永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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二章「憧れの裏世界」

  区切_後

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「ええと、話を戻します。私が王都の異変に気付いたのは、王からの手紙を受け取ったからです」
「父上から?」

 少なからずダメージが蓄積されたムジクは放置され、シロツキの話は続く。
 思いがけない人物の名前が挙がり、瞠目したのはリア。王とは言うも、彼にとってはただの実父。三日前には自分と同じく王都を不在にしていた彼の人の名前を受け、驚いた様子を見せたのだ。

「ああ、違う違う。あくまでも王からを“装った”手紙が届いたんだ。急用が出来たから自分の元に来るようにと」
「偽物だったということか」
「その通り。元より手紙などよっぽどのことが無ければ寄越す方ではないし、半信半疑ではあったけど……無視は出来ないだろう」

 国王からの手紙など、言わば勅命と呼ぶに相応しい。確証がないからといって無視出来るものだろうか、答えは否に決まっている。

「ですので私は、リアを連れて目的地に向かっている途中でしたが……宝剣の輸送をリアに任せて一時離脱しました」
「今更だけど、王子を一人にしたり、宝剣を野放しにしたり……結構無茶苦茶なことしてたってことなんじゃ……?」
「返す言葉もありません」

 セイスの指摘に対しては、頭痛に堪えるようなポーズで頭に手をやる他ないシロツキだった。

「僕の身分はあくまでも上層区暮らしの悪ガキだ。一人にされたって大した危険などないし、問題もあるまい?」
「本当そうなんですセイス殿、一番の問題はこのバカに自覚がないことなんです。私の苦渋の決断など何も伝わっていない……」
「苦労してるなぁ、シロツキさん」

 そして話が進む度にシロツキの苦労を感じるセイスだった。丁度二人の間辺りに位置するリアは、涼しい表情で全く分からない顔をしている。シロツキの悩みの種は尽きることがなさそうだ。

「身分も忘れて勝手に人を保護するし、」

 セイスのことである。

「大人しくしていろと指示を出したにも関わらず勝手に王都に戻るし、お前はほんとに……!」
「その説教は昨日受けた筈だ、蒸し返すのはやめろ」
「坊ちゃんがお前の言うことなんて聞く訳ないだろ、ほら、続きを話せ」

 このままではシロツキが本格的に嘆き始めてしまいそうだったが、すんでの所でそれを止めたのは最年長のムジク。どうやら自らの蓄積ダメージは昇華し終えたらしい。面倒臭そうなものを見る目でリアが文句を返すのを遮って、ひらひらと適当に手を振った。それを受けたシロツキは直ぐに切り替え、軽い謝罪の後に主題へと戻る。

「不必要な情報は省きますが、離脱した先で手紙が偽物である確証を得ました。そしてそれは、ジゼル殿が私に向けて寄越した宣戦布告の書状だということも判明した」

 目だけ笑っていない笑顔で語られる、あの時のシロツキの動きはこうだ。
 アマレロの町で手紙を受け取ったシロツキはリアと別れ、手紙に記された赴くべき都市へとその足で向かった。けれどそこには何も無く、それどころか彼の身には数々の災難が降りかかった。帰りの道は何らかの事情で封鎖され、回り道として訪れた都市では、無視することの出来ない事件――専ら魔物被害である――が勃発していたりして。本来であれば数日で戻れる筈の道で、どれだけ網の目を潜り抜けようとしても、次から次へと妨害を受けた。
 その時シロツキの脳裏に過ったのは、一人の赤髪が薄ら笑う光景だったのだという。

「私一人に向けてあれだけ執拗に陰湿に策を講ずる男が、ジゼル殿以外どこに居ます?」

「居ないな」
「居ないわ」

 王宮界隈の事情に詳しいであろうリアとムジクの即答に対し、シロツキとジゼルがどれだけ仲が悪いんだろうと思わずにはいられないセイスだった。

「そのまま手をこまねくだけでは王国軍第一師団長の名を汚すことになる。ですからリアにはその場に留まるよう指示を送り、ムジク殿には王国軍宛の書状と共に救援を頼む手紙を送りました」
「……お前、そういうことかよ。あの上層区封鎖の本当の理由って――」
「えぇ、想像の通りです」

