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第四話:強引な救出
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あの運命の夜会から、数日が過ぎた。
アークライト公爵がセシリアの扇を手に去っていったという一件は、瞬く間に社交界最大のゴシップとなり、ハノーヴァー子爵家は良くも悪くも注目の的となっていた。
「きっと、公爵様から婚約のお申し込みがあるに違いないわ!」
セシリアと継母は、いつ公爵家からの使者が来てもいいようにと、朝からそわそわと落ち着かない様子で玄関ホールを気にしている。
一方、私、ルチアはいつも通り屋根裏部屋で、次の刺繍の準備をさせられていた。あの日以来、姉と母の機嫌は最高潮で、私への当たりが少しだけ和らいでいることが、唯一の変化だった。
そんな日の午後、ついにその時は訪れた。
漆黒に金の公爵家の紋章が輝く、壮麗な四頭立ての馬車が、我が家の小さな門の前に止まったのだ。しかも、降りてきたのは使者ではなく、アークライト公爵その人だった。
「まあ、公爵様が直々に!」
継母とセシリアは狂喜し、最高の笑顔で公爵を応接室へと通した。私は屋根裏部屋の床の隙間から、その様子を息を殺して窺っていた。
きっと、姉は公爵夫人になるのだ。
そうすれば、私もこの家から追い出されるかもしれない。それは少しだけ、怖いことのように思えた。
応接室で、期待に満ちた顔で向き合う母と姉を前に、アークライト公爵は前置きもなしに、氷のように冷たい声で言い放った。
「用件は一つ。刺繍の作り手を引き渡してもらおう。ルチア嬢を、ここに」
シン、と部屋が凍りついた。
セシリアと継母の顔から、血の気が引いていくのが屋根裏からでも分かった。
「こ、公爵様……? 何かの間違いでは……。ルチアは、その、病弱で、刺繍などとても……」
継母がしどろもどろに嘘を重ねるが、公爵はそれを冷ややかに遮る。
「私を甘く見るな。扇に込められた魔力の質と、セシリア嬢の魔力は完全に不一致だ。この家に、あの清浄な力を持つ者は一人しかいない」
その灰色の瞳が、隠しようもない怒りの色を宿して母たちを射抜く。それは色がなくとも、見る者の魂を凍らせるほどの凄みがあった。
「案内しろ。ルチア嬢は、どこにいる?」
有無を言わせぬその威圧感に、継母とセシリアはもはや抵抗できなかった。観念した二人に案内させ、アークライト公爵はためらうことなく屋根裏部屋へと続く階段を上ってくる。
扉が乱暴に開けられ、私はびくりと体を震わせた。そこに立っていたのは、噂に聞く「灰色の魔法使い」。彼は埃っぽく薄暗い部屋を見渡し、隅で怯える私にその色褪せた視線を固定した。
その瞳に、一瞬、激しい感情がよぎったのを私は見逃さなかった。それは、自分の宝物が汚泥の中に打ち捨てられているのを見つけたかのような、静かで、底知れない怒りだった。
彼は私に近づくと、その大きな手で私の腕を掴んだ。冷たいと思っていたその手は、意外なほど熱かった。
「君を迎えに来た」
低く、しかし有無を言わせぬ声が、私の鼓膜を震わせる。
「私の屋敷で、私のために刺繍をしろ」
「まあ、お待ちください公爵様! この娘はわたくしどもの……!」
継母が慌てて止めようとするが、公爵は一瞥もくれない。彼は私の古びたマントを掴むと、ほとんど引きずるようにして立ち上がらせ、部屋を後にした。
わけがわからないまま公爵家の馬車に乗せられ、私はただ震えていた。扉が閉まり、外の世界から完全に隔離される。豪華なビロードの座席の向かいで、アークライト公爵は無言のまま窓の外を見つめていた。
これから、私はどうなってしまうのだろう。
私の不安をよそに、馬車はハノーヴァー子爵邸を背に、滑るように走り出した。
灰色の瞳の公爵様が何を考えているのか、私にはまったく分からなかった。ただ、彼が私の腕を掴んだその手に、ほんの少しだけ力が込められていたことだけが、妙に心に残っていた。
