永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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二章「憧れの裏世界」

39.糸口

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「一本!」
「だぁっ! また負けた!」

 目の前に突き付けられた切っ先を見て、セイスはその場に座り込む。もう何度も繰り返した勝負と、その勝負結果。相手は再びあのティグレイだが、数日前に行った真剣同士での勝負以降、セイスは一度も彼に勝てていない。
 セイスがそうやって悔しそうに叫んだのは、賑わう訓練場の一角を借り、木刀を使った剣術訓練に付き合って貰っていた時のことである。

「ふふん、セイスくん。俺だってその気になればこの通りさ。王国軍の少尉の力、とくとご覧あれよ」
「少尉って士官の中だと下から何番目?」
「お前さては性格悪いな」

 二番目である。
 ティグレイ自身、あの時どこの馬の骨とも知らないセイスに負けたことが相当堪えたのだという。彼とて腐っても王国軍人、元より続けていた日々の訓練のメニューを見直し、こうしてセイスを負かし続けることが出来ている。こうして威張るだけあり、実力はそこそこあるようだ。
 セイスはティグレイの手を借りて立ち上がり、もう一回! と衣服の汚れを払って木刀を構えた。負けることは悔しい、けれど少しずつ、自分の悪いところが見えてきている気がする。何度負けたって立ち向かうことをやめないセイスは、他の王国軍人達からも「よくやるなぁ」なんて声を掛けられていた。

「っぶね!」
「っしゃあ掠った!!」
「でも甘い!!」
「いった!?」

 そして再び一本。勿論取られた側。
 セイスの腕前向上計画は、牛歩の速度で進んでいた。


 ◇


 毎日のように怪我の手当をされに来るセイスに、リアも王国軍人達同様の感想を抱いていた。

「毎日飽きずによくやるな」
「まだまだ。まぐれとかそういうのじゃなく、いつか青髪さん負かしてやるぜ。他の士官の人達からも一本取ってやるんだ」

 負け続けているというのに、セイスは実に楽しそうである。リアの私室のベッドの上を特等席に目標を語り、リアはそんなセイスを優しい眼差しで見遣っていた。

「確かに、農民にしてはそこそこ戦えるお前だが、僕の剣としてやっていくなら王国軍うちの士官クラス程度にはなってくれなければ困る」
「え? 俺その役目続投なの?」
「いやなら辞退しても良いぞ」

 最近出番があり過ぎる救急箱を置き、セイスの手当を終えたリアはそんなことを言ってソファに座る。偉そうに脚を組む姿は相変わらず、リアが挑発的にそう言えば、セイスは考えることも無くぶんぶんと首を横に振った。

「やる、王子の剣って響きが格好良いから」
「短絡的な奴だなお前は……」

 自分で言っておいて何だが、呑気な理由で役目を容認するセイスに思わず呆れるリアだった。


 ―


「坊ちゃま、シロツキ様がお戻りになられました」
「分かった、直ぐ行く」

 普段であれば朝から晩まで訓練場に居座らせて貰うセイスだが、今日は昼に王宮に来るよう言われていた。それというのも何だか大事な話があるとかで、シロツキが王宮に戻り次第、リアと共に彼の部屋に向かうことになっていたのだ。軍人とはいえ、早朝から仕事とはご苦労なことである。
 扉越しにカタリナから報告を受け、リアは直ぐに立ち上がった。セイスもそれに倣い、リアと共に部屋を後にする。赤髪のメイドに「お気を付けて」と見送られ、揃ってシロツキの自室に向かった。




 先陣を切っていたリアは、シロツキの部屋に着いてもノックのひとつすらしなかった。勢い良く開け放たれた扉に驚くのはセイスで、ずかずかと入り込むリアの後ろで、物凄く小さな声で「お邪魔します」と挨拶するのが精一杯。何やかんやでリアの部屋には慣れたが、シロツキの部屋は依然、憧れの師団長の住まう空間としてセイスの崇拝対象にあった。

「リア様、ノックぐらいして頂いて構わないのですよ。どうするんですか、部屋の中の方が着替えている真っ最中とかだったら。現に私がその真っ最中なの見えてます?」
「気にするな、続けろ」
「全く、誰に似たんだか……。すみませんセイス殿、こんな中途半端な格好で」

 とはいえ、リアからすればシロツキはただの兄でしかない。故にこうして無遠慮に、部屋の主が着替え途中であろうと勝手に部屋の奥に進んでいった。勝手知ったるベッドの上に座り、いつも通りに腕を組む。シロツキの謝罪を聞いて首を振ってから、セイスも部屋の中へと入らせてもらうことにした。
 本人が零した通り着替え途中だったシロツキは、その着替えを済ませた後、壁沿いのソファに座った。それを見てから、セイスはリアの横に座る。部屋に来たというだけで未だ緊張冷めやらないセイスだったが、周りはそんなことお構いなし。ちらりと時刻を確認してから、シロツキが口を開いた。

「ムジク殿も呼んでいたのですが、時間通りに来る訳がないので先に始めましょう」

 良い大人の遅刻癖が露呈したところで、シロツキはセイスをこの部屋に呼んだ理由を話し始める。

「セイス殿、突然お呼び立てしてすみません」
「はい! え? いや、いいえ!?」
「そう堅くならずに」

 緊張から正反対の返事をしてしまい慌てるセイスに苦笑を零した後、シロツキは此度の用件を簡潔に続けた。

「単刀直入に伺います。セイス殿、元の時代に戻る為の手掛かりを、探しに行く気はありませんか?」

 少し離れた距離の先から、真っ直ぐに問われたセイス。質問の意図はいまいち分からなかったが、そんなこと、聞かれるまでもなかった。直ぐ様勿論、と力強く頷けば、それを見たシロツキは満足そうに目を細める。

