永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

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二章「憧れの裏世界」

45.不適

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 魔物や無法者達から都市を守るべく立てられているのは、背丈を優に越える鉄柵と有刺鉄線で出来た壁。魔法壁などという便利な装置がまだ出回り始めて間もないこの時代では、こうした物々しい方法で都市の平和を守っていた。景色も風情もへったくれもない。だが、村や町といった小さな集落ではこういった対策すら取れず、そこに住む人々は日夜いつ訪れるのかも分からない恐怖に怯えながら過ごしている。
 そう考えると、魔法壁の発明というのは正に、歴史に名を残すに相応しい大きな偉業のひとつなのだろう。セイスは、危なげに尖る鉄柵に触れつつそう考えた。

(魔法壁さえなければ……なんて考えを持つ人間が現れるだなんて、少なからずこの時代では考えられなかっただろうな)

 危険な世界を知らず、与えられた平和の中でのうのうと生きてきた――自分の様な愚か者の存在など。




「で? あたし達はあとどれぐらいここに居れば良いの?」

 辺りを見回すことにも飽きてしまったのだろうリリーの声を聞き、セイスは我へと返った。
 ギルム運河から歩き始めて暫く、セイス達は無事デイヴァの地へと辿り着いた。遠方からでも見えた、外敵から都市を守る為に作られた鉄の壁。入口を潜れば、まるで大きな監獄に投獄されたかのような感覚を味わうことが出来た。デイヴァを守る王国軍の憲兵の姿も相俟ってか、気分はすっかり囚人気分で。王都ネビスを初めて訪れた時の数倍緊張しながら、セイスは皆の後をついて歩いた。

「さぁな」
「さぁな……って」

 そして今に至る。やっと辿り着いた辺境都市デイヴァ、ところが、今の彼らは本当に何もしていなかった。セイスとリリー、そしてもう一人、今しがた簡素な返事を返したリアの三人は、デイヴァに辿り着いて早一時間、何もせずどこにも行かず、入口付近にて暇を持て余していた。
 リアの一言に対し、リリーは再び口を開こうとしたが言葉に成らず、そのまま口を噤む。腰に手を当て大きく溜息を吐いたのを最後に、場には再び沈黙が流れた。
 リリーとて分かっているのだ。ここでリアを責めるのはお門違いであることを。何せこの状況を作り出したのはリアではなく、

「遅いなぁ、ウィルト」

 皆に対してひとつの“提案”を示したセイスと、その“提案”の為に姿を消した、ウィルトなのだから。
 『直ぐに戻る』と残し、カラと共に消えたウィルトの見えない背中を眺めて、セイスはぼそりと一言、呟いた。けれどその表情はリリーとは対照的に明るく、どこか幸せそうなものだった。


『折角の里帰りなんだし、少しだけ時間取ってやれないかな』

 提案、と銘打ちセイスが口にしたそれを二つ返事で許可したのは、無論リアだった。他三人が我に返るよりも早くリアはあっさり首肯し、さも大した話ではなかったかのように再び歩みを進め始めた辺り、セイスが何を言い出すのかなんて端から察していたのだろう。
 その里帰りが誰のものなのかなど、言われずとも分かる。それを証拠に、張本人であるウィルトはその後直ぐに苦笑を零し、ぽんと優しくカラの頭を撫でた。状況を掴めずにいたカラもまた、視線を持ち上げてから嬉しそうに笑う。セイスはそれだけで良かったと笑い、そんなセイスの姿をリリーが不思議そうに眺めていた。


「年下の友達が居てさ」

 あまりにも長く続いた静寂を持て余してきたので、セイスは鉄柵を背に座り話し始めた。リアは近くに立ったまま柵を背にし、リリーはその隣に座る。

「ユヤって言うんだけど、俺より五歳くらい年下なのに滅茶苦茶頭良いんだ。子供ながらにカストラの研究所で働いてる天才ってやつ?」
「貴様とは大違いだな」
「うわっ、ちょっとあんた、そんな本当のこと言ったら可哀想だからやめなさいよ」

 素で吐き出されるリアの毒も、火に油を注ぐだけのリリーのフォローもスルーして、セイスは続けた。

「頭の出来だけならその辺の大人より遥かに良かったよ。でもあいつ、何年か前に親が揃ってカストラを出ちゃってさ、勿論仕事の都合で。それからずっと一人で暮らししてんだ」

 幼いユヤを置いて、仕事の都合でカストラを離れた彼の両親。時折手紙が来るような話をユヤ本人から聞いたことはあるものの、その姿を見た記憶は長らく存在しない。セイスの記憶が間違っていなけれ、それはもう、彼らがカストラを離れたその時から更新されてはいない筈だ。

「俺の父さんの助手として働いてるもんだから、母さんが心配してうちまで連れて来いっつって、寝泊まりさせることも多くてさ。そんなんだから俺らはあいつを家族の一員だって思ってるけど、ユヤからしたらやっぱり、本当の両親が居る訳だろ?」

 『両親に会いたくないのか』と尋ねれば、決まって首を横に振った。研究の方が楽しいと、本音と建前を織り交ぜた表情で笑うユヤに、セイスは何も言えずそうか、と返事をするばかりだった。

