永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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二章「憧れの裏世界」

48.相異

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 ◇


「シルクに会ったのか!?」

 約半日振りに地下の宿にて合流を果たしたウィルトは、血相を変えてセイスの両肩を掴んだ。
 デイヴァにやって来た日の夜。軍によって用意された宿での出来事である。

「会ったっていうか、その……」
「どこに居た? シルクはどこに!?」
「痛い痛い痛い痛い」

 掴まれた肩に込められた力はそこそこ強くて、セイスは表情こそ変えずに棒読みでタップした。肩に食い込みそうな勢いの手が痛い。気付いたウィルトが慌てて手を放してくれたので良いが、彼は申し訳なさそうに謝罪した。

「ご、ごめんよ、冷静さを欠いてた。俺、あの後ずっと彼のことを探してたものだから……」
「ウィルト、あんたあたし達が仕事で来てるのを忘れてないでしょうね。一派の仕事を疎かにして良いと思ってるの?」

 管理者は今日中に戻らないので、戻るまでの間好きにこの宿を使って下さい、とここまで案内してくれたのもまた、あの如何にも不真面目そうな男だった。宿までの案内など、少佐という地位の男が自ら行う仕事では無い筈なのだが。
 詰所の廊下で人とすれ違う最中も、軍人達は一様に『少佐が今日も呑気そうで何よりです』なんて意味の言葉を少佐相手にいくつも投げ掛けていた。要は、半分馬鹿にしていた。少佐、と呼称している癖に、扱い方がおかしい。本当に佐官クラスの軍人を相手にしているのか、疑いたくなるレベルだった。
 そんなことはさておき。

「ごめん。そうだね、このままじゃムジクさんの期待を裏切ってしまう。もう勝手な行動はしないよ」

 ここまでのやりとりは、別行動をしていたウィルトと合流して直ぐ――地下に向かう旨は憲兵に伝えてあったので、それを聞いたのだろう――始まった次第だ。ノースウィクス一派首領の愛娘たるリリーに最もな指摘をされたことで、ウィルトは深く反省した様子だった。デイヴァが故郷であろうと、彼は案内人兼護衛として今ここに居る。それを再確認したのだろう。
 けれどセイスは少々思うところがあり、それに対して気持ちウィルトに味方する形で口を挟んだ。

「でも、無理言ったのは俺だし、そんなにウィルトを責めなくても良くねぇか?」
「それはそうだけど。こんな長時間別行動しろなんて誰も言ってないでしょ?」
「いや、でもさぁ……」
「何よ、やけにウィルトの肩持つじゃない」

「だってよ、その護衛対象がもうそこで寝てんだぜ。俺らだけで言い争っても無意味だろ」
「「……」」

 そして集まる視線の先には、一番奥のベッドで眠る、我らが護衛対象。別名スタミナお化けことリア様は、本日とても早い時間に就寝と相成った。どうやら凄く眠かったらしい。

『ウィルトが戻ったら今日はよく休むよう伝えてくれ』

 などと、怒るどころか労わりの一言を残していたぐらいだ。彼がなかなか戻らないウィルトの行動に怒っていなかったことなど皆知っている。そうとなれば、この言い争いが如何に不毛であるかなど、自明の理だ。
 皆、明日に備えて身体を休めることが得策であると思い直し、ひとまず落ち着くことにする。

「お貴族サマにはあの長い旅路は疲れるものだったわよね」
「満足に眠れてなかったのかもね、俺達は慣れてるけど」

(いやそんな訳。草の上でも熟睡出来る男だぞあれは)

 一応王子の剣としての自覚がある為、出掛かったそんな一言を呑み込むセイスだった。




 眠る時は音も光も場所すらもあまり気にならない王子殿下が眠るベッドの隣、セイスが寝る予定のベッドにセイスとリリー、更にその近くの椅子にウィルトが座っていた。話題はお互いの昼間の行動について。この至近距離で話しているというのに全く起きやしないリアを時折一瞥しつつ、セイスは先程ウィルトが慌てていた理由を問うた。

「ウィルトは、カラと話した後その……シルクさん? を探してたんだよな。その様子だとただ会いたかったから、って感じじゃなさそうだけど、何かあったのか?」
「うん。最近この辺りで起きてるっていう異変のことをカラから聞いてね。詳しい話をシルクに聞きたくて」
「ふぅん? じゃあやっぱり、ウィルトはあの軽薄男と知り合いなんだ」
「……“軽薄”?」

