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二章「憧れの裏世界」
40.寂寞
しおりを挟む呆けた様子のセイスを見て返答を察したリアは、そうか、と短く声を漏らして眉間に皺を寄せる。何か思うところがあったのだろうが、目論見は外れていたようだ。
「あの馬鹿……何年経ってると思ってるんだ。可能性にすら気付いていなかったのか……?」
「リア?」
「貴様の父親、今はカストラの研究所に居るんだろう」
「うん。……え、今? 今……俺の時代では今!」
リアに出会って直ぐの頃、ヤケになって『父親が居る研究所が火事になった』等の話をしたことを思い出しながら、セイスは首を捻って答えた。ある意味で世迷言でしかなかった話を良く覚えていたものだ、と感心すら抱く。リアにはそれがヨシュアであることを話してあるし、ヨシュアとは知己である様子のリアには何かしらの思いがあったのかも知れない。シロツキの手前名前を伏せているのだろうが、セイスの返答を聞けば何だか余計に険しい表情になっていった。
「研究所に入ったのに、性質の研究をしていないのか?」
「心配しなくても、父さんだったら自他共に認める研究馬鹿だよ。性質の研究一筋だし、俺も母さんもそれを応援してる。……性質関連の話なのか?」
フォローのつもりで父の現状を話すも、リアはやはり浮かない表情を崩さない。じっとセイスを見て、否、じろじろと不審者を見るようにセイスの身体を頭のてっぺんから足先まで見回している。何がそんなに彼を悩ませるのか分からないセイスが大人しく居住まいを正していると、コトン、とベッドサイドの机に飲み物を置いてくれたシロツキが笑って合いの手を入れてくれた。
「セイス殿には、性質の素質があるのかも知れない、という話を、リアはしたかったんですよ」
二人で話し込んでいる間に、部屋に置かれたティーセットを使ってお茶を淹れてくれたらしい。王国軍の人間とはいえ、シロツキはリアと同じ王家の人間。自ら給仕をするなど常識外な気もするが、言葉の方に気を取られていたセイスは淹れて貰った紅茶に素直に感謝して、再び瞬きを繰り返した。
「性質……? え、俺に?」
「えぇ。ほらリア、忌々しそうにセイス殿を眺めていないで、話の続きをなさい」
シロツキは、リアの頬に優しく触れた後、自分の分の飲み物を片手にソファへと戻っていった。その促し方が実に優雅であったこと、セイスを我に返らせるには充分過ぎる刺激だった――要は感激したのだ、ブライド王家の人間が動いているだけでセイスは嬉しい――。
そしてそれはリアにとっては日常茶飯事のことだったようで、特に気にすることなく言われた通り話に戻った。
「先に言った通り、時の歪を通って他時代に迷い込んでしまった者が迷人だ。けれどセイス、お前は違った。正確には、お前とあの女の二人だけが、他の迷人と異なる手段でこの時代へとやって来ている」
時の歪は、いつどこに出現するか分からない。先程リアはそう言った。だが、そう言われれば確かに、セイスがこの時代にやって来た方法はおかしかった。セイスは今一度あの時のことを、リアがあの女と称したミルフィとの会話を思い出すべく、視線と共に考えを巡らせる。
「お前はあの女が放火した研究所の中で時を渡り、気付いた時には僕と会ったあの場所に倒れていた。そう言ったな」
「言った。……そう、そうだ。ミルフィはあの時色々言ってた、最初から、この時代に来るのが目的だったみたいなこと」
「地下の宝物庫で会った時もそう言っていた。クロノアウィスを手に入れる為に、この時代に来たと。要するにあの女は、どこに繋がるかも分からない時の歪を通って偶然この時代に来た訳ではなく、何らかの手段を用いて、自らの意思でこの時代にやって来たことになる」
「……? それが、何で性質云々の話に繋がるんだよ。性質の可能性は未知数だって話は父さんから聞いて知ってるけど、そのお陰で時が渡れたとして、その力を持ってるのって俺じゃなくてミルフィなんじゃねぇの?」
「この薄鈍」
「シロツキさんこいつ突然暴言吐きやがる!!!!」
割と真面目に話を聞いていたのに。真っ直ぐな罵倒を食らい、ついシロツキに告げ口してしまったが、王家の者相手に日々不敬を働いているのは間違いなくセイスの方である。視線の先のシロツキはセイスとリアの様子を見ておかしそうに笑っているだけで何のフォローもしてくれなかったのだが、怒られなかっただけマシだったのかも知れない。
そんなセイスに対し、リアは仏頂面で暴言に理由を話した。
「だったら何故あの女は貴様を連れ出したんだ。貴様のようなただの平民、居たって邪魔なだけなのに」
「真っ直ぐ言うよな? お前ホント相手の目を見て真っ直ぐ人のこと罵倒するよな? ええお前かこの野郎、王子がそんなに偉いか!!」
更に追撃を食らった所為で思わず手が出たセイスは、リアの頭を容赦なく掴んで揺すった。自分で言っておいて何だが、王子は偉いと思っている。
「話しにくいからやめろ、話が終わってからなら構ってやる」
「俺がここまでやってもあやすだけなのなお前は……」