「でしたら話は早いです。リア、」
「セイス、デイヴァに行くぞ」

 シロツキに促され、先を続けたのは隣のリアだった。どうやら彼もまた、今日セイスに話される内容を前以て聞いていた……というより、共に考えていた張本人だったらしい。聞いたことのあるようなないような、その程度の地名を出され、セイスは小さく首を捻った。

「デイヴァ……?」
「デイヴァは王都から遥か西の大陸端にある都市だ。目立つ都市ではないからな、知らないのも無理はない」

 辺境都市デイヴァ。それは西ナセド平野を越えた先、大陸の西側に広がる荒野の中にある都市だという。立地的にもあまり住み易い都市とは思えないし、向かうのも大変そうだなぁ、なんて。あまり気乗りせず話を聞いていたセイスだったが、そこには国が管理する王立研究所がある、という話が上がった刹那、気持ちは一気に傾いた。

「あの研究所では、デイヴァ周辺に多くある変異地形の研究が行われている。表向きにはな」
「ってことは、裏では別のことを?」
「ああ。公にはされていないがな。デイヴァの研究所で国が秘密裏に研究しているのは――“時の歪”についてだ」

 聞き慣れない言葉に瞬きを繰り返す。
 “時の歪”、それは一体。

「貴様やジゼルのような迷人ロスターが、どのようにして時空を越え、他の時代に迷い込むのか。それを解明する為の研究だ。研究が確立されれば、無事に彼らを元の場所に帰してやれるかも知れない」

 その研究を確立させる為の鍵が“時の歪”なのだという。リアはセイスにも分かるように、簡単に説明をしてくれた。
 “時の歪(ときのひずみ)”とは、この世界の至る箇所に存在する時限の綻びのことであり、正式な名称は特にない。それが発見された当初から王国関係者の間でそう呼ばれていて、迷人ロスターの出現にはその歪が大きく関係していると言われている。

「時の歪は他の時代への出入口だ。けれど意図して歪みを作り出すことは出来ないし、目の前に現れたとして、どこに繋がっているかも分からない。いつ消えるかも分からないし、何故出来るのかも不明。未だ人の手で扱うことなど出来る訳のない代物だ、故に民達には秘匿されている情報のひとつであり、貴様とて、決して口外することは許されない。……英雄譚を知るお前なら、その理由が分かるな?」

 リアの真剣な眼差しを受け、セイスは黙って頷いた。
 かつてこの世界の始まりとされる物語の中で、時の魔術師が世界を変える為行った数多の時空転移。それは過去を変え、未来を操作したことで、ひと繋ぎだった筈の人々の未来をつぎはぎだらけの歪なものに変えてしまった。彼の英雄の手によって世界が救われた後も、人々は長らくその代償を払い続けたという。

(“人に与えられた糸は、無闇やたらと折り返されて良いものではない。不規則な動き故に絡まり、千切れてしまうことだってある”)

 始まりの物語以降の歴史では、疫病や飢饉、人々が苦しむ時代が長く続いたことが多く描かれている。時を越え、時を遡り、何かを得ようとしたところで、得たものの代わりに失うものがある。そうして不幸を招くことだってある。
 だから、自分達はただ真っ直ぐ伸びた糸のままに生きなければならない。時の性質ナトラを持つ彼の英雄だからこそ、そう皆に伝えることが出来た。

 時を渡ることが出来たとて、それが幸せに繋がるとは限らない。世界の為に時を渡った彼だからこそ、そう実感してしまったのだ。

「もしもその研究が実ったら、過去に戻りたいと考える奴が必ず現れる。王国の人間が、迷人ロスターの為にって研究してることなのに」

 だからだろ? とセイスが視線で問うも、リアは答えず表情ひとつすら変えない。けれど代わりに少しだけ、視線を落として俯いてしまった。

「それが人だ。僕らにそれを責める権利は無い。数ある歴史書からどれだけの“時”の残酷さを学ぼうとも、人は目の前に提示される救いの手を振り払うことなんて出来ない。だから秘匿されるんだ。端からそんな選択肢なんて無いんだと、人々が僅かな可能性に縋りつかないように」

 暫しの沈黙が走る。その沈黙は直ぐに顔を持ち上げたリアによって解消されたが、セイスは改めて、彼が本当にこの国を統べる王家の人間であることを再確認する。自分よりも年下の彼が、歴史を、人々を思い憂う表情。年相応とは程遠い陰りある琥珀を、セイスの蒼眼は映し続けていた。

「話を戻そう。時の歪については都度補足説明を入れるとして、デイヴァに向かう前にひとつ、お前に確認しておきたいことがある」
「俺に?」

 話の途中から視線を中空に投げていたリアが、今度ははっきりとセイスの方を見た。心当たりは何も無い、シロツキに尋ねられるならまだしも、リアに話し損ねていることはないのではないかと、セイスは再び頭を捻る。先程までの重苦しい雰囲気から一変、リアはさも大したことではない話をするように、一度だけシロツキを確認してからその続きを口にした。



「セイス、お前はお前が持つ可能性について、父親から話を聞いていないか?」
「……え?」

 リアが問うたのは、セイスの知らないセイス自身の可能性の話。突如父の名を挙げられたセイスは、全く身に覚えのない話に素っ頓狂な声を上げることしか出来なかった。

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