永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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二章「憧れの裏世界」

34.白月

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 その後も一向に言い合いをやめない二人だったが、シロツキはそれをそそくさと黙らせ、話の続きがあることを伝えた。けれどそれは先程のような事務連絡ではなく、時間があれば話しておきたい程度のもの。戻れる者だけ部屋に戻って欲しいと最後に付け加えられる。

「ムジクとリリーは仕事もあるでしょう」
「実はそうなんだよ、後で概要だけ教えてくれ。リリーは置いてく、この子仕事ないし」
「そうやって半人前だからって雑に扱う!」

 ムジクはシロツキの言葉に甘え、請負人ラクターとしての仕事を優先し、リリーを置いてそのまま王宮を後にした。置いて行かれたリリーは非常に不服そうだったが、半人前の自覚がある為か、はたまたこちらの用事が気になるからか、大して反論せず残ることにしたらしい。ちなみに軍の用事でシロツキと共に姿を消したベクターも、本来の仕事に戻ったようだ。

「東門の門番なのに、ベクターさんって結構うろうろしてるよな」
「あたしも思った」
「ふふ、ベクターの本来の仕事は門番ではなく、城下の警備全般ですよ。彼には城下警備の責任者を任せていますので」
「「え」」
「彼は、第一師団の中でも優秀な人材ですからね」

 知りませんでした? とシロツキ。ただのちょっと強面な門番だと思っていたセイスとリリーは、ベクターが門番であることを教えてくれたのは誰だったかと考え、即座にリアへと視線を投げる。

「ただ詰所に篭って指示を出しているだけなど、性分に合わんのだろう。昔から馬鹿に真面目な奴だ」

 無論、リアはそのことを知っていたようだ。敢えてその説明をしなかったのだろうが、自身の素性を明かしていなかったのだから無理もない話である。残ったセイス達はそのまま、元来た道を戻る形で王宮内へと戻った。
 シロツキの自室へと戻る道すがら、セイスは気になることを問うべくシロツキの方を見た。鎧を纏っていた時のシロツキには、臆して尋ねることなど出来なかったのだが。やはり雰囲気の差か、今のシロツキとであれば、正面から顔を突き合わせることが出来る気がした。

「シロツキさん、さっきムジクさんが言ってた……そのー……」
「……ああ、“エーデル”のことですか?」

 流石はリアの兄、人の言いたいことを察する能力に長けている。
 セイス自身、多少察してはいるものの、先程ムジクが呼んだ“エーデル”という名が気になっていた。そしておずおずとそれを尋ねたセイスに対し、シロツキは嫌な顔ひとつせず答えてくれる。

「端的にいえば私のことです。シロツキ=エーデル・ブライド、それが私の王族としての名です。普段は色々と面倒なので、母方の姓を借りてゼルミナクを名乗っているけどね」
「そうだったんですか」

 リアの兄である彼が、現国王と血が繋がっていないことは聞いた。けれどブライド王家の血筋であることには違いないとも聞いている。王位を継承する権利はおおいに存在するだろうに、何故彼は王国軍に所属しているのだろうか。それを尋ねようとしたセイスだったが、ふと隣の水髪が視界の端でわなわなと震えていることに気が付いた。

「え!?」
「リリー?」

 どうやら再び、彼女、リリーの知らない真実が、この場で露呈されたらしい。

「し、シロツキ様ってエー」
「リリー」
「デ……あー、ごめん。ええと、エーデル様、だったんだ……」

 物凄い大声で暴露しそうになるのをリアに制され、ギリギリで踏み止まったリリーが小声で呟く。最早恒例であるが、セイスが知らないことはリリーも知らないに同義。初めて知った知人の素性を聞き、リリーは続いてはぁ、と小さく溜息を零した。

「あー、確かに、時期国王となる王子以外の王位継承権所持者って、位が上の人が死んだりしない限り永遠に本名分からないで終わるのよね……エーデル様って、病気か何かでもう何年も人前に姿を見せてないって……そっか、シロツキ様が。知らなかったなぁ、はぁ、とりあえず後でパパ殴ろっと」
「私が口止めしていたんです、誰にも言わないで欲しいと。私はリアが居なくとも王位を継ぐ気など更々ないのですが、それも含め、バレると上も下も五月蠅いでしょう。だから、リリーも知ってしまった以上、黙っていてくれると嬉しいです」

 さらりと再びムジクが殴られることになったが、それはさておき。
 シロツキの言う“上”は王家の者で、“下”は王国軍の者や民達だ。エーデルは確かに自分だが、シロツキはこれからも王家の者エーデルとしてではなく、師団長シロツキとして生きることを望んでいるらしい。
 子供相手に対しても、シロツキはそうやって真っ直ぐに自分の思いを伝えた。そしてそれを受けたリリーは勿論、同時に視線を寄越されセイスもまた、大きく首肯し意を示す。

「シロツキ様が望むことなら、あたしはそれを応援するわ。セイスも黙っときなさいよね」
「分かってるっつの。第一、エーデル様の名前は俺だって聞いたことあるし、そんな人が軍人やってるなんて言ったところで誰も信じやしねぇよ」

