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二章「憧れの裏世界」
64.変動
しおりを挟む勝手に現場を離脱していたリリーが突然姿を現し、セイス達に合流した。
フォードが呆れるように、与えられた責務を途中放棄し、自分勝手に動いた今回の請負人達には大いに非がある。だが、それらに対する説教は後程でも遅くはないと、セイス達はリリーに彼女が居なかった間の出来事を簡単に話した。
「嘘!? 何か結構あったんじゃん!! っていうか待ってセイスその横の何!? 燃えてない!?」
「あ、う……」
「おいこらボケカス、ゼランのこと虐めんじゃねぇぞ」
ものの数分で説明を終えれば、リリーは大仰な反応見せた。そしてセイスの腕を掴んで怯えた様子を見せる黄色い炎に今更気付いたらしく、更にぎょっと目を丸くする――そしてセイスに随分な一言で怒られた――。
「い、虐めてないわよもう。ごめんねゼラン……くん? え、っていうかウィルトの抱えてるのも燃えてるけど?」
「リリー、詳しい話は戻ってからにしないかい?」
すっかりセイスの後ろに隠れてしまったゼランと、ウィルトに抱えられたままのゼレニを見比べるリリーだったが、ただそれだけだった。驚きはしたが、その目に嫌悪の色は無い。その辺りは流石だなとセイスは思い、自分に隠れるゼランの頭を空いている手でそっと撫でた。
「ま、そうね。ったく、あんた達が大変かも知れないって言うから急いで来たのに、こんなことなら宿で待ってれば良かったわ。適当言いやがってあんのバカ少佐……!」
「え……リリー、少佐に言われて来たのか?」
ぴくり。
説明も終わり、今度こそ町へ戻るべく動き出し掛けた一同の動きが止まった。
「そうよ。あの軽薄男と少し話をしてたら、突然森の方が大変……面倒? なことになってる、とか何とか。適当なこと抜かしやがってふざけんじゃないわ……ひっ、な、なに?」
「一応言っておくが、今ここには貴様の言う“軽薄男”の兄と、彼を慕う子供達が居る。言葉には気を付けるべきだということをゆめゆめ忘れるな」
セイス達が口にする『少佐』という人物がシルクを意味するのだということを察し始めた子供達の視線が、嫌悪の色を孕みながら一斉にリリーに集まる。フォードはいつもと変わらぬ調子だったが、視線自体はやはりリリーへと向けられていた。
「ご、ごめんなさい! ごめん本当に! でもね!? ひとつだけ聞いて!? あい……少佐ってば慌ててリア様探しに行こうとしたあたしに、これさえあればって言ってこんな石ッコロひとつ渡してそれっきりだったのよ!? 変異した森を抜けるにはこれしか無いとか言って!!」
そんな視線から逃げるように、リリーは一番安全と思われるリアの後ろへと回り込んだ。口の過ぎるリリーを諌めたのもリアだが、現状自分の味方となり得る可能性があるのは彼一人であることをリリーは瞬時に察したのだろう。ずっと握り締めていた石ッコロを弁解の道具としてリアに差し出し、背後を取られたままリアはそれをひょいと取り上げた。
「何だこれは」
「それさえ持ってたら、変異した森でもあんた達のところに行けるって少佐が言ったの。結局全然間に合わなかったけどさ」
「お前……そんな言葉を真に受けたのか……」
「人を疑うことを知らないあんたに言われたくないんだけど!?」
「ねぇ、その石見せて!」
その石を透かして見る為の陽の光はもうない。ほとんど辺りの見えない暗がりの中で、小さな手を伸ばしてきたのはカラだった。ウィルトの隣を歩き、皆の話を大人しく聞いていた筈の彼が、何故かリアの近くに居る。突然のカラの行動には、ウィルトですら少し驚いていた。
けれど、やはりリアは少しも動揺せず、掌サイズにも満たないその小さな石をカラの手に置いてやった。そしてカラは、暗闇の中じっとその石を凝視する。
「……やっぱり」
結果、何かに確証を得たらしく、彼は振り返ってゼランの名を呼んだ。こちらに来るよう手招きし、セイスにくっついていたゼランはそれに逆らうことなく近寄っていく。ゼランは何故かセイスの服を掴んだまま動いたので、仕方なくセイスもそちらに近付いた。
「暗いの?」
「それもあるけど。ほら、これ」
「――ッ!!」
