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二章「憧れの裏世界」
38.語名
しおりを挟むリアが剣で戦うことを拒否するしょうもない理由を聞いた後、気を取り直したシロツキがちらりと青髪の憲兵の方を見た。
「セイス殿、良かったら試し斬りでもどうですか? なかなか丈夫そうな素材もあることですし」
「団長? 俺と目が合っているようですが??」
憲兵の抗議を聞いても、シロツキはにこりと微笑むだけだった。
「セイスくん、俺で試し斬りなんて良くない。良くないぞ」
「え?」
「え? って。何でちょっとノリ気なんだい君!」
そして青髪の憲兵に二度見されたセイスである。何故なら、セイスがほんの少しわくわくした雰囲気を醸し出していたから。それも仕方あるまい、セイスは英雄と名の付くものなら何でも好きだし、その英雄の血を継ぐ王家を守る剣こそが王国軍なのだ。その王国軍の軍人と手合わせ出来るなんて、嬉しくない筈がない。
「ティグレイ、あなたは王国軍の人間でしょう。一般市民であるセイス殿相手に負けるつもりですか?」
「圧力ですよ団長! 俺が長いこと内勤なの知ってる癖に!!」
「へぇ……――そんなに劣化する程、鍛錬を怠っている……と?」
「王国軍の名に恥じることのないよう、慎んでこの勝負受けさせてイタダキマス!」
「よっしゃ!」
青髪の憲兵――ティグレイだけではない、王国軍第一師団所属の軍人は皆、師団長のこの静かな視線には敵わなかった。この前セイスが抱いた恐怖をティグレイも感じているのだが、軍の人間と手合わせ出来ることを喜んでいる今のセイスはそんなことにも気付いていない。意味ありげに細められたシロツキの視線は、的確にティグレイのみを睨みつけていた。
ティグレイは半ばヤケになりながら腰の剣を抜き、セイスと距離を取って構える。セイスがそれに倣えば、シロツキは邪魔にならないようにと数歩身を引いた。
二人の様子を窺い見て、それから。
「では、始め!」
師団長直々に、引き締めた声音で音頭が取られる。
突然決まった模擬試合だが、セイスは一切の油断をすることなく先手必勝。
勢い良く、地面を蹴った。
◇
「勿論勝ったんだろうな」
ぱたん、と。救急箱を閉める音と共にふてぶてしく問うたのは、朝方用事で王宮を離れていたリアだった。現時刻は正午をまわり丁度おやつ時。リアの部屋にある肌触りの良いベッドを占領し、珍しくも不貞腐れたように顔を顰めるセイスは、問われた一言に対して大きくひとつ頷いてみせた。
「結構あっさり勝てた、青髪さんには」
「ティグレイだ。覚えてやれ」
どうも覚えられない名前の憲兵の呼び方を訂正されつつ、手当てされた頬と肘の怪我を確認、軽率に触れる。普通に痛くて、直ぐにやめた。
セイスはここ数日で王国軍、それからリアの関係者とも面識を持った為、リア本人さえ居れば何の申請もなく彼の部屋まで来ることが出来る。セキュリティ的にそれは良いのかと思わなくもないが、困った時に会えないよりは全然良い。自分の都合の良い風に捉えることにしたセイスは、朝方の模擬戦を終えた後にリアの元にやって来ていた。
けれどそんなセイスが珍しくも浮かない顔をしている。その理由は、今しがた受けた治療の原因にあった。
「ならばいい。……否、本来であれば王国軍の人間としては良くないが」
「王宮務めの憲兵なんだろ? いざって時危ねぇじゃん」
「本当にな。もっとしっかりして貰わなくては。この前のようなことがまた起こるようでは敵わん」
「……じゃなくて、青髪さんのことはいいんだよ。シロツキさんだよ、シロツキさん!」
ばしばしと無遠慮に、人のベッドを叩いて騒ぐセイス。救急箱と一緒に一室のテーブル付近にまで下がっていったリアは、そのことか、とでもいわんばかりに溜息を吐いて、救急箱はテーブルに、自身は一人掛けの白い豪奢な椅子にどさりと座った。
「何だ、それはシロツキに相手をして貰って出来た怪我か」
「なんか、そうなんだけど、あれ、やべぇよあの人、マジでやべぇ、人間じゃねぇ」
「貴様の語彙力の方が酷いがな」
セイスがわなわなと己の両手を見ながら震えるのを見ても、リアは興味の薄い声を上げるのみだ。
「大怪我に至らなかっただけ幸運だと思え。あいつは手加減を知らん」
肘置きを使って頬杖を突きつつ、リアは薄らと笑う。軽口のような声色だったが、セイスにはそれが身に沁みて理解出来ていた。
リアのその一言が、全く冗談ではないことを。
あまりにもティグレイ――否、王国軍の人間の不甲斐なかったからだろう。ティグレイに明日以降の厳しい修練指示を出した後、シロツキは修練小屋から一本の木刀を持ち出してきてこう言ったのだ。
