永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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一章「憧れの新世界」

23.再会

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「――パパ! 大変!」

 リリーの全力の説得により、二人で教会内に突貫する、という作戦力ゼロのセイスの意見は却下された。

「ちょっと目を離した隙に、捕まえた奴が部屋から居なくなっちゃった!!」

 代わりにリリーが提案したのは、実に単純な奇襲作戦である。

『いい? あたしがパパを引き付けるから、あんたはもう一人をどうにかしなさい。どうにかできなくても、剣だけ持って逃げちゃえばいいんだから』

 裏口から教会内部に戻ったリリーが慌てた様子を装い父親を裏に連れて行き、表口に回ったセイスはそれを待って残った一人に奇襲を仕掛ける。ザルに見える作戦だったが、この作戦、あっさり成功を収めることとなった。




「あんた、クィント一派の人殺してないわよね」
「さぁ……」

 リリーの父親が急いで裏に向かった後。残されたもう一人がそちらに気を取られ、随分と長い間こちらに背を向けていた。

「でも、俺だって殴られたんだからおあいこだろ」
「あんたのこと殴ったのがあの人とは限らないでしょ、おばか」

 だから、教会内に飾られていた陶器を借りて、残された一人を力の限りにぶん殴った。
 ゴッ、という良い音を立てて伸びてしまった人に気持ちばかり謝罪をし、作戦通り、あっさりと剣の奪還に成功したのである。
 適当な言い訳をして教会を飛び出してきたリリーと合流し、二人は王都上層区を走る。行く宛など存在しないが、ここに居てはまたセイスが捕えられてしまうかも知れない。

「出来れば下層区に戻りたいんだけどな……」
「言ったでしょ、今天空エレベーターは軍が閉鎖してて使えない。螺旋階段を使ったって、挟み撃ちにあったら終わりよ」

 リリーの悪態を聞いている内に、ふと疑問が過ぎる。まず以て、大前提がおかしくないだろうか。

「なぁ、何で今、上層区って立ち入り禁止区域になってんだ?」
「……んー、まぁ、言っちゃっていっか」

 何故このタイミングで、上層区が立ち入り禁止区域になったのか。セイスが持っているこの違法の剣に誰かが気付き、セイスをこの上層区内に閉じ込める為だったのなら、立ち入り禁止になるタイミングが些か早過ぎるのではないか。
 ということは、だ。セイスの存在はイレギュラーであり、他の目的の為にエレベーターが閉鎖されたと考えるのが妥当。

 その目的とは、一体。
 ほんの少し黙考を交え、リリーが歩調を緩める。自分よりも早い段階で上層区に居たリリーはやはり何かを知っているようで、セイスは同じく走るスピードを緩めてその言葉の続きを待った。

「――シロツキ様の指示なの」
「……“シロツキ”?」

 こんなところでその名を聞くことになるとは。自然と復唱したその名は、リア宛に届いた手紙に記されていたもの。何故ここでその名が……? 困惑気味にリリーを見ると、彼女の方は別段不思議がることもなく二度程瞬きを繰り返した。

「流石のあんたも、シロツキ様の名前は分かるのね」
「あ、うん、まぁ」

 恐らくリリーが想定している意味で知っている訳ではない為、曖昧に頷く。

「それで、私のパパはその王国軍師団長様直々の命で今回の調査に――」
「師団長!?」

 聞き入る話の中で、やっと彼の者の正体が判明した。得意げに人差し指を天に向けるリリーの言葉を遮って、セイスが食い気味に驚く。

「そのシロツキって人、王国軍の師団長なのか!?」
「そうよ、逆にあんたの知ってるシロツキ様はそれ以外何なのよ」

 リア宛の手紙の差し出し人としてです、なんて馬鹿正直に言える筈もなく。完全に歩みを止めてしまいながら俯き、地面の先を行く石膏のタイルを一心に見詰めてしまった。

「違法の剣を持つリアに、師団長からの手紙……?」

 言葉にすればするだけ訳が分からない。
 王国軍の仕組みはこうだ。王家を守る為の剣として地方毎に師団と呼ばれる個に分けられ、その師団毎のトップが師団長である。ということはそのシロツキという男――性別の言及はされていないが、師団長は基本男性職だ――、この王都ネビスに於ける軍部最大の権力者ということになるのではないか……? そんな人間と接点を持つリアとは一体……?

