永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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二章「憧れの裏世界」

47.七光

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 王都には上層区にある中央司令部の他にも、広い王都内に目が行き届くよう数ヶ所に分かれ詰所が設置されている。けれどデイヴァには司令部自体存在せず、詰所が二ヶ所あるばかり。メインで使われるこの地底の詰所に、ほとんどの王国軍憲兵が待機している。
 セイス達が案内され辿り着いた王国軍詰所は現在、非常に慌しい雰囲気を漂わせていた。何と言うか、ばたばたしている。

「やっぱり、突然来たのが良くなかったのかな」
「でも、案内してくれた憲兵はそんな感じしなかったわよね」

 こちらでお待ち下さいと通された部屋は、見るからに要人を招く為に作られたのだろう応接室。外の様子に似つかわしくない質の良さそうなアンティークのロングソファにふんぞり返って座っているのは、未だ不機嫌そうな表情を崩さないでいるリア一人だ。向かい合うソファの先には誰も居らず、机に置かれたお茶にも、リアは口を付けていない。呑気に世間話を繰り広げているのはソファの横に立ったままでいるセイスとリリーの二人で、廊下から聞こえる喧騒に聞き耳を立てていた。

「じゃあ、何かあったのか……?」
「かもね。それか、視察に来た王族様が不機嫌になっちゃったものだから、どう対応しようか悩んでたりして」
「それは僕のことを言っているのか、護衛その三」

 にひひ、と笑って冗談を言うリリーに対するリアの態度は、普段と何ら変わらなかった。良く考えなくとも、普段から気難しい顔をしている男なのだ。少し不機嫌になったくらいなんてことはない。

「はいはいすみませんリア様~」
「というか貴様ら、何で立ったままなんだ。座れ」
「いや、護衛の俺らがお前の横に座るのは流石に……」

 それどころか、依然として立ち尽くす二人に座れば良いと促す辺り、やはりリアはリアでしかない。セイスは遠慮する意味を込めて苦笑を零すも、当人は訝しげに眉を顰めるばかりだった。

「何を言っている。これがムジクやジゼルなら僕より先に座るぞ」
「パパ……請負人ラクターの評判落とすのやめて欲しいんだけど……」

 それもこれも、大体身内の不始末故だったが。ふざけていた筈のリリーは、ここ一番に頭を抱えた。




 小さな村や町にはないが、デイヴァのように王国軍が駐在している都市は基本、王家に代わって軍がその都市を管理している。王族の居る場所では関係のない話になるが、軍には個となる師団が五つ存在し、王都を含む中央ナセド区域を管理しているのは第一師団長であるシロツキ。そして、デイヴァのある西ナセド区域を管理――王家の者が居ない地域の為、実質統治――するのが、今からここにやってくるだろう管理者という訳だ。
 地位は大佐、シロツキに同じく第四師団の長を務める男であり、代々王国軍として王家に仕える家系出身なのだそうだ。強さと聡明さを兼ね備えた切れ者だと評判も高い。
 なんて話を待機時間中に聞いたものだから、それだけでセイスの緊張はピークを迎えていた。

(シロツキさんレベルの王国軍の人に、これから会えるのか)

 主に、興奮してきた的な意味で。
 未だ外が騒々しさに包まれている中、やっとのことで一室にノック音が響く。あまりにも待たされていた為刹那的に緊張感が吹き飛んでいたセイスは、呑気な世間話を止めて即座に気を引き締めた。
 そして、ガチャリ。応接室の扉が開く。


「ああ、みなさん、お待たせしてしまい申し訳ありませんでした」


 そこに立っていたのは、――紺色の軍服に身を包む、歳若い優男。
 お世辞にも、お偉方という立場には見えないその姿に、セイスは唖然とする。

「……え?」
「ごめんなさい、うちの管理官ったら王都からのお客さんがいらっしゃっているのに留守にしてるみたいで。私だって研究所から戻って来るのに結構時間掛かるってのに、お蔭で随分とお待たせちゃいましたよね、本当に申し訳ないです」