アークライト公爵がセシリアの扇を手に去っていったという一件は、瞬く間に社交界最大のゴシップとなり、ハノーヴァー子爵家は良くも悪くも注目の的となっていた。
「きっと、公爵様から婚約のお申し込みがあるに違いないわ!」
セシリアと継母は、いつ公爵家からの使者が来てもいいようにと、朝からそわそわと落ち着かない様子で玄関ホールを気にしている。
一方、私、ルチアはいつも通り屋根裏部屋で、次の刺繍の準備をさせられていた。あの日以来、姉と母の機嫌は最高潮で、私への当たりが少しだけ和らいでいることが、唯一の変化だった。
そんな日の午後、ついにその時は訪れた。
漆黒に金の公爵家の紋章が輝く、壮麗な四頭立ての馬車が、我が家の小さな門の前に止まったのだ。しかも、降りてきたのは使者ではなく、アークライト公爵その人だった。
「まあ、公爵様が直々に!」
継母とセシリアは狂喜し、最高の笑顔で公爵を応接室へと通した。私は屋根裏部屋の床の隙間から、その様子を息を殺して窺っていた。
きっと、姉は公爵夫人になるのだ。
そうすれば、私もこの家から追い出されるかもしれない。それは少しだけ、怖いことのように思えた。
応接室で、期待に満ちた顔で向き合う母と姉を前に、アークライト公爵は前置きもなしに、氷のように冷たい声で言い放った。
「用件は一つ。刺繍の作り手を引き渡してもらおう。ルチア嬢を、ここに」
シン、と部屋が凍りついた。
セシリアと継母の顔から、血の気が引いていくのが屋根裏からでも分かった。
「こ、公爵様……? 何かの間違いでは……。ルチアは、その、病弱で、刺繍などとても……」
継母がしどろもどろに嘘を重ねるが、公爵はそれを冷ややかに遮る。
「私を甘く見るな。扇に込められた魔力の質と、セシリア嬢の魔力は完全に不一致だ。この家に、あの清浄な力を持つ者は一人しかいない」
その灰色の瞳が、隠しようもない怒りの色を宿して母たちを射抜く。それは色がなくとも、見る者の魂を凍らせるほどの凄みがあった。
「案内しろ。ルチア嬢は、どこにいる?」
有無を言わせぬその威圧感に、継母とセシリアはもはや抵抗できなかった。観念した二人に案内させ、アークライト公爵はためらうことなく屋根裏部屋へと続く階段を上ってくる。
扉が乱暴に開けられ、私はびくりと体を震わせた。そこに立っていたのは、噂に聞く「灰色の魔法使い」。彼は埃っぽく薄暗い部屋を見渡し、隅で怯える私にその色褪せた視線を固定した。
その瞳に、一瞬、激しい感情がよぎったのを私は見逃さなかった。それは、自分の宝物が汚泥の中に打ち捨てられているのを見つけたかのような、静かで、底知れない怒りだった。
彼は私に近づくと、その大きな手で私の腕を掴んだ。冷たいと思っていたその手は、意外なほど熱かった。
「君を迎えに来た」
低く、しかし有無を言わせぬ声が、私の鼓膜を震わせる。
「私の屋敷で、私のために刺繍をしろ」
「まあ、お待ちください公爵様! この娘はわたくしどもの……!」
継母が慌てて止めようとするが、公爵は一瞥もくれない。彼は私の古びたマントを掴むと、ほとんど引きずるようにして立ち上がらせ、部屋を後にした。
わけがわからないまま公爵家の馬車に乗せられ、私はただ震えていた。扉が閉まり、外の世界から完全に隔離される。豪華なビロードの座席の向かいで、アークライト公爵は無言のまま窓の外を見つめていた。
これから、私はどうなってしまうのだろう。
私の不安をよそに、馬車はハノーヴァー子爵邸を背に、滑るように走り出した。
灰色の瞳の公爵様が何を考えているのか、私にはまったく分からなかった。ただ、彼が私の腕を掴んだその手に、ほんの少しだけ力が込められていたことだけが、妙に心に残っていた。
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