ゼランの近くは、彼自身の発する黄色い炎によって非常に明るい。光源が欲しいのだろうと考え近寄ったゼランだったが、カラに見せられた件の石を目にすれば、思わず息を呑んだ様子で動きを止めた。ゆっくりと、震える手でその石をつまみ上げ、意味もなくもう片方の手を添える。
「ゼレニ」
「……」
「ゼレニってば!! そんなところで不貞腐れてないで、お前もこれを見ろ!!」
更にはそうやって叫び、ずかずかとその石を持ったまま、ウィルトに抱えられたゼレニの元へ歩み寄った。セイスが少しばかり確認出来た小さな石は、リリーが石ッコロと称する通りのものに見えた。とはいえ表面は綺麗に磨かれており、青緑色の、綺麗な鉱石に見えなくもなかったが。
双子の弟に詰め寄られたゼレニはといえば、渋々といった様子でウィルトに下ろされていた。そうしてその石を目にすれば、同じく驚愕の表情を見せる。
「これ、……これ!!」
「ほら、言ったじゃないか! やっぱり間違ってたんだ!」
「だからそれはお前だって同じ――」
「そうだよ。間違ってたのはゼレニだけじゃない」
「待ってよ二人共。俺達にも分かるように話してくれないかな?」
周りの人間達を置いてけぼりにして、喧嘩の様な、懺悔の様な言い合いが始まってしまった。直ぐ近くに居たウィルトがそれに静止を掛け、その場にしゃがんで向かい合う二人の肩にそっと手を置く。
そして訪れた少しの静寂。後、その小石をスッと、ゼランがウィルトに差し出した。
「ウィルト兄ちゃん。ほんとはね、俺も、ゼレニと同じだったんだ」
小石は、子供たちよりも一回り大きな掌を持つ、ウィルトの手の中へと納まる。
小さな小さな石ッコロ。世間的には無価値でしかないその綺麗な石は、ゼランにとって、ゼレニにとって、とても特別なものだった。
「俺、ゼレニに言ったでしょ。シルク兄ちゃんが会いに来てくれないなら、俺達で会いに行けば良いじゃんって。だけどね、本当は俺にも、そんな勇気無いんだ」
青と黄の炎に照らされながら、ウィルトは目を凝らし、その石の本当の色を知る。
青色の鉱石。ゼレニの持つ黄色い炎故に、セイスの目には緑掛かってに見えたその石は。今度はそっと、ゼレニの手によって拾い上げられた。
「ウィルト兄ちゃんやエル兄ちゃん、この石を一緒に拾いに行って、一緒に磨いたベニ姉ちゃんだって居なくなった。皆大人になって遠くに行っちゃった。エル兄ちゃんは、仕事でたまに帰って来るけどさ、他はそれっきりだよ。大人になったら皆、俺達のことなんて忘れてくんだ。――どんなに近くに居たって、会いに来てくれなくなったシルク兄ちゃんみたいに」
「分かってたんだ、俺だって。会いに行ったって無駄なんだって。人の居る場所で生きられない俺達が会いに行ったところで、迷惑にしかならないんだって。会いに行ったって、もう昔みたいにはならないんだって。そう、分かってたから、会いに行かなかったんだ。本当のことを知りたくなくて、森から外に出なかった。人の所為にして、自分達のことを守ってたんだよ」
「でも」
「違ったんだね」
青は不貞腐れたように、黄は今にも泣きそうに。
交互に吐き出された言葉の後、二人はゼレニの手の中にある石をじっと見つめて、続けた。
「この石、俺達がシルク兄ちゃんにあげたんだ」
「ベニ姉ちゃんが、この石に魔力を込めればお守りになるよって。いつでも魔力を込めた人が、傍に居るって分かるんだって」
「俺の魔力は青色、ゼランは黄色。丁度、シルク兄ちゃんの目の色と一緒なんだ」
「だからあげたの。黄色(おれのいろ)の方は、どっかにやっちゃったのかも知れないけど。だけど、ひとつだけでも持っててくれたんだ」
「俺達のこと、覚えてたんだ」
「ゼレニの魔力に気付いてくれた」
「その石を持ってれば、魔力の主に反応すると知っていたから」
「「シルク兄ちゃんは、俺達のことを忘れてなんていなかったんだ」」
二人の言葉を受け、ウィルトはただ黙って二人の頭をそっと撫でた。交互に飛び交う言葉の応酬にも慣れているらしく、時折相槌を打ちながら話を聞いており、いまいち話が入ってきていない周りの面々を置き去りにして、嬉しそうに笑っている。
中でもてんで使いものにならない脳を持つセイスとリリーの頭上には疑問符が浮かんでいるばかりであり、潔くも揃って解読を放棄していた。再会して早々、理解力の乏しい組は相変わらず息がぴったりである。
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