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二章「憧れの裏世界」
32.区切_前
しおりを挟む王宮内にある、王国軍第一師団長自室にて。
集まった此度の騒動の関係者を前に先陣を切って話し始めたのは、部屋の主であるシロツキだった。
「皆様、本日はお集まり頂きありがとうございます。本来であれば応接室にお招きしたかったのですが、リア様がどうしてもここが良いと駄々を捏ねますので、こちらのような狭苦しい部屋に集まって頂くことになってしました。大変申し訳ありません」
「来る面子が分かっているのだから、応接室などという堅苦しい場所でなくとも良いだろうって言っただけだ」
頭を下げるシロツキを余所に、リアは腕を組んでふんぞり返っていた。セイスには分からないが、今日ここに集められたメンバーは所謂ただの知り合い、というだけの仲ではないのだろう。少なからず、リアにとっては気心の知れた相手ばかり故に、身構えて話を聞く気はない。そういったところだろう。そんな中に自分が居て良いのか些か不安なセイスだが、近くに座るリリーが高速で瞬きをしていることに気付き、多分彼女も同じ心境なのだなと勝手に仲間意識を芽生えさせていた。
ちなみに先程シロツキが狭苦しいと表現したこの部屋だが、実際そんなことはない。王国軍第一師団長に宛がわれる部屋だ、大の大人が四、五人居たとて広々としているし、何より物がそんなに置かれていない。整頓も行き渡っている為スペースには困らないし、清潔感に溢れる良い部屋だということが、セイスの目から見ても分かった。
「シロ、騒動の話をしてくれるのは良いが、役者が一人足りない気がするのは俺だけか?」
シロツキとリアが視線で喧嘩していたるところに、ムジクが割ってそれを指摘する。彼は無遠慮にも壁際の机の上に座っているのだが、問われて視線を自室の時計に向けたシロツキも確かにそうだと思ったようで、はて、と小さく首を傾げてそちらを見た。机の上に座っていることには文句ひとつないようだ。
「おかしいですね、ムジク殿と違って、彼は時間には五月蠅い筈なのですが」
「さっきカタリナにどやされていたぞ」
「ああ、カタリナに。ならば仕方ありませんね」
何が仕方ないのかはセイスには分からない。だが、何者かの遅刻の原因が仕方ないで片されたようなので、セイスはそれだけを理解しておくことにした。更に言うとシロツキが零したムジクに対する嫌味のようなそれは、リリーが父の脇腹をグーで殴るという形で処理された。
「では気を取り直して」
こほん、とわざとらしく咳払いをすることもなく、シロツキは今日皆に集まって貰った理由を話し始め、皆はそれに耳を傾けた。
「ムジク殿が申しました通り、今日は皆様に、先日の騒動の件でお集まり頂きました。騒動の早期終息に助力下さった皆様に対し、我々王国軍にはその説明責任があります。事実確認に数日の猶予を頂きお待たせしてしまったこと、そしてあの日私やリア様の無茶に付き合わせてしまったこと、不満も募っておいででしょう。我々も深く反省しておりますが……まずはどうか、我々からの話をお聞き下さいますよう、お願い申し上げます」
――三日前。
王都ネビスの上層区は、仕事請負人の一派、クィント一派によって制圧された。依頼の為にしか動かない請負人にその依頼を出したのは、まだ歳若い、少女と呼んでも差し支えないあどけなさを残した、一人の女だった。
「依頼の内容は、“王都ネビスの王宮内にある、宝物庫までの護衛”。随分と大金を積まれたのでしょうね、あのジゼル殿が王国軍に仇なす依頼を受けたのですから」
依頼については宝物庫でジゼルが言っていた。その依頼を完遂したにも関わらず、部下を傷付けられた為に彼はセイス達の元に王国軍を呼び付けたと。依頼主――ミルフィは逃げてしまったが、何故宝物庫に侵入したのかの目的も分かっている。狙いはあの、真白いの聖堂に置かれている筈だった――唯一無二の紅剣。
「彼女の目的は、宝剣の奪取。……でしたよね、殿下」
「そう言っていた。その為に、“この時代に来た”と」
話を振られたリアの言葉の意味を理解出来たのは、恐らくセイスだけだっただろう。けれど今自分の話をしても話が拗れてしまうだろうし、信じてもらえる保証もない為、セイスは黙って話を聞いていた。
「この時代、という言葉の真意はさておき。ここまでの話を鑑みて、私共はジゼル殿の謹慎を三日間から二日間に縮めました」
「……えっ、パパ、どゆこと」
「あとで話してあげるから、静かに聞いてなさい」
シロツキの話を邪魔しない程度の声音で呟き、リリーがムジクの袖を引いた。何故ジゼルの謹慎期間――優しい言い方をしているが、要するに地下牢にぶち込まれる期間の話である――が短くなったのか、リリーには理解出来なかったらしい。ちなみにセイスも勿論分かっておらず、リアとシロツキの二人を交互に見比べている。
「シロツキ、説明してやれ。子供達だけ置いて話すのは可哀想だ」
