永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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二章「憧れの裏世界」

37.愛刀

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 ◇


 黒い大地、金色の花。
 光の翼を持つ天使は、真っ赤な薔薇の花を手折るよりも容易く、その刃を振りおろした。


 ◇


 ここ最近で見た空の中で、一番低い空だと思った。
 城下に居た時とは違う静かな賑わいの中で、セイスはぼんやりと空を仰ぎ見る。

(あの天使は、何だったんだろうなぁ)

 久し振りに見た夢に出てきたものは、今まで一度も見たことのない空想上の生き物だった。夢であるからか勝手に天使だと理解出来たものの、実際そうなのかどうかも分からない。だが、セイスが本当に気になっているのはそこではなかった。正確には、“この夢”のことではなかった。

 ――“あの夢”の続き。もし次に夢を見るなら、あの続きが見たいのだ。今まで何度も見て来た夢の先、ただ見ているだけだった筈の、二人の少年の行く末。それが気になっていた。
 カストラが業火に焼かれたあの日見た夢――。セイスはあの日のように、黒髪の少年と再び目が合うその日をひっそりと待ち続けている。




「セイスくん」

 どれくらいぼうっとしていただろう。口が開いていることにも気付かず王宮の回廊に立ち尽くしていたところに声を掛けられ、セイスはそちらに振り返った。そこに居たのは青髪の憲兵、穏やかに笑みを浮かべて、小さく手を振り挨拶をしてくれる。

「ちょっと良いかい? 団長からの頼まれ事なんだけど」
「シロツキさんですか?」

 彼はシロツキの名を出し、ついておいで、と手招き。面識のある相手である為何の疑いも持たず、セイスは彼の後に続いた。

 先日。セイスの素性を話した後。
 シロツキが本題として挙げたのは、首謀者ミルフィの素性に関する話だった。彼女がどこに消えたのか、その動向はこれから王国軍が調べてくれる。けれどそれ以前の情報を知っている可能性があるのは、依頼を受けたジゼルと、――彼女を探していたセイスのみ。
 セイスの口から彼女の話をしたことはない。が、あれだけ過剰な反応をみせた以上、無関係と言い張るには無理があった。とはいえ無理に聞くつもりはないと言ったリア同様、シロツキもそうやってセイスをおもんばかってくれたが、セイスの方は既に腹を決めていた。それじゃなくても話せないことがある、ならば話せることは、自らの口でちゃんと話そう。そう思いセイスは、自分が知る限りの彼女の話をした。心苦しいながらも両親のことや出身地の情報は伏せ、ミルフィと話した内容を、事細やかに。
 依頼を受けたジゼルの方はというと、彼女に対する情報はほぼ何も知らなかった。ただ金払いが良かっただけ。クィント一派首領らしい言い分を聞き、シロツキの笑顔を浮かべたのは言うまでもない。
 その日のセイスは、王宮の傍にある軍の寄宿舎のご厄介になった。セイス自身はここ数日世話になっているクロイツ邸に戻るつもりだったが、どうやらセイスの英雄好きが既に周知されてしまっていたらしい。シロツキから『王宮でも良いですが、寄宿舎に泊まりますか?』なんていう申し出があったとなれば、それに対しセイスが一も二もなく頷いてしまったことなど最早自明の理である。

 とか何とかいう生活を二日くらいしていたら、王国軍の人ともかなり仲良くなったのだ。
 この青髪の憲兵もその一人、歳はセイスよりも少し上だろうが、気さくに話し掛けてくれる良い人である。基本業務は王宮内部の警備らしく、ふらふらと王宮見学――勿論許可は貰っている――をしているセイスの話し相手にもなってくれる。セイスの素性は現在『王国軍に興味津々なリアの友人』で通っているらしく、最初こそ“セイス様”なんて仰々しく呼ばれてしまったが、ただの小庶民には荷が重かったので初手でやめて貰った。様なんて呼ばれても嬉しくない、寧ろ精神が擦り減るタイプのセイスである。


 憲兵に連れられセイスが辿り着いたのは、上層区にある軍の訓練場だった。
 セイス達がクィント一派に追われ逃げ延びた自然区域の更に奥、いつでも軍の人間が鍛錬を積めるように備え付けられた広いスペースには今、人の姿はない。けれど青髪の憲兵はそれを気にした様子もなく突き進み、ちょっと待っててな、と言い残して備え付けの建物内へと入っていった。
 誰も居ない訓練場にぽつんと残されるセイス。けれどそれも数十秒のこと、本当にちょっとの時間で戻ってきた彼は、ほい、と軽い口調でセイスに何かを押し付けた。

「わ……と。え、何これ、剣?」
「君のだよ。シロツキ団長……ってか、リア様から?」

 長細いフォルム、手に馴染む感覚。それは紛れもなく一振りの剣だった。

「剣術の心得があるんだって? 暫く行動を共にするに当たって、手ぶらじゃ心許ないだろうからってさ。リア様に頼まれてシロツキ団長が用意したみたいだ」

 深緑色の握り、金色の柄頭と鍔。握りと同じく深緑色の鞘には、装飾の入った金色が先端と剣身の途中にあしらわれている。憲兵の声を話し半分に聞きながら、セイスは何の気なしにその剣を鞘から抜き、銀の剣身を目にして驚いた。

