永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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二章「憧れの裏世界」

46.幽憤

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「久し振りに、皆と話が出来て良かったよ」

 家と呼ぶにはあまりにもお粗末な家屋の一室で、子供達に囲まれながらウィルトはそう言って笑った。記憶に残るよりも遥かに成長した子供や、初めて見る子供。数にして十数人、かつてより遥かに少ない子供の数を見て、非常に喜ばしく思った。

「夜まで居てくれれば良いのに。昼は外に出ちゃってる奴らが多いんだ」
「そういうところは、俺達の頃と変わらないね。悪さはもうしてないんだろう?」
「うん。ウィルト兄ちゃん達がお金送ってくれてるから困ってないし、今はもう“地下”の奴らが何かしてこない限りは何もしないよ」

 ここだって、雨風が凌げるだけで本当に助かってるんだ、なんて。みすぼらしい、廃墟のような室内を見回し満面の笑みを零すカラの姿には、思わず苦笑いをしてしまったが。
 小一時間ウィルトに群がっていた子供達が、満足した様子で自分のやるべきことの為にこの場を後にしたのが先程のこと。再びカラと二人きりになったウィルトは、このまま畑に戻るのだと言うカラと共にその家屋を出た。

「そう。良かった。俺が送った金も、君達の元にちゃんと届いていたんだね」
「そりゃあね。え? だってウィルト兄ちゃんが、自分でエル兄ちゃんに頼んでたんじゃないの?」
「それはそうだけど……自分勝手にここを飛び出した俺のことなんて、誰も許してくれてないんじゃないかなって」

 どこもかしこも古びた廃屋ばかりの“地上”を歩き、今はない己の幼き日々を思いながら。困った様に笑みを浮かべ、ウィルトは故郷の道を踏み締める。隣を歩くカラはそんなウィルトの心境を察したのか、勢い良く前に飛び出して首を横に振った。

「ウィルト兄ちゃんは悪いことなんて何もしてないだろ!?」
「そうかな?」
「そうだよ! ウィルト兄ちゃんもエル兄ちゃんも、ここを出てったって、大人になったって何も変わってない! あの頃からずっと、優しくて格好良い俺達の兄ちゃんだよ!」

 カラの必死な叫びを聞き、ウィルトはぽん、とその目の前の小さな頭を撫でた。「ありがとう」と一言、それから再び、揃って歩き続ける。

「随分と長居しちゃったな、急いで仕事に戻らないと」
「……ウィルト兄ちゃん」
「ん?」
「……、ううん、何でもない」

 ウィルトの名を呼んだカラには未だ話したいことがあったことなど、顔を見れば直ぐに分かった。けれどウィルトは敢えてそれを聞かず、そう、と笑うのみに留める。
 デイヴァの“地上”は、あの頃と比べものにならない程に平和になっていた。危険と隣り合わせなことは変わらずとも、その日を生きることすらままならなかった日々など、もう存在しない。

 ウィルトがこの地を離れてから五年近く。その間にデイヴァの“地上”をここまで変えたのは、きっと――。

 自然と、口角が緩んでいくのを感じた。それから折角ここまで来たのだからと、ウィルトがこの地に居る筈の彼(強調)の所在を尋ねようと口を開こうとして。ふと、辺りのざわめきに気が付く。
 大通りに出て直ぐ、都市を覆う柵の外に多くの人影を認めた。赤銅色の鎧姿、それはこの都市を守る王国軍が纏うものであり、遠目に見る彼らは何やら急いでどこかに向かう最中らしい。

「何だか騒がしいね、何かあったのかな……?」

 この辺りの地理には詳しいウィルトだが、最近の事情にまで詳しい訳ではない。不思議そうに首を傾げれば、その答えを知るカラが教えてくれた。
 簡潔に一言。あっさりと告げられた言葉にウィルトは驚き、カラに断りを入れ直ぐ様走り出す。

『ああ。多分また起きたんだよ』
(“また”……? そんなに何度も起きているっていうのか……?)

 何ていうタイミングなのだろう。自分が戻って来たこのタイミングで。


『――“神隠し”が』
だけでもう充分だったじゃないか、あんな悲劇は……!)

 また、人が消えたかも知れないだなんて。


 ◇


 デイヴァという都市は遥か昔、彼の英雄レイソルトがこの大陸の王となり、王都ネビスを建国する以前から存在する都市のひとつである。魔法科学なんて技術が少しもなかったその時代、デイヴァの民達は地中を掘り進め、吹きさらしの大空洞に都市を作るという方法で外敵から身を守っていた。