 分からないことが多過ぎて、セイスの頭はそろそろパンク寸前だった。こうなれば直接本人に聞くが易い。一旦考えることを止めたセイスがよし、と何かを決めて、左手に持つ剣の鞘を強く握り締めた。

「一旦リアと合流しよう、良いも悪いも聞いてみなきゃ分かんねぇし」
「……良いの? もしかしたらあんた、あのお坊ちゃまに利用されてたかも知れないのよ?」

 顔を上げた先で訝しげに顔を強張らせるリリーを見ても、セイスの意見は変わらなかった。
 それでも行く、そう言葉にしようとした刹那、セイスの視界はとある人影を捉えた。リリーと向き合うように話していた為、丁度彼女の死角である。人影はただの一般人のように見えたが、ここが上層区であることを思い出した時、その姿の異端さに気付いてしまった。
 上層区の静やかな住宅地、コート姿の紳士やドレス姿のご婦人が歩いているなら未だしも、――武装した二人組の男が歩いてくるのは、絶対におかしい。

「居たぞ!」
「こっちだ!!」

 二人組の男は、こちらを見るなり大声で叫んだ。どうやらセイス達を探していたらしい。驚き振り返ったリリーは切り替え早く武器を構えたが、セイスはその腕を掴み、そのまま来た道を戻って走り出した。

「逃げんぞ!」
「あのくらいならあたし達でどうにかならない!?」
「なるかも知れないけど! 増援がどんくらい来るのか分かんねぇだろ!?」
「男が何肝っ玉の小さいこと言ってんのよ! 男なら勇敢に生きないさいよね!!」
「そういうのは勇敢ってんじゃなくて無鉄砲っつうんだよ!!」

 ぐだぐだと言い合いながら走るも、セイスは勿論、リリーとてこの辺りの道に詳しい訳ではなかった。このまま逃げても袋小路に入れば追い詰められ、果てには捕まってしまう。もう一度捕まってしまえば、今度こそこちらの言い分なんて聞いて貰えないだろう。

「仕方ねぇ、やるっきゃねぇか」
「そうこなくっちゃ!」

 だったら、そうなる前に応戦するしかない。
 正面から誰も来ていないことを確認してから、視線を合図に二人が急ブレーキを掛けた。

(捕まる訳にはいかねぇんだよ、色んなことが分からなくて、頭ん中がこんがらがっちまってるんだから)

 セイス達を追う敵陣営の人数は五人。増援が来ていることは予測済みだったものの、武器を構える手には力が篭る。
 故郷を飛び出したことで、魔物と戦う機会は山程あった。だが、対人に剣――鞘に収まっている剣とはいえ――の切っ先を向けるのが初めてなことに違いはない。だというのに相手は複数人、こちらを上回る人数で、真っ直ぐにこちらへ掛けて来る。

 勝てる保証は、どこにもない。
 それでも、戦うしか道がないのなら。

「セイス、あいつら請負人ラクターよ。うちの奴らじゃないから、多分クィント一派の奴ら」
「リアに会うまではこの剣、誰にも渡さねぇ」

 戦ってやる、誰とだって。

「違法かどうかなんて、今はどうだっていい。俺はあいつの剣だ、だから戦う。あいつに会うまでは何も考えねぇし、あいつの口から聞いたこと以外は信じねぇって決めた! それだけだ!」

 それは、そんな潔い思考停止宣言を叫んだ時だった。


「――伏せろ」


 誰も居ないと確認した筈の方角から、たった一言。
 聞こえたのは、命令口調の不遜な物言い。
 振り向く必要なんてない。セイスは反射的にリリーの肩に手を回し、そのまま地面に伏せった。

「『貴様ら全員水泡に帰せ! ――“アクアシェイド”!』」

 セイス達が伏せるまで、男達はその存在に気付くことすらなかっただろう。何せ彼の背は低く、セイスの後ろに立つだけで正面からは全く見えなくなってしまうのだから。
 対応出来る訳がない、――突如現れた、中空を舞う無数の水刃に。

「な……」
「何!?」

 直線状に飛んでいく水の刃に襲われ、男達が次々に悲鳴を上げて倒れていく。その様を伏せった状態のまま見ていたセイスが絶句、突然その場に倒されたリリーは反射的に目を閉じているらしく、男達の悲鳴を聞いて慌てている。

「立て、走れ」

 けれどそんな心の変動など、誰も待ってはくれない。伏せる二人の首根っこを掴んでそう言った彼が、遠慮ひとつなくそのまま二人を力任せに引き上げた。思わずうめき声を上げる二人だったが、彼はそんな時間すら許してくれない。

「変な声を上げていないでさっさとしろ、捕まりたいなら話は別だがな」

 そんなすました声。たった半日にも満たない間離れていただけだというのに、大変なことに巻き込まれていたからか、その声が酷く懐かしく感じる。見慣れたマント姿の後ろを走りながら、どこか安堵してしまっている自分の存在に気付いていた。


「来んのがおせぇよ」
「すまない、待ち合わせの相手が待ち合わせの場所からかけ離れた場所で迷子になっていてな」

 こんな状況下でもそうしてさらりと冗談を返してくる彼――リアの余裕ある態度に、セイスは思わず吹き出して笑った。
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