『こうもあっさりでは王国軍としての立つ瀬がありませんし、良ければ私が相手になりますよ』
この時気付くべきだったのは、そう言って微笑むシロツキの表情がいつも以上に優しかったことではない。シロツキの肩越しに見えたティグレイの表情が、酷く引き攣っていたことだったのだ。
無論この時のセイスはティグレイを負かしたことに対する優越感で調子に乗っていたし、憧れの王国軍師団長殿と手合わせが出来ることが純粋に嬉しかった。だから二つ返事でその誘いを受けて、――ものの八秒くらいで後悔した。
「全く見えなかった」
シロツキに代わって始めの音頭を取ったティグレイの声を聞いて、数秒。先の試合に同じく先手必勝を狙ったセイスの切っ先は、空しく空を切った。それどころか、しかと捉えていた筈のシロツキの姿が消えたのだ。それからセイスは、音無き空気の圧に押し返され、気付いた時には身体は後ろに倒れ、手を突くことも出来ずに座り込んでいた。更には消えた筈のシロツキが、倒れたセイスを見下ろす形で再び目の前に現れたではないか。
ツ、と何かが頬を伝う感触。続いて感じたのは、微かな痛み。刃物で切られたかのような皮一枚の切り傷。
それを、あんな使い古された木刀でやってみせたというのだ。セイスでは捉えることすら適わない、師団長殿の太刀筋が。
「プレッシャーが半端無くて、俺、立ってらんなかったんだ。心臓ばっくばくだった」
「そんなにキラキラした目で言われてもな……、何が不満なんだ?」
セイスが浮かない表情をしているのは、大人気ないシロツキに怒っているのだとばかり思っていた。けれどセイスの目を見れば、そうではないことが一目瞭然。
そして、改めてリアが原因を尋ねると。
「格好良過ぎて不満。あー! やっぱり王家を守る剣ってだけあるなー!! 俺ももっと強くなんなきゃな!! 暫く訓練場使わせて貰えねぇかな? 後で聞いてみるっきゃねぇな!!」
「……ああ、そうだな」
驚く程に元気そうだったので――後話が長くなりそうだったので――、適当に言い返して後は無視することにした。
好きなものが多くて楽しそうなことだな、などと考えながら。
それから直ぐ、リアの私室の扉を叩くノック音が聞こえた。
「坊ちゃま、お飲み物をお持ちいたしました」
声の主は、リアの返事も待たずに入室。見慣れた藍色の制服に身を包んだ彼女は、極力音を立てずに静々とワゴンを押して、にこりと微笑をみせた。
「本日のお紅茶はカタリナ特製ブレンドにございますが、どうなさいますか?」
「水で良い」
「ふふふ坊ちゃまめ、相変わらずの作り甲斐無し男でござりますねぇ」
そして彼女は柔い笑みのまま素っ気ない主人の言い草に悪態を吐き、言われた通りに水差しから水を注ぎ机上へと置いた。セイスはこのやり取りも見慣れたものだなと思いながら、控えめに彼女に声を掛ける。
「カタリナさん、俺は紅茶貰って良いですか」
「勿論にございます。カタリナは、セイス様の為にお紅茶を淹れて参ったのです」
彼女はやはり笑顔を違えぬまま、慣れた手付きで紅茶を淹れてくれた。
彼女はカタリナ。陽凰宮に勤める住み込みメイドで、実質リアの専属メイドである。制服である藍色のワンピースとは対象的な、真っ赤な髪をひとつに結った女性。いつでもにこにこ優しげに笑っているが、あまりに世話甲斐のないリアの世話係を務めるあまり、性格は若干辛辣になりつつあるようだ。
「ん、この紅茶めっちゃ美味い」
「ふふ、そうでしょう。そうでしょう。カタリナもそう思いました、ああ、毎日いらして下さいセイス様。この人水ばっかり飲みやがるのです」
ソファに移動し、カタリナが淹れてくれた紅茶に舌鼓を打つ。
開け放たれた窓と、そこから吹き込む優しい風。暖かな陽気の中で午後を過ごし、セイスの一日は今日も平和に終わる。
未だ元の時代に戻る目途はつかない。けれど今日は、いざという時の為にやれることが見つかった。
(これも貰ったし、……またミルフィに会った時、冷静でいられるように)
刀に触れ、己自身に強く刻む。
先程リアに言ったような冗談半分な気持ちでなく、もっと腕を上げねばと。
「カタリナ、」
「はい坊ちゃま」
「シロツキとムジクに相談したが、七日後が良いそうだ」
「そうでございますか。まぁ、最近何かと物騒ですので、準備は入念にすべきでございます。カタリナの方も、しかとあの恩知らずの“兄”を躾けておきますのです」
「ああ」
そんなセイスの決意の横で成された二人の会話の意味を知ることになるのは。
この時より丁度五日後。再びあの、シロツキの部屋に呼び出された日のことである。
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