 リリーが強く忠告するので、セイスは一歩引きながらそう答えた。シロツキはですよね、などと言って笑い、リリーもそれにつられて笑う。セイスも笑みを浮かべたが、その実、――突如自身の中で浮上した事実に、凄絶な焦りを感じていた。

 先程の己の言葉が、何度も何度も意識下で反芻される。

『エーデル様の名前は俺だって聞いたことあるし、』

 それは嘘ではない。確かに聞いたことがあるのだ。三日前にリアがちらりと零した名前の中にあったことも覚えているが、それではない。この時代に来るよりも前、自分が生まれたあの時代で。
 あれはそう、確か本で見たのだ。セイスの好きな歴史書ではない、近年の魔法科学の発展に関する本。セイスは魔法科学に興味がない為、読んでいたのは自分ではなく、親友のユヤだったが。セイスが興味を示しそうな内容を見つけ、分かり易く説明を交えて教えてくれたのがユヤだった。彼の分かり易い説明のお陰で、今もその記憶が残っている。

(エーデル様は、魔法壁の開発に深く携わった人だ。王族でありながら知略に優れ、各地の研究者達と共に研究に携わった。出来っこないと誰もが馬鹿にした研究を支援し、共に魔法壁の完成させた人)

 そして。
 その続きが、あの時のユヤが話してくれたそのままに、脳裏に再生される。

『その功績があって、エーデル様を次期国王にって声が広まったんだってさ。だけどエーデル様はそれから直ぐに亡くなられた。最近の王族って大変だよね、死因はまちまちだけど、王位継承権を持つ血族者がもう何人も亡くなられてる』

 当時のユヤの声が、その事実を告げた。

「シロツキさん」
「はい?」

『ん? エーデル様の死因? ――自殺だよ、理由は定かじゃないし、本当かどうかも怪しいけどね』

 遠くない未来の、彼の人の行く末を。

「死なないで下さい」
「勿論です」

 まだ起こっていない未来の話を口にする訳にはいかない。その一言が、未来を変えることに繋がってしまうかも知れないのだから。
 それを分かっていて尚、言わずにはいられなかった。そんなセイスの言葉を聞いても、シロツキは笑ってそう応えるだけだったのだけれど。恐らくシロツキは、セイスが軍の仕事を憂いてそう言ったのだと解釈したのだろう。心配してくれてありがとう、だなんて。柔らかな笑顔を見せてくれる。けれどセイスには、その笑みに応えることが出来なかった。

 初めてだった。今自分が過去に居るという事実を、こんなにも強く痛感したのは。

 今こうして笑って話している相手が、自分の生きる世界ではもう存在しないという可能性。
 史実が教えてくれることが全て事実かなんて分からないが、その未来を想像すること。それが、こんなにも恐ろしい。




(そういえば)

 “エーデル”という名前をどこで聞いたのか。それを直ぐに思い出せたのは、その名を聞き及んだのが比較的最近だったからである。が、セイスには思い出したい既視感の正体がもうひとつ存在した。とはいえそれも同一人物、“シロツキ”という名前のことなのだが。どうも引っ掛かるのだ。恐らくその名も、どこかで聞いたことがある。
 それも元の時代、誰かの口から聞いた。歴史書以外の本は読まないし、書物から得た情報であるとは考えにくい。寧ろ本から得たならセイスが忘れる訳がない為、その可能性は直ぐ様除外出来る。
 一体誰から聞いた名だったか、はたまたそれは名前だったのか。過去の出来事を遡り、拙い記憶の繋がりを辿る内に、セイスはまた、別の誰かの声を聞いた。

『村の人と研究所の人しか知らないから、急に奇麗なお兄さんに声掛けられて吃驚してるんじゃないかな?』
『ほら、怖くないよ。……ふふっ、戸惑ってる。大丈夫大丈夫、ほら、ご挨拶して』

 それは、まだ自分が幼かった頃の記憶。頭上から降り注ぐ優しい声に抱き上げられれば、抱いた不安は自然と薄れていった。
 この声――この記憶は間違いない。


『ごめんね、普段は元気なんだけど。セイスって言うのよ。セイス、この人ね――』
『――シロツキさん、っていうの』


 母、アスティナとの記憶だった。かなり昔、セイスが未だ、母の腹部程までしか身長が無かった頃の話。じわじわと明確になっていくその思い出が確証に変わった刹那、セイスは、呆気に取られて瞠目する。
 それは驚きからくるものではなく、寧ろ喜びからくるもの。まるで、欲しかったおもちゃを見つけた子供のような。

(――そういうことか)

 未来に起こる出来事に憂鬱になっていたのが嘘のように、その真実が、セイスの心の靄を一気に晴らす。
 見つけた事実に口角を吊り上げ、ぐっと、握り拳を固めた。

 やっと分かった。ずっと気になっていたシロツキが誰なのか。
 この時代せかいに於ける自分が、――誰なのか。


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