 リリーはただ、確認の意味を込めて呟いただけの様子だったのだが。昼間の彼を示唆したリリーの一言に対し、ウィルトは酷く驚いた様子で瞠目した。

「軽薄……って、シルクのことを言っているのかい?」
「そうだけど」
「……セイスくんも、シルクを見てそう思ったかい?」
「え? まぁ、お世辞にも軍の人って感じはしなかったかな……」
「ん? 軍?」
「え?」「何?」
「ごめんね、また俺が悪かったんだと思う。少し整理して良いかな」

 顔を見合せ全員の頭上にクエスチョンを浮かばせているだけの状況にストップを掛けたのは、苦笑を零して控えめに手を上げるウィルトだった。何が起こっているのか察せていないセイスは首を傾げ、リリーも瞬きを繰り返すばかり。そのままどういうこと? といった顔でリリーの首も曲がり始めたが、少し考える素振りを見せて黙っていたウィルトが今一度口を開いたことで、その動きは止まった。

「君達の知るシルクという男は、軍に所属しているということで良いんだね?」

 セイスは直ぐに首肯する。

「スノーライン少佐。ここで一番偉い人の、弟だって聞いた」
「そう……じゃあ、それは俺の知るシルクと同一人物な筈、だけど」
「じゃあ、外見の特徴とかは? もしかしたら、あたし達が会った男は偽物だったのかも!」

 どこか浮かない様子のウィルトに、リリーも身を乗り出して会話に参戦した。

「外見か、髪色は、変わってなければ明るい緑だと思うよ、新緑っぽい感じの」
「確かに緑だったな。他には? 目の色とか」
「目の、色は……」
「……ウィルト?」

 何の気なしにした質問に、ウィルトは何故か言い淀む。セイスが名を呼べば、はっとした様子で顔を上げ、笑って手を横に振った。

「あははっ、もう五年以上会ってないから忘れちゃったな。何色だったっけ?」
「水色っぽかったんじゃない? あの胡散臭い笑顔と一緒に、何か凄い印象に残ってるわあたし」

 きっと、何か思うところがあったのだろう。とはいえそれを問い質せる程気心知れた関係という訳ではないセイスは、ウィルトの表情の乱れに気付きつつも話の続きを促すべく黙っていることにした。

「そう。シルクが、軍に」

 もし機会があれば、その呟きの意味を聞いてみたいと思いながら。
 何となく、このタイミングで再びちらとベッドを見る。うつ伏せで眠るリアはあれで苦しくないのだろうか、と不思議がっていると。

「でもさ、もしかしなくても、ウィルトがカラから聞いた異変、ってやつが、王国軍が忙しそうにしてる理由だったりしない?」

 腕を組んでいた態勢からぴん、と人差し指を立てて、リリーがそんなことを言った。
 すると今度はウィルトの方がそうなのかい? といった顔で小さく首を傾げる。そういえば、何故自分達が一足先に地下に向かい、更には王国軍の詰所に向かったのかの詳細をウィルトに話していなかった。なのでセイスは情報を共有するべく、ウィルトが居なかった間の自分達の行動を掻い摘んで彼に話した。我ながら要領を得ない説明であったものの、ウィルトは何度も相槌を打ち、最後には「教えてくれてありがとう」と礼を述べてくれる。年下相手に慣れているが故の所作に、セイスは感心しつつも少し照れ臭く思った。

「成程……王国軍経由で視察の件が周知されていたにも関わらず、管理官が不在だったんだね。確かに俺も憲兵達が外に出ていくのを見掛けたし、その件で留守にしているのかも……?」
「それで? その異変っていうのは何なのよ」
「ええっと……その話は、明日リア様が起きてから話した方が良いと思ったんだけど」

 確かにその通りだ。管理者の不在がその件に関係するというのなら、今セイス達が話を聞いたとてどうせ明日またリアに話さなければならなくなる。俗に言う二度手間だ。セイスがそう考えたように、リリーもまた同じ考えを抱いた様子。そうね、とウィルトの意見を呑んで、話し合いはあっさりお開きとなった。

「どーせ明日も朝から詰所に行くんでしょうから、今日はあたし達も休みましょ。話してる内に遅くなっちゃった。お休み二人共」
「ん、お休み。……明日はウィルトも一緒に行くだろ?」
「お休みリリー。勿論、リア様が行くなら共に行くよ。それに、シルクがそこに居るかも知れないからね」

 そうして明日の予定も決まり、一同は辺境都市デイヴァでの初日を無事終えたのだった。


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