永遠を巡る刻の果てには、

禄式 進

文字の大きさ
75 / 78
二章「憧れの裏世界」

67.余白

しおりを挟む


 ◇


『禍罪の癖に、人の上に立ったつもりか? その目を隠してでしか、生きられないお前が』
『これだけは覚えておいて。世の中は腐っているけど、その目を真っ直ぐ見返してくれる人が居るってこと』

 怨嗟の声も、救いの手も、全部振り払って。
 歯車が狂い始めたのは、小さな手を掴み損ねたあの時か。

 それとも、この世に生まれ落ちた瞬間からか。


 ◇


「少佐、おはようございます」
「はい、おはようございますセイスくん」

 早朝。
 朝っぱらから地上の廃屋で煙草を嗜んでいたシルクの元に、ひょこりと顔を覗かせたのはセイスだった。他には誰も居ない。地上の外れにある廃屋――昨日リリーがシルクと出会ったあの場所だ――はシルクが喫煙所代わりに利用している所で、昨日に引き続き人が来ることは珍しい。

「リリクスさんに場所を聞いたんですか?」
「はい、昨日はここに居たって」

 そうですか、とシルク。軍の人間でない者に喫煙していることがバレようとも問題ない為か、シルクはそれ以上、特に何を言うこともなかった。
 とはいえ、シルクの方に言うことがなくとも、わざわざ朝からこんなところに赴いたセイスに用事がないなどある筈もなく。怒られやしないかとひやひやしているのか、ぎこちない動きで廃屋内にお邪魔して、セイスは崩れた壁越しの空を仰ぐシルクを見ていた。

「少佐」
「何でしょう」
「俺らの話をしても良いですか」

 てっきり、昨日の話の続きをされると思っていたのに。
 セイスもそれを分かっていたのだろう、シルクが不思議そうにこちらを見たものだから、苦笑を零して近くの段差に腰を下ろす。
 そうしてセイスは、自分達が何故この都市にやって来たのかという詳細を話した。リアが王都の者にすら伏せた方が良いと言った情報――出生に関する情報――以外の、己の素性に関する話を、ありのまま全て。

「――ってことで、王都からの視察ってのはついでで、俺とリアは元の時代に戻る為の術を探す為にデイヴァに来ました」
「道理で。リア様が王国軍でも請負人ラクターでもないあなたを連れている理由がこれで分かりました。そうですか、あなたは時の迷い人さんだったんですねぇ」

 王国軍でも一派の人間でもない、リアが連れている一般人。更にはこの、デイヴァの地の正体を一瞬で見抜いた変わり者。シルクにとってセイスは、王都からの使者の中に於いて随分と異質な存在だった。
 それはもう、彼が軍の人間でも一部しか認知していない迷人ロスターであると言われても、何となくそうか、と受け入れてしまえるぐらいに。

「それで? 何故そんな話を僕に?」

 シルクがセイスの横顔に尋ねると、彼はぱっと表情を明るめて、今度は楽しげに笑った。

「少佐に協力して欲しいって思ったからです」
「……僕? いやいや、僕みたいな役立たずの七光りよりも、管理官に協力して頂いた方が良いと思いますよ」
「ええと、俺、大佐のことちょっと苦手なので、出来れば少佐が良いなって……」

 シルクがちょっとした異を唱えると、セイスの表情はみるみる内に焦りの色に変わっていく。あまりにもはっきりと目が泳いでいるその様子があまりにもおかしくて、シルクはつい思い切り吹き出してしまった。

「くっ、ふふっ……あの人怖いですもんねぇ。でも、別に悪い人じゃないですよ。とても聡明な方ですが、バチクソ不器用な上に極限まで鈍感なだけです」
「そうなんですか?」
「えぇ、あれは昔から変わっていませんよ」
「仲、良いんですね」
「……さぁ、どうでしょう。人の顔面を容赦なく叩くような人ですけどねぇ」

 つい間を空けてしまったことに、内心で舌を打ちながら。それでもどうにか笑顔を取り繕って、シルクは己の左手を見つめた。
 昨日叩かれた頬はもう痛くないが、自分が殴った左手は今もかなり痛む。本当に手加減をしてくれたのだということが身を以て分かった反面、ウィルトは平気だっただろうかと他人事のように考えた。
 フォードとは、もう何年も仕事以外の話をしていない。軍に入るより以前であれば、地上で悪さを働く子供達と共に、よく小言を聞いたような気がするのだが。今はもう、自分に話したいことなどないのだろう。ただの事実を受け入れるかのように、シルクは何となく、そう思った。

「それに、少佐には勝手に感謝してるっていうか……」

 そんな考え事をしていれば。シルクは短くなった煙草を灰皿に放り入れつつ、セイスが言いにくそうに話す内容を話し半分に聞く。自分は一体何をしただろうか、該当するものが無さ過ぎて、直ぐに考えることをやめた。

