永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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一章「憧れの新世界」

24.瞭然

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「居たか?」
「いや、居ない。すばしっこいガキ共が、どこに行きやがったんだ……」

 見知らぬ請負人ラクター達が、見失った少年少女を探して上層区を徘徊する。先程まで五人ばかりだった人数を倍以上に増やしたというのに、その角を曲がって姿を消した彼らを、未だ見つけることが出来ずにいた。

「俺はあっちを探す」
「分かった。……チッ、面倒掛けやがって。見つけたら首領のところに連れて行く前に、また一発殴ってやる」




「俺のこと殴った奴はあいつか、顔は覚えたからなァ……」
「やだセイス、意外と根に持つタイプ?」

 パァン、と。彼らが居なくなったその道端で響く、何かが弾ける破裂音。
 誰も居なかった筈の場所から現れたのは、彼らが探している少年少女達だった。

「どこで殴られたんだ?」
「上層区入って直ぐ。絶対やり返してやる」

 人の居ない道を探し、時には“先程の方法”を用いて身を隠しながら。セイス、リア、リリーの三人は、人気のない場所へと向かっていた。上層区に詳しくないセイスとリリーとは違い、合流したばかりのリアはするすると道を選んで進んで行く。気付けば自分達を探す請負人ラクターまみれになった上層区の街並をすり抜けて、自然区域と呼ばれる森林エリアへ辿り着いていた。
 普段は貴族や子供達が憩いの場として利用する自然公園。けれど今はそんな人の姿もなく、城下にあったものより少しばかり装飾の多い噴水と、石膏で出来たお洒落なベンチくらいしか見当たらない。

「あんた、魔術師だったのね」

 移動距離こそ長くはなかったが、見つかってはならないという緊張感の中過ごしていた所為で、疲労感は一入である。休息を摂る為に人工芝の上に直接座り込んだリリーが、同じく隣に座ったリアを見てそう言った。
 五人もの男達を一瞬にして薙ぎ倒したあの技、否――術。あれは間違いなく魔法の類であり、あの状況でそれを行使出来た人物はリア以外に居ない。宙を舞う水の刃、水の属性を持つ魔術師による攻撃魔法だ。
 ちなみにあの時目を閉じていたリリーはあれに気付いていないので、彼女がリアを魔術師と示唆した理由はもう一つの魔法の方にある。

「あれって水の属性魔法でしょ?」

 セイス達を探す請負人ラクター達の会話を、三人は至近距離で聞いていた。水の属性魔法による“隠伏”の術、見えない水の膜を張り、外から触れられない限りその存在を誰にも悟らせない。その魔法を使うことで、三人は誰にも見つかることなくここまで退避出来たのだ。

「隠していたつもりはない」
「剣が無くても戦えるって、そういうことだったのか」
「戦えただろう?」
「そうだな、やっぱりお前ただサボってただけじゃねぇか」
「さて、一旦状況を整理しよう」

 セイスの愚痴はさらりと無視された。このまま睨んでいたところでリアは取り合ってくれないだろうから、セイスはひとつ溜息を吐いて、二人に倣ってその場に座り込む。
 それから改めて口を開き掛けたのはリアだったが、その言葉を遮るようにして「待って」と口にしたのは、桃色の瞳に真剣さを宿すリリーその人だった。

「その前に、はっきりさせて」

 そう続け、セイスが無造作に膝上に置いた剣を一瞥する。

「この剣のことよ。場合によってはあたし、パパにあんた達のことちゃんと言わなきゃだもの」
「……どういうことだ?」

 リリーの視線は、真っ直ぐリアへと向いていた。それもその筈、リリーが疑っているのはセイスではない。この剣の持ち主がセイスでなくリアで、自分はただ借りているだけだとセイスから聞いたその時から、リリーの疑いはリアにのみ向いていた。

 訳が分からない様子で眉を顰めたリアは、リリーの視線から冗談ではないことを察しているようで、視線をちらりとセイスに向ける。説明しろといわんばかりのそれに対し、セイスがリアと別れてから自分の身に起こった出来事のあらましを話したところ。

「――この剣が偽物だと?」

 それはまるで不愉快を体現するようにぴくりと、片方の目元の筋肉だけが動いた。

「おいリリクス」
「な、何よ、突然名前で呼んで」
「貴様の父親は相変わらず、目利きの才能だけはないな」

 そしてリアはリリーに向け、嫌悪感全開でそう吐き捨てる。
 数秒の沈黙。天使が通ったかのような静けさの後、――突如父をディスリスペクトされたことに気付いたリリーが、威嚇のように吼えた。

「なぁんですってぇ!? いきなり何よこの無愛想お坊ちゃま! 突然パパに何の恨みがあるっての!?」
「ないものをないと言って何が悪い。あいつに目利きの才さえあれば、セイスがここまで追い回される事態にはなっていない」
「元はといえばあんたが何の説明もせずにセイスを一人っきりにしたのが問題でしょ!? 責任転嫁してんじゃないわよ!!」

 気付けば言葉の応酬が激化し、リアとリリーの口喧嘩へと発展していた。セイスは呑気にもほっと一息吐いていたので、すっかり置いてけぼりを喰らっている。今は喧嘩などしている暇はない筈だ、と止めに入るのは容易だが、面倒だったのでその勢いを殺すことなく話を進めさせてもらうことにした。