自身を揺らすセイスの手に触れ、子供を相手にする要領で優しくどかすリア。最早セイスの方が諦めて、自分が悪かったと話に戻った。
「で? 要するに俺は、ミルフィがこの時代に来る為に利用されたってことか?」
「そういうことだ、己に秘められた性質の才能を見出されてな」
自然発生した時の歪を渡るという手段ではない、時を渡る方法。
かつて自らの意思で時空を意のままに行き来することが出来た存在には、セイスにだって心当たりがあった。
時空を渡り、世界を支配しようとした時の魔術師。その男から世界を守る為、立ち上がった英雄。その二人が共通して持っていたとされる性質、それは。
「え……俺、時の性質持ってんの?」
時を掌握せし力、時の性質に他ならない。
思わずあっさりと口にしてしまってから、全く沸き起こらない実感に自分の手を見て首を傾げる。時の性質、彼の英雄と同じ力。英雄レイソルトは三つの性質全てをその身に宿していたというが、その中のひとつが自分にも存在するかも知れないというのだ。
「あくまでも可能性だ。光や闇の性質とは違い、時の性質を保持しているかどうかなど、調べようがないからな」
「ただの偶然が重なり、この時代にやって来たという可能性もあるということです。それに、彼の英雄達が時の性質を持っていたからといって、どのようにして時を渡っていたのかも分からない。我々が考え得ることは全て、憶測でしかないんですよ」
時の歪を研究しているデイヴァの王立研究所では、時の性質の研究も進められている。今のままでは全てが可能性であるが、研究所に行けば、元の時代に戻る為の手掛かりが掴めるかも知れない。それがリアやシロツキの見解だった。
「それに、あの女がクロノアウィスを狙った理由も気になる。クロノアウィスの研究はカストラで行っていたんだが、最近は魔法壁の研究で忙しいから何度も押し掛ける気にならん。デイヴァにもクロノアウィスの研究資料が多く残っているから、僕はそれを確認しておきたいんだ」
「俺に、時の性質が……」
「聞け」
「痛ぇ!!」
徐々に実感が沸いてきていたところで、リアに容赦なく叩かれるセイスだった。実感は一瞬にして遠退いてしまい、セイスは叩かれた頭を押さえながら、視線をリアへと戻す。
「あくまでも可能性だと言っているだろう。それにだ、もしもそれが真実だったとして、貴様はそれを公言すべきではない」
「その通りですよセイス殿。研究所の研究員を前にして、『時の性質を持っているかも知れない』なんて言ったら、元の時代どころか普通の生活すら出来なくなりますよ」
笑ってとんでもないことを言ってのけるシロツキの言葉に思わず硬直した。研究員を親と親友に持つセイスだからこそ、その言葉の意味が容易に理解出来たのだ。研究所に勤める研究員という生き物は、とにかく研究に貪欲で、目の前に研究材料があればそれが物だろうと人だろうとお構いなし。父はそれほどでもなかったが、特に親友ユヤにはその嫌いがあったように思える。
自分が“研究材料”にされる想像をして、ぶるりと身震い。冗談でも言わないでおこう、セイスはそう心に決めた。
「分かった。言わない」
「それで良い」
堅く頷いたセイスに対し、リアは偉そうな態度のまま、満足そうに頷いた。デイヴァに向かうのは二日後だと教えられ、特に用事などある訳もないセイスは、文句ひとつなくそれを了承する。
今日話したかったことはこれにて全て終わり、セイスはリアと共にシロツキの部屋を後にした。部屋に戻るというリアと別れ、セイスは一人、王宮を離れる。暫く留守にすることを、世話になっているナノ達に話さなければならない。残りの二日は礼も兼ねて、店の手伝いに専念しても良いかと思いながら、セイスはクロイツ宅へと向かった。
(時の性質……か)
自分に秘められているかも知れない可能性。
少し前までの自分がそれを知ったのであれば、きっと大いに喜んだのだろう。憧れの英雄が持っていたとされる性質、それを、自分が有しているかも知れないと言われたのだから。
「――……」
標高高く聳えるネビスの上層区には、今日も穏やかな風が凪ぐ。
青空と同じ高さで目下の大地を眺める無機質な蒼い目は、ゆっくりとした動きで今一度掌を見つめ、力無くその手を握り締める。
しっかりとした足取りで城下へと向かうセイスは、シロツキの自室からここに来るまでの間、一人きりで考えていた。考え続けていた。
これからのこと。進むと決めた先。
そこに薄らと靄を掛けた――性質の存在。
幾度考えたところで、やはり答えは変わらない。
(要らねぇよ、……そんな性質)
世界の英雄の物語に、純粋な眼で憧れていられた少年はもう居ない。
セイスの中にはただ、何も知らなかった頃には戻れないという真実だけが残される。
ここは過去、自分は未来の人間。自分は、――この時代の最悪の未来を知っているのに。
(なぁ、そうだろレイソルト。そんな性質があったって、――俺は誰も助けちゃいけないんだろ?)
セイスはいつしか、“それ”に気付いていた。
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