも、一体ではない。残っているクルーボアが同じように鳴き声を上げ始めたのだ。流石に異変を感じたのかリアも立ち上がり、他二人の元へと立ち位置を変える。

「今のは?」
「まるで馬のいななきだな」
「……」

 先程まで得意げに説明をしていたリリーに聞けば分かるだろうか、と。二人揃ってリリーを見ると、そこには説明の最中堂々と空に向けていた人差し指をそのままに、固まる彼女の姿があった。

「リリー?」
「……クルーボアは、ピンチになると仲間を呼ぶの。それも、とびっ……きりの大群を。だから、――襲われた時はスピード対処が臨まれるわね!」

 そしてその表情は、これでもかというぐらいに引き攣っていた。

「先に言えよバカ!!」
「この薄鈍女が」
「さ、さっさと今居る分を倒して大群が来る前に馬車を走らせましょう! それが良いわよ! ね!!」

 各々武器を握る手に力を込め、残りの魔物討伐を急いだ。


 ―


 三人がかりで群れを蹴散らし、馬車に戻るなり急いで御者を揺り起こした。時刻はもう夜明け、地平線から昇る朝陽のお陰で明るくなる辺りと同じくして、魔物の気配に怯え震えていた馬車馬も平静を取り戻していた。

「端から馬車に乗って逃げることって出来なかったのか?」
「あれだけ委縮していた馬に車両を引かせるとは、貴様もなかなか鬼畜な物言いをする」
「動物って、魔物の気配に敏感なのよ。無理させたら暴れちゃったりして危ないって聞いたことがあるわ。最低車両だけ置いて逃げ出しちゃうかも」

 先程まで停車していた場所から慌てて馬車を走らせてくれる御者に感謝しながら、三人は再び乗り込んだ幌の掛かった車両内で一息吐きつつそんなことを話した。セイスの疑問に対し、リリーがそれとなく理由を教えてくれたので、リアのことは無視してセイスは納得の声を上げる。

「うちの馬っこ達は臆病だからねぇ、怖いもんから助けてくれたお客さん達にお礼が言いたいみたいさぁ」

 そしてこちらは御者の声。タイミング良くヒヒンと鳴いた馬車馬に、セイスとリリーの二人が思わず笑ってしまった。

「だが妙だ」

 けれどただ一人だけ、魔物の脅威を乗り越えたばかりだというにも関わらず、安堵も何もしていないリアが難しそうに顔を顰めていた。

「普段街道近くには現れない魔物の群れが、何故このタイミングで……」
「リア、このタイミング……って、やっぱり何か――」
「そういう時もあるでしょ? 人間だってたまに別の道通りたくなるじゃない」

 ぼそぼそと、それはただ自身の中のみで整理しようとして呟かれている言葉のようだったが、その声を拾ったリリーがけろりと言ってのける。お陰で別のことを問おうとしたセイスの声は、その明るく元気な声にかき消されてしまった。

「いいじゃんいいじゃん、とにかくこれでもうお昼には無事に王都に辿り着くんだから! 今はそれで良いってことにしましょ? ね、セイス?」
「ん、そうだな」

 こうして同意を求められれば、否定する必要もないかと頷いてみせる。リアもリアでそんな二人の様子を見てか、深く考えることはやめた様子。馬車の進行方向を眺め、薄らと目を細めていた。
 夜の間から車両を覆い続けていた幌が今外され、広大な視界が開け放たれる。平野を通り抜ける心地よい風が、車両内に腰を落ち着ける彼らの元にも届いた。


「ほうら、王都が見えて来ましたよ」


 手綱を引く御者の声に反応して、セイスは立ち上がって前のめりになる。薄靄の掛かる大きな建物、高く空に伸びるその造形こそが、田舎の村で夢見た王都の姿なのだという。

「あれが、王都ネビス」

 震えそうになる声で、確かにその名を呟いた。時間と共になりを潜めていたこの胸の高揚感が、再び顔を覗かせる。大声を発したくなるような気持ちを何とか堪えて、セイスはばっとリアへ視線を向けた。

「着いた! ネビスに!!」
「そうだな。だが、貴様はここからだ」

 どんな時でも決して甘やかさない、リアらしい返答だった。
 ネビスにやって来たのは、現状を正しく把握し、元の時代に戻る為の情報を集める為。

 延いては――あの女を探す為。

 憧れは冷めやらないままだが、セイスは鞄に手を突っ込み、手探りで例のペンダントを掴んだ。
 鞄の外には出さない、あの忌々しい紅色のことを――彼女の歪んだ笑顔も――未だ忘れてはいないのだから。唯一の手掛かりとして忘れないよう、一度強く握り締めた。

(何であんなことをしたんだよ、ミルフィ。……絶対に許さねぇからな)

 是が非でも見つけてみせる。
 見慣れない地で、見慣れた魔法壁の恩恵を受ける王都を視線高く仰ぎながら、


 セイスは、そう誓った。




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