「リア、この剣って結局何なん?」
「良いことを尋ねてくれたなセイス」

 胡坐を掻いた姿勢を倒し後ろ手を突きつつセイスが尋ねると、リアが待ってましたといわんばかりにセイスの膝上の剣を手にする。元よりリアのものなので何の抵抗もせず剣を受け渡したセイスは、リアの手の中で縛られた紐がするりと解かれるのを見た。

「セイス、貴様が抜け」
「え……良いのか?」
「今この剣は貴様に貸し渡しているものだ。己の手で確認しろ」

 それから直ぐに剣は膝の上に戻されて、セイスは思わず居住まいを正して剣を手にする。

「貴様も見ていろ、勘違いに気付いた暁には、ムジク共々土下座で謝罪してもらうからな」
「ふーんだ、っていうか何であんたがパパのこと呼び捨てにしてるのよ」
「黙れ」

 二人の言葉を遠くに聞き、セイスは剣に両手を掛ける。そのままゆっくりと剣を鞘から引き抜くと、長らく待ち望んだ剣の全貌が明らかとなった。
 真っ直ぐに伸びた剣身の形は、ごく普通のバトルソードに似ている。鍔の装飾とは打って変わり刃の部分は非常にシンプルな作りになっており、鋭利な切っ先は切れ味に申し分なさそうだ。

「歴史書に記された通りだ」

 この剣を初めて手にした時のプレッシャーが嘘の様に、あっさりとその姿を現した。セイスはほうと息を吐いて感動し、まじまじと剣を見つめる。この剣の為にした苦労のことなど、既に頭からはすっぽ抜けていた。

 ごく普通の形をした剣に手を沿え、その――ごく普通とは呼べない姿に目を奪われる。
 時の英雄、かの英雄が振るったとされるクロノアウィスの最大の特徴、それは。

「“宝石と違わぬ光輝”……凄いな、向こう側が透き通って見える」

 紅色に透き通った、宝石以上に美しい剣身。
 思わず持ち上げ空に透かせば、陽の光を受けた剣は、その紅を一層色濃く輝かせた。

「セイス、もしや貴様……」
「ああ、クロノアウィスのことは多少知ってる、本で読んだから」
「そうか、ならばリリクス、教えてやれ」

 綺麗だなぁと剣を見るセイスの横からリアが言い、先程から一向に言葉を発していないリリーに気付いたセイスがリアに同じく彼女を見た。すると彼女は何故かあんぐりと口を開けていて、ぷるぷると震える指先を力無くこちらに向けている。一体どうしたというのだろうか、セイスは剣とリリー、そしてリアを見比べて、小さく首を傾げた。

「せ、セイス、その剣、何だか分かってる……?」
「クロノアウィスだろ? ……模造品だっけか? まぁいいや、で? 結局これって真剣じゃないのか? 真剣は違法だって聞いたけど」

 やっとのことで絞り出したかのようなか細い声音でリリーが問うも、セイスの傾げた首は未だ戻らない。

「クロノアウィスは、紅の剣身を持つ剣。けど、その剣身の材質は秘匿されてるから、誰にも模造することなんて出来ないのよ」
「へぇ……」
「だから、真剣以外の模造剣は、その剣身を普通の剣と同じく普通の金属で作るんだって」
「そうなのか。……え?」

 剣に見惚れるあまり、返事が若干曖昧になっていた。けれど少しずつ理解が追い付いていき、セイスはゆっくりと、空に掲げていた剣を膝元にまで下ろす。
 リリーの話をまとめると、真剣でないクロノアウィスの模造剣は、剣身部分が普通の金属で作られるのだという。紅色の金属で作られている模造剣もあるのだそうだが、こうして宝石と見紛う程に美しい剣身は、世界にただひとつしか存在しないらしい。

 ひとつしか存在しない。それが今目の前にあるのだから、認めざるを得ないのだ。

「じゃあ、これって……!」
「本物の宝剣クロノアウィスってことになっちゃうんだけど!? 嘘でしょ!? 何でこんなところにあるのよぉ!!」

 この剣は真剣かそうでないかなんてことで言い争われる模造剣などではない。――宝剣クロノアウィスそのものだった。
 その事実を知った二人の反応には、随分と温度差があった。キラキラと瞳を輝かせて剣を至る角度から眺め始めるセイスと、甲高い声を上げて頭を抱えるリリー。反応というより、感情に温度差がある。

「なぁなぁリア! 何でお前が宝剣なんて持ってるんだ? 王都の人間だからか!?」
「そんなところだ。詳しい事情は省くが、正当な理由で所持している」
「本当でしょうね!? 嘘とかじゃないわよね!? こんなことなら模造剣であってくれた方が良かったわ! 本物の宝剣……国宝よ!? どうするのよそんなの持ち歩いて!!」
「とりあえず貴様は落ち着け、本題はここからなんだぞ」

「すげぇ……これがレイソルトの剣……!」
「パパに何て説明すればいいのよ……!?」
「……聞いてるか?」

 それぞれに喧しい二人の相手を一定のテンションで続けるリアだったが、何を言ったところで全く落ち着かなそうなので、五分だけ待ってやることにした。


 そして五分後、全く落ち着かない二人に痺れを切らしたリアが水魔法を発動させ、びしょ濡れになった二人がその場で正座させられることになったのは言うまでもない。

「状況を整理するぞ」
「「はい」」


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