「俺も、ウィルトのことぶん殴ろうって思ってたんで」

 そして、セイスの口から吐き出された思いもよらぬ言葉。シルクの動きは静止する。
 仲間割れでもしたのだろうか、思わず困惑した表情を見せるシルクだったが、セイスは笑って続けた。

「今のデイヴァの在り方は間違ってる……って、リアは思ってるんです」

 ここには居ないもう一人の少年。シルクにとっては見知った顔であり、王都に居た時知り合った王家の者。当時の上司の傍をいつもちょこまかしていたイメージがあったが、まさかその彼が現国王の直系たる王家の血筋だったとは。幼い彼とはよく話をしたが、粗相をした記憶も無い――シルクにとって、人をからかうことは粗相に入らない――のでどうでも良いのだが。
 そんな彼が、この都市の在り方に憂いている。セイスは、そう言った。

「だけど、ここの人達は皆して『これでいい』とか、『努力はしている』とか、そういう曖昧な言葉で現状をどうにかしようなんて考えてないみたいじゃないですか。本来民の為にあるべき王国軍の人にまでそんなこと言われたものだから、リアまで自分が間違ってるのか? とか言い出しちゃって。俺、それ聞いて何かムカついたんですよね、ウィルトのことが」
「何故、そこでウィルが?」
「最初にそう言ったのがウィルトだったからです」

 随分な理由ではあったが、そこまではっきり言い切られてしまえばフォローの余地はない。
 きっとウィルトは、久し振りに帰った故郷を見て嬉しそうに語ったのだろう。昔は無かったあの鉄柵のことや、自給自足生活がよりし易くなった環境を見て。自分達が幼かったあの頃より、とても過ごし易くなったと。

 今の地上を見て、たくさん笑ったのだろう。
 この数年間、郊外の廃屋から鉄柵越しに空を眺めていた自分とは、全く異なる心境で。


「だって、あの時ウィルトがあんなことを言ったから――少佐は何も言ってくれなかったんですよね」
「――……、」


 なんてことを考えていた所為で、つい反応が遅れてしまった。基本的に何を考えていようと、心にもないことを吐く口を好き勝手に動かせるシルクなのだが。
 そんな風に心を読み切られてしまった瞬間ばかりは、瞠目して固まってしまう。

「あ、良かった。図星みたいで」
「君……セイスくん、いや……」
「誤解です、俺じゃないです。俺全然頭良くないし、察しも良くないんで。今のは全部、リアから聞いた話です」

 っていうか、俺自身もまだ良く分かってないんですよ、なんて笑うセイスに、要領を得ない口振りを見せてしまいながら、シルクは一度落ち着こうと煙草を吸おうとして。特に意味もなく、それをやめた。
 手持ち無沙汰になった代わりに、シルクは一度舌打ちをかまし、その、察しの宜し過ぎる王家の少年の所在を尋ねた。あの子供、本当に昔から、油断ならない。
 すると。

「もう少ししたら来ると思いますよ、俺はただ、少佐をここで足止めしてろって無茶振りされただけなんで」

 あっけらかんとしたそんな返事を聞いて、シルクは直感的に、更なる嫌な予感に苛まれた。
 足止め。セイスはそう言っていた。要は後から自分もここにやって来るつもりで、今は何かをしているということじゃないだろうか。これだけ聡い少年のことだ、きっと己の想像する数倍は性質の悪い何かをやらかしているに違いない。

「へぇ、一体何をしてくれるんでしょうねぇ」
「何となく知ってるけど、見た方が早いから言わないでおきます」

 内心、面倒なことになったと思っていれば。セイスが再び少佐、とシルクを呼ぶ。
 立ち上がったセイスが廃屋の外に顔を覗かせ、何かに気付いた後、背後のシルクを見て苦笑を零す。

「どこの誰かも分からない俺のことは信じられないかも知れないですけど。少なからず、リアだけは最初から少佐とってことが伝わったら嬉しいです」

 外に誰かが来たことなど、見なくても分かってしまう。セイスの話を聞き流しながら立ち上がり、そのまま流れるようにセイスの背を押し、揃って廃屋の外に出た。
 魔術を巧みに扱える魔術師であれば、人がその身に宿す魔力の色も直ぐに分かる。とはいえ魔術を使っていない状態で感知することは難しく、特殊な事例でも無い限り、ただ歩いているだけの人間を魔力で識別出来る者はそう居ない。

 けれどそれを、“禍罪”として生まれたが故に出来てしまうシルクの眼には、思った通りの彼らの姿が鮮明に映し出されていた。廃屋を出たから見えたのではない。出るよりも前から、ずっとその姿が見えていた。

「じゃあそういうことで少佐。もうひと勝負、頑張って下さい」

 セイスに自分の足止めをさせた少年。
 それと、己と同じように話を聞かされたのだろう男の姿が。


「本当に面倒なお客人ですね、君達は」


 もう一発、否、それ以上。
 今度は右手を痛める羽目になるかも知れないと思いながら。

 シルクは、疲れた表情で眺めていた。
 かつての友人ウィルトが、――覚悟を決めた面構えで歩くその姿を。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

処理中です...