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二章「憧れの裏世界」
36.迷人
しおりを挟む「貴様が未来から来た、という話は良いとして。素性に関しては伏せておいた方が良いだろう」
思案顔のリアがそう告げたのは、シロツキの部屋に戻るまでの少しの間のことだった。
「僕らは決して、未来の情報は知るべきではない」
「それは分かるけど……」
「案ずるな」
全てを話さず、自分の言葉を信じてくれる人がどれだけ居るのだろうか。都合の悪いことだけを隠すなんて、ずるいように思えてしまう。
リアが言うには、セイスを元の時代に帰す為には情報が必要なのだそうだ。そしてその情報集めは王国軍、そして請負人達の力を借りるのが早く、よって彼らにはセイスの経緯を話す必要があるとのこと。まともに話をしたのが昨日今日の人に何と話をすれば良いのか、些か不明であるセイスだった。リアの自信がどこから来ているのかさっぱりである。
「話がスムーズにいくようあいつを呼んであるんだ、が……もう来ているんだろうな……」
「……?」
そうしてぶつくさ言いながら、戻ってきたシロツキの部屋にリアはノックもせずに入室した。セイスは小さくお邪魔します、と零しながら、おそるおそる後に続く。中にはお行儀よく椅子に座るリリーと、自ら客をもてなし紅茶を振る舞うシロツキ。
それと。
「――ヨーォ坊ちゃん、遅かったんじゃねェのォ?」
先程セイスとリアが座っていたベッドの上に寝転がり、ひらひらと呑気に手を振る赤髪が居た。二日独房にぶち込まれ、昨日晴れて謹慎が解けた件の問題児、クィント一派首領、ジゼルである。
「貴様程ではない、どけ」
「ウェルカァム」
セイスは多少怯んだのだが、リアは全く気にした様子なく、元々自分が座っていた位置を変わらず陣取った。ジゼルは容赦なくどかされ、若干隅に追いやられる。広いベッドなので落ちることはないが、リアの背面付近に変わらず寝転んでいた。ちなみにセイスにはそんな度胸はない――何より人の部屋でそこまで寛げているのが謎だ――ので、シロツキが勧めてくれた椅子へとありがたく着席する。
「話は終わったのですか?」
「あ、はい。突然すみませんでした」
突然の暴走だったにも関わらず、謝罪をすればシロツキは優しく笑って許してくれた。本当に、鎧を纏っている時と今とでは、雰囲気が全く違う。
「何の話してたの?」
「あ? えー、それはー……」
それからティーカップを片手に、リリーがセイスを見た。基本的に嘘の吐き方を知らないセイスがしどろもどろになる中、フォローを入れたのは無論リアである。
「シロツキ、事件の首謀者についての話をする前に、話しておきたいことがある」
ちらりと、その視線は一度セイスへ。
どうやらリアは、早々に話をしてしまうようだ。セイスが頷くと、リアの視線はシロツキへと向けられる。
「首謀者の話にも関わってくる。先に話をさせろ」
「構わないよ」
リアは無理を強いるような言い方をするが、別段無茶を言っている訳ではない。それを証拠にシロツキはあっさりと応を唱え、小さく首を傾げてみせた。
リリーも同じく、何だろうといった顔でリアを見ている。ジゼルは大して興味無さそうに寝転んだままなので、気にしなくて良いだろう。
そしてリアの口からゆっくりと話されたのは、セイスが未来からやって来たということ。それから、セイスがリアに語った、断片的な未来の話。誰一人としてリアクションせずその話を聞いているものだからやり切れず、セイスは視線を遠くの方へ逃がした。膝の上に置かれた手から滲む汗。自分が話している訳ではないのに、緊張し切っている自分に気付いて少し笑えた。
「――という訳だ。だからシロツキ、ジゼル。力を貸せ。あとリリーも、ムジクに伝えておいてくれ」
己の明確な素性のみを省いた説明が終わり、セイスは恐る恐る皆の様子を窺う。
そして、声を掛けられた三人はといえば。
「分かりました、情報収集に努めます」
「はいよォ、全く坊ちゃんはスーグに厄介なモン拾ってくるなァ」
「うそー! セイスって未来人なの!? あたし初めて見たー!!」
何だか、三者三様に色々言っていた。けれど共通して言えることは、誰一人としてセイスが想定していた反応をみせていないということ。ぽかんとさせられたのはセイスの方である。
「え、……え?」
「だから、案ずるなと言っただろう。お前の常識下の話は知らんが、お前のような“時の迷い人”は意外とよく居る。……一般には知られていないがな」
「マジ!?」