 思わず声に出して驚くセイスの声など気にせず、男はにこにこと柔和な笑みを浮かべて謝罪を続けた。ぺこりと頭を下げ、かと思えばぱっと顔を上げる。

「いやね、『王都からのお客様がいらっしゃったのに管理官が居ないんです』って部下に泣きつかれちゃいまして。『丁重におもてなしして留守の旨を伝えたら良いじゃないですか』って言ったんですけど、『相手が既に怒ってるのにそんなこと言えない』とか言うから、どんな怖いお客さんが来てるかと思えばあっはっは」

 そしてこの失礼な物言いである。後頭部を掻き、リアを見て思わずと言った様子で笑っている。確かに、部下がこんな子供相手に恐れ戦いたと聞けばそう感じるのも仕方のないことかも知れない。とはいえリアは王家の者、よくもまぁそんな人間を前にここまで潔く笑い飛ばせたものだとセイスは未だ呆気に取られていた。王国軍の人間であれば尚更、相手が子供であろうと失礼のないよう居住まいを正すのが普通だと思っていたから。
 彼が留守の管理者の代わりにやって来た代理人であることは分かったものの、この失礼な態度の理由が分からず、もしや、こう見えて王家の者を前にしても怯むことなく振る舞える程に場数を踏んだ軍人なのかも知れない、などと、無駄な考察を積み重ねること数十秒。
 セイスの抱く疑問の答えをくれたのは、今もロングソファの真ん中に座って脚を組むリアだった。

「貴様……デイヴァに居たのか」

 リアが睨み上げるのは勿論彼。

「はいリア様、お久し振りです僕です」
「こんなところで会うとは思わなかったぞ、――“七光り”」

 非常に不名誉な名で呼ばれて尚、けろりとした態度で笑顔を見せているこの男。驚くことに、リアの知人らしい。


 ―


「スノーラインという名、どこかで聞いたことがあると思っていたが……そうか、貴様はあのスノーライン家の者だったのか。道理で七光りなんて呼ばれる訳だ」
「そうなんですよ。父も兄も立派なもので、僕はそれにあやかって存分に七光ってます」

 どうせ暫く管理者は戻らない、と彼が言うので、すっかり拍子抜けしたセイスは勧められるがままにリアと同じソファに腰掛けた。リリーも同じくあっさり座る。先程までの遠慮はどこに行ったのかという態度だが、元々リアに座れと言われていたのだから今更気を遣ったりしなかった。

「階級は」
「少佐です。こんにちは皆さん、少佐ですけど見ての通りそんなに偉くないので仲良くしてやって下さい。七光りって言うのはあだ名ですのでどうぞご自由に、別名陰口です」
「こ、こんにちは」
「ちょっとリア、マジでこの人何なの……!?」

 軍人あるまじき華やかさで手を振る彼に最早恐怖すら感じたのだろうリリーが、怯え切ってリアの肩を揺らす。されるがままのリアは一度大きく溜息を吐いた後、やっとのことで彼を紹介してくれた。

「さっき話しただろう、代々王国軍人として王家に仕える家系の話」
「師団長の話なら聞いたけど」
「スノーライン家と言ってな、代々優秀な軍人が輩出される名家だ」
「……ってことは、まさか」

 正面のソファに座る彼の方を見ることなく、目を伏せながらリアは腕を組んで、背凭れに身体を預けた。

「ここの管理官がスノーライン大佐だ。そして彼はその大佐に似ても似つかぬ七光り……弟君の、スノーライン少佐だ」
「はーい、僕ですよー」
「一時王都に居た時期があってな、冗談に聞こえるかも知れないが、シロツキの直属の部下だった男だ」

「――この軽薄そうな男が!?」
「リリー、オブラートに包もう」

 セイス自身も大体同じようなことを考えていたが、リリーが自分よりも盛大に失言をかました所為で、嫌に冷静になってしまうのだった。
 そして彼は相変わらず、怒ることなく客人である三人をのんびりとした様子で見遣っている。まるで怒るという感情が欠如しているかのように笑って。

 彼は自身の胸に手を当て、セルリアンブルーの双眸を薄ら細めこう言った。


「懐かしいなぁ、シロツキ団長。息災ですか? ああ、もしあだ名が嫌でしたら、私のことは名前で呼んで下さって結構ですよ、シロツキ団長もそう呼んでましたし。姓だと管理官と被りますからね、ありったけの親しみを込めて、私の名を呼んで下さい」
「――シルク、と」


 シルク・スノーライン。それが、この軽薄そうな優男の名だった。
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