「デイヴァは炭鉱の町。王立研究所が作られたのは至って最近だ」

 先頭を歩く憲兵の後ろを歩きながらリアの説明を聞き、セイスは今しがた下って来た螺旋状の階段を仰ぎつつ感嘆の声を上げた。
 デイヴァの都市だと思っていた“地上”から、また別の鉄柵に囲まれた門を潜った先に現れたのが、この縦穴の大空洞だった。一歩足を滑らせれば底まで落下し兼ねない高さに思わず眩暈を覚えたのが先程のこと。リアとリリーの二人がデイヴァにやって来たのも初めてのことで、リリーはセイス同様に驚きつつもうわあ、と楽しげな声を上げて大穴を覗き込み、リアは無感動な顔で相対する二人の様子を観察していた。宛ら保護者の風格である。

「空洞の壁に穴が掘られてて、そこに建物が作られてるのね。昔の人の生きる知恵ってところかしら?」

 この大空洞への入口を王国軍が守っている限り、外部からの脅威に晒されることはない。“地上”にはなかった人々の賑わいを聞きながら、リリーは一人感心した様子ですれ違う人の姿を見ていた。
 確かに素晴らしい生きる知恵かも知れない。けれど、だからこそ、受け入れ難い違和感の存在が浮き彫りになっていくのをセイスは感じてしまう。

(デイヴァはネビスからも遠く離れているからこそ、魔物以外の脅威がきっと多かった。だからこうやって“地下”に町を作って、自分達の身を守ってきた。だけどデイヴァはそんな歴史を経て、後ろ暗い者達にとっても都合の良い場所になっていった。王家の者の目が、届きにくい場所。――だから、カラみたいな孤児が沢山捨てられていく)

 そんな悲しい事実に、セイスは静かに目を伏せた。

「そうやって生きる知恵を培えた祖先は立派だが、今この地に生きる者達はそうでもないようだ」
「……え? ちょっとリア……?」

 考え込むセイスの前方にて。突如リアがいつもの調子でしれっとそんなことを言うものだから、一瞬反応が遅れながらもリリーが困惑した様子で彼の肩を掴んだ。セイスも思わず顔を上げる。すれ違う人達には聞こえていないだろうが、自分達を案内してくれている憲兵には丸聞こえだというのに。リアと憲兵の後ろ姿を忙しなく見比べ、リリーは険しい表情で指摘を続けた。

「何か今凄い失礼なこと言わなかったあんた? 駄目じゃないそんな……」
「おい憲兵、研究所は後だ。軍の詰所に案内しろ」
「ちょっとぉ?」

 フォローのつもりで掛けた声だったのだが、リアにはあっさり無視された。
 幸いなことに、振り向き立ち止まった憲兵に怒った様子はない。寧ろリリー同様、突然どうしたのだろうと困惑の色を窺わせていた。何より、自分達が王都からやって来た王家の関係者であると知っている為、先の話を聞いていたとしても反論することが出来ないのだろう。

「研究所には興味がある。だが、それよりも先にここの管理者に聞かなければならないことが出来た」
「管理者……って、軍の人ってこと?」
「リリー」

 無視をされて尚、リアの考えを汲み取ろうとするリリーだったが、セイスはそんなリリーを自分の方へと呼び寄せた。リリーの方も助けに船と思ったのか行動は早く、最後尾を歩いていたセイスの元に下がり、その姿に若干隠れるようして隣に着く。

「セイス、あいつ何か怒ってる?」

 そしてこそこそとリアにも聞こえないような声音で尋ねてくるものだから、セイスは大きく息を吐いてちょいと首を傾げてみせた。
 これは分からない、の意ではない。

 寧ろ。

「こんなの見せられちゃ仕方ねぇよ」

 彼が抱えている思いは、恐らくセイスと同じもの。
 “地上”の廃れた街並の中でセイスが見たのは、カラと同じくらいの幼い子供達の姿だった。大人の姿などひとつもない、みすぼらしい身形の子供達だけが数人、大通りを歩いていた。
 この都市に生きる皆がそうだったなら、セイスだってこんなに違和感を覚えたりはしなかっただろう。こんな風に――普通の生活を送っている人々が“地下”に存在しなければ、困難な環境で生きる子供達の強さに、胸を打たれるだけで済む筈だった。

「この地の王国軍には、デイヴァに住まう全ての民を守る義務がある。――“地上”の子供達があのような生活を強いられている正当な理由があるなら、是非教えを乞いたいものだな」

(王都の上層区と下層区とは訳が違う。……リアじゃなくたって、こんなのおかしいって思うだろ)

 デイヴァの町では今日も炭鉱夫達が仕事に精を出し、賑やかな日々が続いている。
 それがこの都市の当たり前の姿なのだと分かっていても、そんなものを受け入れられる訳がない。

「リアについてこう、俺も気になる」
「……うん」

 後ろ姿からでも分かる、リアの威圧感。あれに逆らうことなど出来やしないし、するつもりもない。リアの考えを知り、リリーも神妙な顔で頷いた。再び歩き出した憲兵に、三人は続く。目的地の変更など、この縦穴内部では大した差異ではない。

 向かう先は、王立研究所から王国軍詰所へと変更された。
 詰所の場所は、そう。――この大空洞の最深部だ。


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