あなたの心の声、私にだけ駄々洩れです ~氷の公爵様が、内心では私を溺愛している件について~

希羽

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第五話:特別書庫と、触れられなかった髪

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 カイル公爵からの申し出は、まさに「渡りに船」だった。

 私が今一番知りたいこと――この奇妙な現象の手がかりが、通常は入れない特別な書庫にあるかもしれないのだ。断る理由など、どこにもなかった。

(…でも、この方と二人きりで書庫に…?)

 私の心臓は、期待よりも緊張で大きく脈打っていた。

 公爵様の心の声が聞こえてしまうこの状況で、果たして私は平静を保てるのだろうか。

「…お、お願いいたします」

 私がかろうじてそう答えると、目の前の氷の仮面が、ほんのわずかに、本当にごくわずかに和らいだように見えた。もちろん、それは気のせいで、彼の表情は何も変わっていない。

 けれど、私の頭の中では、安堵のため息と歓喜の叫びが渦巻いていた。

(よかった…! 断られなかった…! これで、少しでも彼女の助けになれる…!)

「承知した。こちらへ」

 公爵様は短くそう告げると、私を先導するように図書館の奥へと歩き始めた。

 重厚な樫の扉の前で彼が取り出したのは、王家の紋章が刻まれた一本の鍵。重々しい音を立てて扉が開かれると、ひんやりとした、古い紙の匂いが私たちの鼻をくすぐった。

 そこは、薄暗く、静寂に支配された空間だった。

 窓はなく、壁一面が天井まで届く本棚で埋め尽くされている。まるで、世界のすべての知識がここに眠っているかのようだった。

「どのような内容がお望みか」

 二人きりになった書庫で、公爵様が私に問いかける。

 私は一瞬、言葉に詰まった。まさか、「あなたの心の声が聞こえる原因を知りたいのです」などと言えるはずもない。

「あ、あの…心や、魂が、他者に影響を与えるような…そういった古い伝承や、魔法に関する書物を…」

 我ながら、あまりにも曖昧で、怪しい頼み方だと思った。普通の相手なら、訝しげな顔をするに違いない。

 しかし、公爵様は眉一つ動かさなかった。

「心の共鳴…魂の影響…。なるほど、形而上学的な分野か」

 彼は小さく呟くと、迷いのない足取りで本棚の間を進んでいく。

 そして、驚くべきことに、彼はこの膨大な蔵書の中から、私の曖昧な要望に合致しそうな本を次々と選び出していった。

(確か、西の三番目の棚に『魂の二重奏』に関する古文書があったはずだ。あちらの奥には『感応魔法の系譜』も…彼女の知的好奇心を満たせるだろうか)

 彼の心の声は、まるで世界で最も優秀な司書のようだった。

 やがて、私の前には数冊の分厚い古文書が積まれる。彼は「ここで読むといい」と、書庫の中央にある大きな閲覧机を指し示した。

 言われるがままに椅子に腰かけ、私は一番上にあった『魂の二重奏』という古文書のページを、そっとめくった。

 羊皮紙に書かれた古い文字を、必死に目で追う。

 すると、ある一節に、私の目は釘付けになった。

『稀に、魂が対となって生まれる者がいる。それは数世紀に一度の奇跡であり、片割れの魂を持つ者同士が出会う時、言葉を介さずとも、その魂は共鳴し、心は分かち合われるという…』

(魂が、対に…? 私と、公爵様が…?)

 まさか。そんなおとぎ話のようなことが…。

 けれど、私の胸はどきりと大きく高鳴った。

 夢中でページを読み進める私を、公爵様は少し離れた場所から静かに見守っているようだった。もちろん、彼の心の声も、筒抜けだ。

(熱心に読んでいるな。邪魔をしてはならない。…しかし、あの真剣な横顔も、また美しい…)

 その声に、私の頬がカッと熱くなるのを感じた。

 集中しなければ。そう思うのに、どうしても彼が気になってしまう。

 私が本に顔を近づけた、その時。一房の髪が、ぱらりと私の頬にかかった。

 邪魔だな、と思い、手で払いのけようとした、その瞬間だった。

 すっと、公爵様の影が私のすぐそばに落ちた。
 そして、彼の手が、私の頬にかかった髪を、優しく払いのけようと伸びてくるのが見えた。

「!」

 私は驚いて、息を止める。

 彼の白く長い指が、私の肌に触れる寸前で、ぴたりと止まった。

(何をしようとしているんだ、私は! 無礼にもほどがある! 許可なく、彼女に触れたいなどと…!)
(…ああ、だが、ランプの光が髪に透けて、まるで金色の絹のようだ…!)

 彼の心の声は、後悔と、抗いがたい衝動とで、めちゃくちゃに乱れていた。

 結局、彼の指先は私の髪に触れることなく、ゆっくりと、そして惜しむように離れていく。彼は何も言わず、ぎゅっと拳を握りしめていた。

 静寂な書庫の中で、私と彼の間に、気まずくも、甘い緊張感が漂う。

 私は顔を上げたまま動けずにいた。

 彼の心の声が聞こえなければ、ただの無礼な行動。けれど、その裏にある純粋な想いを知ってしまった今、私の心臓は、張り裂けそうなほどに鳴り響いていた。
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