永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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二章「憧れの裏世界」

33.馴染_前

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 シロツキが席を外すと言って部屋を後にした際、扉を背にして守るように立ち尽くしていたベクターもまた、共に部屋を後にした。軍部関連の用事だったのだろう。黙って頭を下げ、部屋を出ていったベクターにつられ、セイスも黙って頭を下げた。それから、部屋に残された他三人の様子を窺う。
 隣のリアは相変わらず、難しい顔をしてベッドに座っている。逆隣のリリーは木製の椅子に座って居住まいを正したまま喋り出すこともなく、ムジクはムジクで腰掛けた机の上でふんぞり返ってこちらを見ているだけで……。

「……ん?」
「坊ちゃんの友達の癖して、繊細な神経をお持ちのようだな?」

 そう、ムジクはこちらを見ていた。挙動不審に辺りをきょろきょろ見回していたセイスの様子を。一瞬反応が遅れてしまったものの、問われた言葉を脳裏で反復し、その意味に気付けばセイスが零せたのは苦笑いだけ。はは、と乾いた笑みを口にして、セイスはあからさまに視線を逸らした。

「ああ、馬鹿にした訳じゃないんだ。寧ろ正常な神経だと思ってな」
「もう、パパはセイスに絡まないの!」
「良いだろ別に~」

 まるで、悪い大人に絡まれたような雰囲気だったからだろう。リリーがごめんね、とムジクを制するが、別段セイスとて、彼と話をするのが嫌な訳ではなかった。

「良いよ。本当のことだし。シロツキさんの話を聞いて、少しビビってたっつうか……」
「あいつ、子供相手にも容赦ないんだよな。もう少し優しく話をするってことが出来ないのかね」
「理路整然としていて、分かり易い話し方だったと思うが」
「坊ちゃんは黙ってなさいよ」

 一番年下のリアが不思議そうに首を傾げたが、お前は普通じゃないとムジクにきっぱり切られてしまい、少し不服そうに目を細めていた。

「さってと、これでこの前の騒動で何があったのかってことは何となく分かったが、結局のところ、ジゼルが何でンな無茶苦茶なことをしでかしたのかってことと、」

 それは、机から降り、大きく伸びをしてから腰に手を置くムジクの言葉だった。前半部分を軽く聞き流し、余裕が出てきたセイスもまた、後ろ手を突いて楽な態勢を取ろうとしたのだが。

「――その依頼主のお嬢さんのことはさっぱりみたいだな」
「ぐっ!」
 
 思わず手が滑り、そのまま、仰向けにベッドに倒れ込んでしまった。
 彼女に関する数少ない情報を持っているのは間違いなくセイスであるにも関わらず、先程はそれを言い出すタイミングを逃し、結果として隠す形となってしまった。正直、かなり後ろめたい気持ちを抱いている。

「……セイス」
「ん、ん? 何?」

 そして、セイスが件の彼女と知り合いであることに気付いているであろうリアが今、セイスの横でじっとこちらを見ている。おずおずと起き上がりながら返事をしたが、視線を返すことが出来なかった。
 そんなセイスの胸中を余所に、リアが口にしたのは全く別の話だった。

「あの時はゆっくり出来なかったからな。シロツキが戻るまで、王宮内を案内しよう」

 そっと、無駄のない動きで立ち上がる。けれどそんなスマートな動きとは裏腹に、その表情はまるで悪戯を思い付いた子供のようで。
 リアのそんな珍しい様子を見たからだろうか。セイスは呆気に取られたものの、それは数秒足らずのこと。

「……」
「? どうした、行きたくないのか?」
「行く!!」

 セイスも直ぐに立ち上がり、笑ってその申し出を受け入れた。
 長い話の後に訪れた、楽しい時間の始まりである。


 ◇


 これは当たり前のことなのだが、王宮内は沢山の人に溢れていた。上層区に暮らす貴族達は勿論、メイド服の使用人や鎧姿の軍の者。前から歩いてくる者は皆何らかの挨拶を残し、騒ぐことなくすれ違う。
 これが本来の王宮の姿。一派の者以外誰も居ない、張り詰めた緊張だけが漂っていた三日前の状況しか知らなかったセイスには、それだけで充分過ぎる王宮探検となっていた。