「これ……!」
「そちらで間違いありませんでしたか、セイス殿?」

 中途半端に抜いた剣はそのままに、セイスは青髪の憲兵とは別の声に問われ顔を上げる。丁度自分達がやって来た方からした声の主は、シロツキのものだった。師団長様直々の訪問に、隣の憲兵は直ぐ様右手の拳を胸に当て敬意を示している。セイスもするべきかと思ったが、それよりも早くシロツキが彼を制したのでやめておいた。

「あ、え、……何で、シロツキさん」
「リア様から聞きました。何でもセイス殿は、ご自分の相棒ぶきのことを“クレセント”と呼んでいたとか」
「あいつ俺のネーミングセンスをバカにするんですよ、絶対それ半笑いだったでしょ、っていうかあの野郎シロツキさんにまで言いやがって……!!」

 かつての怒りが再び沸いてきたものの、シロツキはやんわりと許容してくれたので今はその怒りを忘れることにする。後でリアに会ったら一発叩いてやろうと心に決めた。

三日月クレセントという名前から連想して選んだのですが……どうでしょう?」
「……大、当たり、です!」

 それから首を傾げたシロツキを悔しそうに見上げて、セイスは叫んだ。
 シロツキが選んでくれた剣、否、刀は――半月刀。セイスの相棒クレセントと同じく、細身の片刃刀だった。半月刀の特徴として挙げられるのは、刀身が緩くカーブしていること。セイスのかつての相棒クレセントはそのカーブがかなり緩やかで、一目見ただけではあまりその特徴を窺い知れなかったのだが、そんなところまでも似通っている。今現在セイスの手の中に収まるこの刀もまた、緩過ぎるカーブの刀身を持つ半月刀だった。

「良かったです。実はそれ、私が幼少の頃使っていたものを引っ張り出してきて、店で手入れして貰ったものなのです。お古で申し訳ありませんが、相棒が見つかるまでのお供にどうぞ」
「ありがとうございます、シロツキさん」

 リアに借りていた剣は剣身もへったくれもなかったが、やはり剣より、刀の方がしっくりくるように思えた。チン、と鞘に収め、そのまま刀を腰に差す。そこに収まった武器の存在に、違和感はなかった。

「えぇ~、団長のお古って凄いなぁ。っていうか団長、昔は刀使ってたんですか?」
「いえ、これは私の父から貰ったものでして。私は端から剣の方が肌に合っていましたね」

 青髪の憲兵は、シロツキを相手にしてもその軽い感じを違えず、後頭部で手を組んでいる。自分が部下だったらこうは出来ないな、などとセイスは怯えていたが、シロツキが普段から怖い訳ではないことはもう分かっていた。感じている感情の名前が“畏怖”であることに気付いたのだ。初対面の頃よりはセイスも、この気高き師団長と話せるようになっている。

「セイス殿は、武術の心得はどこで? ご自身で刀を選ばれたのですか?」
「いや、心得なんてのは無くて、振り回してる内に……えー刀は……お、俺も貰い物、みたいな……?」

 本当は、子供の頃迷子になった洞窟の奥で落ちていたのを拾っただけだった。あまりにおざなりな出会いだったのでつい適当に話を合わせてしまったが、正直別れを惜しむような衝撃的な出会い方をした訳ではない。あれだけ騒いだ癖にとリアに馬鹿にされそうなので、一生黙っておくことにする。

「そうですか……。リア様も剣術は得意なのですが、イマイチノリ気じゃなくて……」
「え? そうなんですか?」

 バツの悪い顔で視線を逸らしていたセイスの元に、興味を引く話題が舞い込む。リアは剣術が得意、という一言だった。カストラからネビスにやって来る道程の内には一度だって剣を扱っていなかったリアのそんな情報に、思わずセイスの蒼眼が瞬く。シロツキが言うには何かがイマイチらしいが、一体何がイマイチなのだろうか。

「剣術が得意なのに、イマイチ?」
「リア様と一緒に居る時、何か気付きませんでしたか?」
「何にですか?」
「サボり癖」
「ピンと来ました」

 この顔にピンときたらばりにピンと来た。同時に様々な文句も思い出した。
 一気に表情が死んだセイスを見てか、シロツキは盛大に溜息を吐く。彼が悪い訳ではないだろうに、すみませんと謝罪まで。そんな彼に文句を言うほど人間が腐っていないセイスは、シロツキを労わるように苦笑を零した。

「リア様は、とにかく剣を用いて戦うのが嫌いでして……」
「強いのに? 何で?」
「凄い下らない理由なんですが、幻滅なさらないで下さいね」

 それは大丈夫だろう。
 命の恩人を多少の下らなさで幻滅するなど、到底あるとは思えない。

「剣が重くてやる気が出ないんですって」

 暫しの沈黙。ひゅるりと一陣の風が場に吹き込んだ後。

「……か弱い女の子か……?」
「ぶふっ」

 呆れた声音で零したセイスの言葉を聞き、青髪の憲兵が耐え切れずに噴き出した。
 けれどシロツキはそれを怒ることもなく、頭を抱えて今一度、大きく溜息を零すのだった。
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