「『それに、研究所の皆が良くしてくれるから』って無理に笑ったあいつの顔が、さっきカラと話してた時にちらついちまって駄目だった」

 セイスは、自分がウィルトに時間取って欲しいと提言した理由をそう話した。最後に「ごめんな」と、取って付けただけに近しい謝罪を口にすれば、途中から茶々を入れず黙って話を聞いていたリアとリリーの二人は、不思議そうにセイスを見る。謝罪の理由が分からなかったのだろう、セイスもそれを察し、苦笑いを浮かべる。

「いや、半分は俺のエゴみたいなもんっつうか、目的があるんだからそっちが優先だろってのは流石に俺も分かってるっていうか何ていうか」
「良いわよ別に言い訳しなくたって」

 更には慌てて言い募るあまり何が言いたいのか分からなくなってきていたが、そんな様子のセイスに呆れ静止を掛けたのはリリーだった。膝の上で頬杖を突き、じとりとした視線を向けて首を傾げる。

「確かに、案内役兼護衛のウィルトが居ないまま動くのは得策じゃないし、足止め食らったなとは思うけど、……あんたのお友達に似てるあの子が心配だったんでしょ? 良いわよ少し待つぐらい」
「同感だな」

 一人佇むリアもまた、フードの影から真っ直ぐにセイスを見下ろして同意を示した。

「僕らがここで時間を浪費するだけであの少年の心に少しばかりの安寧を与えられるなら、僕は一人だろうといくらでも待つ。それに、案内はともかく護衛は平気だ。貴様らのことは僕が守れば良いだけの話だろう?」
「「いや逆逆」」

 とはいえ、言っていることは相変わらず。守られる立場にありながら、自分の護衛たる二人を自らが守る気満々な口振りに、冗談の色はない。思わずリリーと声を揃えて指摘を入れるセイスだったが、それを聞いたところでリアが意見を変える筈もなかった。さも当然といった風に、目下の二人の姿を一瞥している。
 ここで何を言っても不毛なだけだと判断したセイスは、ただありがとな、と一言礼を言い、その場から立ち上がった。二人が自分の我儘を受け入れてくれたことが、ただただ嬉しかった。

「つっても、流石に暇だな。この近くだけでも散策するか?」

 そんな気持ちに気付いたからか、こちらの方が少しばかり恥ずかしくなってそんな話題を振ってみるセイス。それに対してリアは頷き、リリーもすくりと立ち上がって肯定を表した。

「僕らが視察という名目でここに来ることは、王国軍経由で連絡が行っている筈だ。憲兵に話を聞いてみるのも良いかも知れない」
「あ、じゃああたし入口のとこに居た憲兵さんと話してくる。セイス、あんたはこの自覚なしお坊ちゃまの剣なんだから、勝手しないようにちゃんと見張っときなさいよね」
「え? あ、あぁ、おう……」

 セイスが言い出したことだったにも関わらず、そうと決めてからの行動は他二人の方が早かった。リアを指差してから憲兵の元へと走っていったリリーの躊躇いの無さもそうだが、指摘されて数秒で別の方向に歩き出すリアもリアである。見張っておけと言われた手前、リアの後をセイスは慌てて追い掛けた。だが、流石のリアとて遠くに行こうとした訳ではないようで、大通りと思わしき道の前で立ち止まり、真っ直ぐにその先を見据えていた。

「どうかしたか?」
「ここに来てからずっと思っていたんだ。デイヴァという都市は、一体どこにあるのだろうと」

 視線をこちらに寄越すことなくリアが言い、セイスはつられて視線の先を追う。彼の言葉の意味が、さっぱり分からなかった。
 ここにあるじゃないか。外同様に大地は荒廃が進んでいるものの、街と呼べる程には建物が並んでいるし、憲兵以外の人の姿だって、そこに。

「……あ」
「セイス、さっきの話だが」

 セイスがそれに気付いた刹那、話題は突然引き戻される。瞠目する双眸をばっとリアに戻せば、案の定こちらを見ている琥珀と目が合った。

「より早く、貴様を未来に帰してやらねばいけなくなった」
「え?」
「両親だけではない、お前の帰りを待つ者が他にも居ると分かったからだ。お前が親友ともと呼ぶ少年もまた、――お前のことを親友ともと呼ぶのだろう?」

 セイス、と。笑って自分の名前を呼ぶユヤの姿が脳裏を過った。空想の中ではなく、現実に見たユヤの最後の姿は、火事に巻き込まれたあのぼろぼろの白衣姿だったけれど。
 本来ならば羞恥心が勝って、肯定なんて出来やしない問われ方だった。けれどリアがあまりにも当然のように尋ねてくるので、セイスは照れ臭く思いながらも黙って首肯する。
 そして再び、大通りの先を見据えた。

「その為にも、さっさとここの王立研究所に邪魔しないとな」
「ああ。案内人の帰りなど、待っている暇はない」

 すると丁度、「二人共!」と声を掛けられ、揃って振り返れば案の定、リリーがこちらに向けて手を振っていた。隣には入口を見張っていた憲兵、どうやら末端であろう門番にも、自分達の来訪の予定が伝えられていたらしい。
 そそくさと歩き出したリアに倣ってセイスもそちらに向かい、三人は憲兵の案内の元、目的地である王立研究所への道を進んだ。

 先程気付いたこの都市の違和感は、一旦心の奥底にしまい込んだ。


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