思わず立ち上がってしまい、折角の紅茶を零すところだった。けれど無理もない、特異だと思っていた自分の存在が、“意外とよく居る”程度のものだったのだから。一先ず一度座り直し、落ち着く為にと紅茶を一口啜る。程良く温かい紅茶の仄かな香りが、セイスの慌てた心を瞬時に静めた。
「な、何だ、良かった。……良かったのか? え? じゃあ俺、意外とあっさり帰れたりする?」
「それはどうだろうなァ」
ククッと、浮かれたセイスに噛み付いたのはリアの背後に居るジゼルだった。片腕で頭を支えながら寝転ぶ赤髪は、猫の様な眼を細めて、卑しい笑みを浮かべながら続きを語る。
「“時の迷い人”……俺らはソイツらを“迷人”って呼んでるけどよ、大抵の迷人は自分がどうやって時空移動を行ったのか分かってねぇ。だから帰る方法だって分かんねぇ。坊ちゃんが言ったのは、あくまでも“そういう奴が存在する”っつうことダケ。元の時代に帰れた奴が居るなんざ言ってねぇのよ」
「……ってことは」
「――ソイツらは自分の時代に戻ることなく、移動しちまった時代に骨を埋めることになるってこった。オメェもそうなるんじゃぐァ……!?」
「ジゼル、うるさいから少し黙っていろ」
楽しげにセイスを脅していたジゼルだったが、最後の最後でリアに手刀を喰らって無事撃沈した。容赦なく脇腹を一突きされたようだ。
「セイスを貴様と一緒にするな」
「そうですよジゼル。あなたのことはあなたが今後何をしでかそうと一生軍がこき使い倒しますから、安心して下さいね」
「おい坊ちゃんよォ、向こうの坊ちゃんがえげつねぇこと言ってんだけどォ……?」
シロツキが綺麗に追い打ちを掛けたことでジゼルは瀕死だったが、リアはそれを綺麗に無視した。セイスの方を見て、心配するなと一言。悶絶するジゼルの声など全く聞こえていないようで、涼しい顔をしている。
「お前は何が原因か覚えているようだし、色々と状況が違う。手立てが必ずある筈だ」
「なぁ、その口振りだと、もしかしてジゼルさんって……?」
「ああ。ジゼルはこの時代の人間ではない」
「どァ」
さらり。あっさり暴露される事実に、セイスの視線は一気にリアの背後へ向けられた。先程言っていた“あいつ”というのは、間違いなくジゼルのことなのだろう。
悶絶中の赤髪は丁度、近寄っていったシロツキの手により床にたたき落とされたところだった。間抜けな悲鳴を上げているが、師団長としてのシロツキであれば彼を殺すことも辞さない様子だったのだし、いつまで寝転がっているんですか、と床に落とされるぐらい甘んじて受けて欲しいと思う。
「だろう? ……ジゼル? どこに行った?」
「こッこだろォが! 今しがたオメェの兄貴に落とされたトコだ!」
「良かったな、絨毯が敷かれているからそんなに痛くなかっただろう」
振り向いた先に居る筈のジゼルが居らず、リアは呑気に首を傾げる。対して勢い良く起き上がって顔を覗かせるジゼルだったが、リアの指摘は物凄く雑だった。シロツキの方は満足したようで、今日一番に晴れ晴れとした笑みを浮かべて優雅に紅茶を啜っている。自室とはいえ、ベッドから人を叩き落とした人とは到底思えない。
「で?」
「あ? ああ、そうだよ、俺ァ過去の人間だ。ロートルだよ、ロートル。意味分かるか?」
「もういい黙れ」
「オメェ今日俺に当たり強過ぎンだろ」
シロツキも言っていたが、ジゼルがリアのお気に入り、という話は大方間違いなさそうである。まぁ、ただただマイペースな坊ちゃんにジゼルが振り回されているだけの気もするが、それはさておき。
「まぁこの通り、迷人でも元気に生きていける。ジゼルは僕が子供の頃、ジゼルの妹と共にネビスの外に落ちていたのを拾ったんだ」
「だというのにこの男は、恩を仇で返すような行為を幾度も……」
「だっはっは! 坊ちゃんは何でもかんでも拾っちまうからなァ!」
一瞬シロツキの視線が師団長のそれに変わったが、ジゼルは笑い飛ばしてそれを回避した。
「とにかくだ。セイスは、共に生きる家族を置いて来てしまっている。だから元の時代に戻してやりたい。他言無用ではあるが皆、力を貸してくれ」
後半はほとんどふざけていただけの気もするが、リアのその一言を最後に話は終わり、皆は今一度頷いて、セイスへと視線を向けた。
一同の視線を受けたセイスは、驚くことなく皆を一人一人見返して。
「迷惑掛けるけど、宜しくお願いします」
そう一言。茶化すことない皆の真面目な雰囲気に応え、小さく頭を下げたのだった。
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