「リア、あの人達はお前のこと知ってんの?」
「いいや、正確には知られていない。王宮内部は原則誰の出入りも自由だが、爵位を持つ貴族だろうと、身の回りの世話をしてくれる使用人だろうと、僕がルクセルドぼくであることを知らない」

 先頭に立って案内をしてくれるリアの後ろ姿に問えば、そんな回答が返って来た。
 彼の英雄、レイソルトの血を継ぐ者は多い。けれどその英雄の血筋を絶やさぬ為、彼らは普段の生活の中ではミドルネームを名乗り、決して己の正体を明かさないのだという。本当の名を知るのは、親族と呼ぶに相応しい身内だけ。現王の息子であるルクセルドの存在は国民全てが知っているも、その素性は王子として正式に即位するその日まで明かされず、今ここを歩くリアが次期国王そうであることは誰も知らないのだ。

「と言っても、王家の血筋を持つ者は皆王宮や離宮に住んでるから、坊ちゃんが王家の人間であるってことは皆知ってるんだけどな」

 そして更なる補足説明。それは前からではなく、セイスの後ろからついて来ているムジクから成された。
 王宮や離宮に住まう王家の者であれば、誰だって次期国王に成り得る存在だ。誰がどんな血筋の者であるかは明かされずとも、王家の者達は王国軍によって守られている。

「……ムジク、何故ついて来ている?」
「このまま姿眩まされたら、俺がシロに怒られるだろうがよ~。見張りですよ、リア坊ちゃん」

 ちらりと背後を一瞥したリアの表情は物凄く不機嫌そうだったが、そんなリアの視線には慣れっこなのだろう。ムジクは後頭部に手をやり、軽い口調でリアを往なしていた。

「ねぇ、あんたさ」

 そして今度の声も、セイスの背後から。ムジクの隣を歩く、リリーから発されたものである。

「僕か?」
「そうよ、あんたよ」

 セイスもそうだが、リアの身分が割れた今もリリーはリアを特別扱いせず、今まで通りの態度を貫いている。最初こそ戸惑っている風だったが、持ち前の据わった肝っ玉のお陰で、彼女も本調子に戻ってきたらしい。

「何か、皆があっさり受け入れてるから聞きにくかったんだけど……」

 けれど、それを尋ねようとするリリーの口調は随分と歯切れが悪い。
 視線で差されたリアが首を傾げ、リリーはそんなリアを、難しい顔で眺めていた。

「あんたって、シロツキ様の弟なの……?」

「…………は?」
「は?」
「……え?」

 リリーの問いに対して声を上げたのは、順番にリア、ムジク、そしてセイスだった。要するに全員である。それぞれがそれぞれ違った意味合いを込めて声を上げたのだが、原因がリリーであることに変わりはない。出来る限り声を潜めて問うた当人もそれを察し、慌てて両手を前に出し弁解した。

「え!? だってそんなのあたし知らなかったし! パパが知ってるのは何となく分かるけどセイスまで知ってて、何かあたしも知ってる人前提で話進んでるから……!」
「り、リリクス、お前、知らなかったのか?」
「知らないわよ! だってパパ教えてくれてないじゃん!」

 年頃の女子の中では比較的低身長の娘を見下ろし、ムジクが吃った。リリーは至近距離でムジクを見上げて、現在地も忘れてきゃんきゃんと吠えている。

「いや、教えるも何も、だってお前」
「ムジク、いい。わざわざ言う必要はない」
「悪い坊ちゃん、流石に坊ちゃんが不憫過ぎるから説明さしてくれ」

 セイスがリアの素性を知っているのは本人から教えて貰ったからであるし、リリーもリリーでノースウィクス一派首領の娘だ。その辺の素性くらいムジクが説明しただろうと思われていたが、全然そんなことは無かったらしい。寧ろムジクは、“リリーが知らないことを知らなかった”ようで、その根拠を話そうとすればリアに止められる。けれど何か思うところがあるのか、静止を振り切ってその話を続けた。


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