 ちらり、と。
 全てを察した様子のムジクから視線を外して、シロツキが見ていたのは。


「私が上層区を封鎖したのは――殿下を王宮に戻らせない為。言ってしまえば私は、彼の襲撃者のことなど全く知りませんでしたし、何よりそんなもの、居ようが居まいが至極どうでも良かったのです。誰に対しても優し過ぎる殿下さえ王都に戻らなければ、不敬罪を以てそこにある全てをこの手で排除出来たのですから」

 “優し過ぎる”と称した、自身の弟。この国を統べる王家の者。
 その視線は敬愛すべき主君に対して向けるものにしては酷く冷め切っており、突如として辺りの空気が凍りつく。ほぼ部外者のセイスにだって、それが良く分かった。
 排除という言葉の意味は文字通り、邪魔な因子を取り除くことを意味する。シロツキはそう言ったのだ、リアが戻らなければ、全て自分が“排除”していたと。

「如何程の理由があろうと、喧嘩を吹っ掛けてきたのは向こうです。私は全力で、その喧嘩を買うつもりでしたよ。ジゼル殿だってそれは分かっていた筈、――何の覚悟もなく、私に喧嘩を売る程愚かな男ではありません」

 この、絶対零度にも近しい空気の中でセイスは、肝を冷やしながらもちらりと脳裏に掠めたあの騒動の終わりについて考えていた。

(宝剣を手に入れる為にこの時代に来たっつってたのに……ミルフィの奴、何であんなにあっさり引き下がったんだろう)

 その理由は、予定よりも早く王国軍に気付かれたから。多勢に無勢では敵わないと考え、転移魔法でその場から逃げ出した。そう考えるのが妥当だが。
 ミルフィは、最後にこうは言っていなかっただろうか。

『ごめんね、そろそろ本当に厄介な人が来るから、私行かなくちゃ』

 大の大人を相手にたった一人で戦えるだけでなく、自分達の前で見せたあれほどの大魔法を扱えるミルフィ。ましてやあの転移魔法があればどこからだって逃げ出せるのに、あれだけ急ぎ足で逃げ出す必要がどこにあったのか。

(厄介な、人)

 そう呼ぶ程に、会いたくない人が居た。そう考えれば、少しだけ納得が出来る。
 ミルフィが恐れたのは多勢に無勢などではなく、その、たった一人の“厄介な人”だったのではないか。ジゼルの施した数々の妨害をたった一人で切り抜け、あの日戻れる筈などなかった王都へ戻った、

 この、冷たいをした師団長を。


「――という、過ぎた話を蒸し返すのはよくありませんね。申し訳ありません、切り替えて参りましょう皆さま」


 ふわりと。その一言を境に、場の空気が元に戻る。
 ぱん、と小さく手を合わせ言ったシロツキの目にも、先程までの冷たい色はない。誰の者とも言い難い、漂っていた緊張が解れていくのが分かった。

「ジゼル殿は、金銭が絡めば絡むだけ扱い易くなる男です。そして先程申し上げたように、賢い男でもあります。ですから、たった一度の依頼の為に王国軍との縁を切るような愚かな行為をする訳がありません。今回の謹慎は、その全てを我々に相談することなく無茶苦茶した反省期間ということなので、文句があったらそれを決めたリアに直接言って下さい。私は後で個人的にジゼル殿と“話し合い”ますので」

 王国軍の師団長として、私情を一切挟むことなく全てを話し終えた……と思いきや、最後の最後で本音が浮き彫りになったシロツキの言葉に思わず笑ってしまったのはムジクだけだった。否、笑えるだけの度胸があったのは、彼だけだった。
 以上です、と締め括られた言葉の通り、話はここまで。何か言いたいことはありますか? と言わんばかりに順番に視線を周りに向けるシロツキに対し、その場に居る誰もが口を開くことはなかった。

「では、私共からの話は以上です。後の出来事は皆さまの方がご存知のことと思われますし、ジゼル殿に依頼を出した件(くだん)の少女については現在、王国軍が死力を尽くして調査しております。何か分かり次第お伝えしますので、もう暫く情報をお待ち下さい」


 そうして、陽凰宮の一室でひっそりと行われた報告会が終わった。ほんの少しの沈黙の後、少し外しますと自室を後にしたシロツキの後ろ姿を見遣ってから、セイスが思ったことはただひとつ。
 騒動にこそ巻き込まれたものの、初めて感じた何とも言えない重苦しい話し合いの様子を目の当たりにして、

(俺、ここに居て良いのか……?)

 自分の存在の場違い感が、物凄く否めなかった。

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