永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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一章「憧れの新世界」

17.5.合間

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「手伝ってもらってすまないね」

 馬車の荷降ろしを手伝っていたら、歳老いた御者が嬉しそうに感謝の言葉を口にした。元よりこの馬車はアマレロの村で酪農の仕事を営む御者が、自身の仕事のついでに出してくれた臨時便なのである。この数日の間にその話を聞いたセイスは、実家の農場のことを少しばかり思い出していた。

「こんなの、大した重さじゃねぇよ」
「私も馬車もこの馬っこも、もういい歳ですから。手を貸してくれるのはとても助かります」

 穏やかに笑う御者は、そう言ってここまで馬車を引いてくれた栗毛の愛馬をよしよしと撫でる。

「もしも一人だったらと思うと、今でも身の毛がよだちますねぇ」
「この馬、怖がりなんだっけ」
「えぇ、主人に似て怖がりですよ」

 白髪交じりの後頭部に手をやって御者は、はっはっはと笑い飛ばした。一見とした穏やかさとは裏腹に、豪快な笑い声である。セイスと御者の世間話、その話の内容は件の魔物についてだった。

「それにしたって本当に凄かったねぇ。あの大きな魔物の群れを、たった三人で切り抜けただなんて」
「大分危なかったけど……」
「命があったんだからそれで充分ですよ。クルーボアの群れん中に居たこーんなに大きなやつまで倒しちゃって。あれは驚きましたねぇ」

 御者がしみじみとそう零せば、セイスも少しばかり照れたように笑みを浮かべる。
 それから直ぐに、誰かが御者を呼ぶ声が聞こえた。取引先の相手なのだろう、こちらにやって来て荷物の確認を始めたので、セイスは邪魔にならないようにとその場から離れた。

「こーんなに大きな……ねぇ」

 それから、何の気なしに先程の御者の言葉を反復する。両手いっぱいに手を広げその凄さを表現してくれた御者には悪いが、昨夜の襲撃の際、そんなキングサイズな魔物の相手をした記憶がなかった。
 だから、今更ながらに思い出す。確かに御者が表現していたようなサイズの魔物が、群れの中を走っているのを見た気がする。そしてそれだけの巨体を誇る魔物が何時いつ、一体誰の手によって処理されたのかも。

『――いやだからお前も戦えよ!?』

 大人の背丈を優に越えるサイズをしていた大きなクルーボアは、セイスが振り向いたその先で彼の椅子と化していた。
 魔物達との戦闘が始まってから数分、転がされた巨体にセイスが鉢合わせなかったのは、――その時には既に処理されていたから。

『戦っただろう? 資金繰りの際には』

 あの、お高くとまったサボり魔の手によって。
 クルーボアという魔物はさした強さを持たない魔物だった――セイスの主観では――。だがあれだけの巨体が目の前から素早い動きを駆使して突っ込んで来ていたら、多少の怪我は覚悟しなければならなかっただろう。
 それを、戦闘が始まって直ぐ。セイスが気付くよりも早く、たった一人で。

 訳が分からな過ぎると最早笑えてくるというが、セイスは今正にそんな感じだった。自分と同じく荷降ろしを手伝ったリアとリリーの二人も、馬車の外で各々御者の仕事が終わるのを待っている。敷地としては既に王都内部といえるが、あくまでもここは王都の放牧エリア。塀に囲まれた城下町への入口付近まで運んでくれるという御者の厚意に、甘えようと決めたのだ。
 無意識ながらに、視線は自然とリアへ向く。ぼうっとした様子で空を眺めている気もするが、恐らくあれは、王都を眺めているのだろう。彼が急いで戻ろうと決めた、王都という都市を。


(……まぁた、 リアあいつの不思議が増えた)


 それでも何故か、彼に関しての不安はひとつすら募らない。
 そんな自分の頭の悪さに、セイスは思わず失笑した。


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