横からの視線が痛いと言わんばかりに死んだ目のリアが指示する。お前が一番年齢的に年下だろ、というツッコミが普段であれば飛んでくるところだが、セイスとリリーの二人にはそんな余裕すらなかった。
「一応、重要機密として秘匿している内容なのですが……リア様が仰るのであれば」
「あとその薄ら寒い口調(強調)、そろそろやめろ。ここには素性を知る者しか居ない」
依然として他人のベッドの上を占領し、偉そうに腕を組んだまま告げるリア。それを受けたシロツキは呆れた表情を見せたが、セイスとリリー以外の大人二人は、表情を変えずにシロツキを見た。
「お前の態度がお気に召さないようだぞ、シロツキお兄ちゃん」
「外に人が居ないことは私が確認しておきますので問題ありません、団長」
ムジクは茶化して、ベクターは生真面目に。
表情を変えないまま両極端に気を遣われ――ムジクのそれは気遣いではないかも知れないが――、シロツキはここでひとつ、大きな溜息を吐いた。
呆れの色は消えていない、そう、この溜息は、半分以上がただの諦めから吐かれたもの。
「ジゼル殿は、知っていました」
そして続けられた話の、シロツキの言葉から、
「賊の狙う宝剣がその日王宮に存在しないこと。それと、――この無鉄砲な愚弟が王都に居ないことを」
実弟に対しての堅過ぎる敬称が消えた。
「あの時のリア様と私は、とある研究機関に向かう為に王都を離れておりました。クロノアウィスは未知の剣、未だ我々の計り知れない可能性を秘めた剣です。それ故、定期的に王都から持ち出し、ここから遠く離れた地で秘密裏に手入れや調査を行っています。この情報は王国軍の者、王家の人間でさえ、信頼の於けるごく僅かな者にしか知らされておりません。ですからセイス殿、リリクス殿も、そのように心得て下さい」
「は、はい」
「……ってことは、それをジゼルさん……? も、知ってたってことか?」
どうやら随分と重要な話をされているらしいが、正直宝剣関連の緊張感は既に限界を突破しているセイス。震え声で返事をするリリーとは裏腹に、ジゼルの謹慎期間が短くなった理由に思い当たり、真っ直ぐシロツキの目を見てセイスは問うた。
「はい。日頃世話になっている二大一派の首領であるジゼル殿、そしてムジク殿には事前にお伝えしております。……何よりジゼル殿はリアのお気に入りなので、私が黙っていてもリアが勝手に話してしまいます」
「何だ、文句あるのか」
「文句しか無いけどな? お前は国家機密だろうと、日常会話に交ぜ込んで直ぐ話すだろ。私の知らないところで何かしでかしてないだろうな……?」
例えば、見ず知らずの他人に宝剣貸しちゃうとか。
リアに対してだけ随分と砕けた口調を使うようになったシロツキの胃に穴を開けたくなかったので――態度で分かるが、随分苦労しているらしい――、セイスは珍しく空気を読んでその一言を呑み込んだ。
「話す相手はちゃんと選んでいる」
「嘘付け黙ってろ」
シロツキは一度リアを睨みつけ戯言を一蹴した後、話を再開した。流石、リアの扱いに慣れている。
「ジゼル殿は、宝剣が王都に存在しない日を狙って依頼主の依頼をこなした。そこに宝剣がなくとも、依頼内容である“宝物庫までの護衛”は完遂出来ますから。……それによって部下が傷付けられるというシナリオは、予想外だったのでしょうけど」
「リア、あの人達大丈夫だったのか?」
「ああ、皆無事だそうだ。重傷者も居たが、命に別状はないらしい」
宝物庫内部で傷だらけだったクィント一派の者達の無事を聞き、セイスはほっと胸を撫で下ろす。彼らには後頭部を殴られたり、都市中を追いかけ回されたりと色々されたが、だからといって死んで欲しいなどとは思わない。
「私やリア、王国軍、他一派の者。全てに黙ったまま計画は決行され、最小限の被害で事を済ませるつもりだったのでしょう。……まぁ、そう簡単ではありませんでしたがね」
「おいシロ、お前はリア坊ちゃんと別地に向かってたんだろ。どうやって王都の異変に気付いたんだ?」
ジゼルの誤算を嘲笑うかのように口角を吊り上げていたシロツキには悪いが、ムジクが軽く首を傾げてそう問うた。
「そっか、パパってシロツキ様に頼まれて王都に向かったんだもんね」
「シロから人伝に手紙を受け取ったからな。お陰で貴重な休日を返上する羽目になった」
「それは、本当に申し訳ない……」
確かにそうである。シロツキはリアと共に、騒動が起こる数日前には王都を離れている。どこでそれに気付く機会があったのか、ムジクはそれが気になったようだ。
「心配しないでシロツキ様! ママはシロツキ様の大ファンだから、さっさとパパを追い出したって言ってた!」
「リリーちゃん、悲しくなる身内エピソード暴露するのやめよう? パパのHPがいきなり瀕死だから」
その結果、娘からのクリティカルアタックを食らう羽目になるムジクだったが。
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